第04話 現実と未来
「あの丘まで競走よ!」
突然銀髪の少女が楽しそうに走り出すと、銀髪の少年は困ったような顔をした。
「ずるいよ、姉さん! ちょっと待ってくれよ」
「あははは。早く、早く」
風で白いロングワンピースから絹のような白い肌が見え、少年は少しだけ彼女を眩しいと感じる。
「ここはやっぱり素敵ね!」
「もう、あまり走ると良くないってババ様が言ってたよ」
「分かっているわ。でも、あまりにも窮屈なんだもの」
彼女は海を見ながら寂しそうに言う。
そんな彼女を少年はただ悲しそうに見つめた。
「ねぇ、ルキ知ってる? 最近ここで2人の精霊が目撃されてるって話」
「肉屋のおじさんが言ってたやつ?」
「そう、それ! あれから、どうしても気になっちゃって、来ちゃった!」
花が咲いたような笑顔で彼女が言うと、ルキは嬉しそうに目を細めた。
しかし、彼女から目を背けると咳払いをする。
「そんなことより、僕たちがここに来てるってババ様が知ったら、叱られるよ」
彼らは体が他の人族よりも弱い。
家から遠いこの丘は潮風にさらされる。
体の弱い彼らにとって良くない場所だ。
「ねぇ、ルキ。私とあんたがババ様に引き取られてからもう何年経つんだっけ?」
「もう、話聞いてた?」
ルキが呆れたように言ったが、待っても返事が返ってくる気配がなく、少年はため息をついて「5年だね」と短く答えた。
「早いわね。ババ様がいなかったら私たち……もうこの世にいないはずだもの」
「そうだね。だからこそ、ババ様の言うことは聞くべきだよ。姉さん」
彼らは本当の姉弟ではない。
彼らの親は魔物を狩って生計を立てていたが、命を奪う側から奪われる側になった。
その時、偶然通りかかったババ様が彼らを助け、保護してから共に生活をしている。
「分かっているわよ。――ねぇ、ルキ」
「どうしたの?」
「大きくなったら、2人で世界を周りましょ。きっとこの海の先に違う島があって、違う人たちが生きてるの」
「そんなの空想物語だよ。この海の先にもずーっと海が続いてるって、漁師のおっちゃんも言ってたよ」
「もう、ルキは希望も夢もないんだから」
少女はつまらなさそうに草を蹴って水平線を見つめる。
「……夢も希望もあるよ」
少年は少女に聞こえないようにそう呟いた。
「ほら、姉さんそろそろ帰らないと」
「そうね。これ以上は小心者のルキが、心配しすぎて疲れちゃうわね」
少女はここでの暮らしに息苦しさを感じている。
少年はここでの暮らしに落ち着きを感じている。
けれど。
少女は未来を楽観的に見ている。
少年は未来を悲観的に見ている。
前を歩く少女の手を掴もうとするも、少年は後少しの所で掴むのをやめた。
前を向いて歩く少女と、俯いて歩いている少年。
そんな2人の背中を、黒い髪の精霊と金髪の精霊が静かに見つめていた。