第6話 芋とゴボウ(アルス視点)
「国王陛下、本日はお招きいただきありがとうございます。父、メルトレア大公の名代で参りました、アルスと申します」
「おぉ、アルス殿……か?」
なにやら国王陛下の反応がおかしい。
どういうことだ?
僕は魔法でちゃんと平凡な男に見えているはずだ。
そうか……そう言えば幼い頃から何度か国王陛下にはお会いしていた。
昔と容姿が異なるから驚かれているのか?
失敗したな……まさか聖女様とぶつかってしまって勢いで挨拶しに行くなんて考えてなかったから。
でも、聖女様。
綺麗な人だよね。
見た感じほとんど化粧もしていないのに、この場にいる誰よりも綺麗だ。
なんというか気品があるよね。
さすが聖女さまだ。
他の人はなんというか、こうケバケバしい?
化粧を取ったら誰も判別できない自信があるよ。
しいて言えば、王妃様くらいだ。
「はい。以前お会いしたのは10年前だったと思います」
そう、10年前、僕がルドニス様に弟子入りする直前にお会いしたはずだ。
あの時はさすがに両親も僕をちゃんと男の子の恰好をさせてくれていた。
「そっ、そうじゃったか。大きくなったのぅ。今日は良き日じゃ。楽しんでいくと良い」
「ありがとうございます」
申し訳ないですが、両親と師匠のせいで楽しむような心の余裕はないのですが、お心遣い、感謝いたします。
「それで、なぜエルメリア殿と?」
「はい。申し訳ないことに、ぶつかってしまいまして。それで謝罪し、会話しておりまして、その流れでここまでご案内頂いたのです」
「そうじゃったか」
僕は努めて無難な会話を心掛けた。
目立っていいことは何もない。
早く終われ早く終われ早く終われ。
「これはこれはアルス殿。ぶつかったなどと、聖女が失礼した」
「はっ?はぁ」
そんな僕の気持ちになんか全く考慮してくれない空気の読めない男である第一王子が割り込んできた。
僕は今、国王陛下にメルトレア大公家として挨拶していたのだが、さすがに失礼じゃないか?
いくら婚約者である聖女様が一緒にいるからって。しかも聖女様のことを気にも留めてないようだし。
「すまぬ、アルス殿。控えよ、レオナルド!」
「なにを仰るのか。私は今日の主役としてアルス殿に挨拶をと思ったまで。父上こそ、あまり長く引き留めるべきではないでしょう。さぁ、アルス殿、こちらへ」
なんとこの王子様、国王陛下の言葉を無視しやがった。
隣で聖女様が怒った表情をしている。
さらに周囲では主に令嬢たちの視線がきつい……。逆に男性たちの視線が……不躾だ。
あれ?なんで?
「えっと……」
「さぁ、こちらへ。もしや社交界に慣れていないのかな?そんなところも可愛いが、こちらで話でもしようじゃないか」
強引な王子が僕の腕をつかんでくる。なっ……。
「さすがに失礼ではないでしょうか、レオナルド殿下!?」
「はぁ?失礼だと?第一王子である俺の何がしつれいなのだ?そもそもお前も一応でも今日の主役なのになんだその衣装は。お前なんかが俺の近くにいることが俺に対して失礼ではないか?」
「なっ……」
えっ、ちょっと待てこの王子様。今なんて言った?
聖女さまに対する言動が酷すぎないか?
僕は王子様が聖女様をおいてどこかに行ったのを見ていたし、そもそも入場の時から聖女様になんら関心を示してなかったのはあなたの方だろ?
それに聖女さまのお姿は聖女様として相応しいものに見える。
すくなくとも僕はそう思うし、大公家の誰に聞いてもそう思うだろう。
伝統と格式のあるいで立ちだ。
質素だが、聖女さまにはよく似合っている。正直言って綺麗だと思う。
さすがに酷いのではないかと思ったが、国王陛下の前だ。
怒ることもできないから様子を伺うと……
「バカ者が!!!貴様、余が質素倹約を是とし、無駄遣いを諫めておるのに、なにを見てきたのだ!」
「質素倹約ですと?まだそんなバカなことを仰っているのですか?見てください、この場の貴族の煌びやかさを。王国が王国たる所以です。武を持って享受してきた平和によって、王国は強国となり、富を得たのです。それは使わねばなりません。使って経済を回すことで民にまでこの豊かさが行きわたるのです」
国王陛下の仰ることを、やはり聞かない王子殿下。どうしてそこまで不遜な表情でいられるのかな?
そして、目立ってしまうのでそろそろ失礼させてほしいんだけど?
「これは失礼。さぁ、アルス殿はこちらへ」
と思ったけど逃げれない。手を放してほしい……。
「ゴボウ殿……いえ、王子。さすがにそのような強引な誘い方は失礼です」
ゴボウ!?!?!?!?!?!?!?!?
確かにそれっぽいけど、さすがにこのタイミングでそれは……って、あれ?
誘い方?
男のレオナルド王子殿下が、男の僕を連れて行くのに失礼な誘い方ってなに?
あれ?
「うるさいぞ、芋。私はこのアルス殿をもてなさなければならないのだ!」
芋!?!?!?!?!?!?!?!?
こんなに可愛らしい聖女様に対して、芋と言ったのかこのクソ王子は?
いや、聖女さまもゴボウって言ったし、おあいこかな?
しかしもてなすなら、この会場の隅っこで美味しいお料理さえ頂ければ十分なんだけども?
「どう考えても下心しかないもてなしなど、この天使のようなアルス様には不必要ですわ!?そもそも淑女の腕を引っ張るなど、どういう教育を受けてきたんですか?」
え~と、あれ?
天使?淑女?
……あれ?
「王城での夜会で王族を前にそのような下品な言い回し。さすが聖女だな。貴様には貴族としての大人の関係は理解できぬのだろう」
僕にも理解できないです。
これ、どうしよう。
まさか僕の姿がバレてる?
まずい……と思って、国王陛下の方を見たら……その隣の王妃様が笑っていた。
もしかして、もしかしなくても気付いていらっしゃいますか???