第5話 結婚相手(クソ王子視点)
まったく。
何が楽しくてあんなみすぼらしい女と結婚しなくてはならないのだ。
社交界で最も美しく、最も美麗と言われる第一王子である俺が?
勘弁してくれ。
そもそも俺はいずれ国王となるのだ。
ならその正妻は王妃であり、国母となるのだ。
当然ながらそれにふさわしい高貴さが必要になる。もちろん美しさもだ。
なにせ再来月から俺は国王となるための教育を受ける。
お爺様も父上も厳しかったという訓練だ。
それはこの王城にいる英霊の指導の下で行われるらしい。
詳しくは知らないが厳しいものだと聞く。
王子妃にはその訓練での疲れを癒してもらわなくてはならない。
だというのに芋だぞ?
飾り気もなく、飾る気もない女。
贈り物に喜ぶこともなく、俺が投げた言葉の言い回しを捕らえて怒るような女だぞ?
父上にさり気なく文句を言っても交わされて終わった。
むしろ訓練に赴くにあたって、もっと勉強しておけと言い出す始末。
なんのための訓練なんだ?
それが全てなのだろう?
だったら、そこに行くまでは自由にさせろ!
俺だって聖女の重要性は理解している。
王国のためにも王族と結婚して末永く使うべきだ。
だが、それなら結婚相手は第二王子でもいいし、なんなら親族でもいい。
王家の血さえ入っていればいいのだから。
それなのになぜ俺が結婚しなければならないのだ。
この婚約のせいでネフェテヴェリア公爵家令嬢であるサーシャとは別れることになってしまった。
かの家はこの国の大貴族なんだぞ?正妻にしてしかるべきところ、側室を打診することになってしまった。
大貴族を蔑ろにしていいことがあるのか?
さらにはネフェテヴェリア公爵家よりは権勢はおちるにせよ、古き由緒正しき大貴族であるモレーティス公爵家のファティアからも断られた。
サーシャが正妻で自分が第二妃ならまだしも、とのことだ。
同年代の貴族に、この2人以外にパッとする娘はいない。
これでは私は側室を得られないかもしれないではないか。
まったく……。
今日もこうして夜会で目ぼしい女がいないか探しているが、やはりいない。
しかも抗議のためなのか、サーシャもファティアも欠席だ。
つまらん。
このままではあの芋と踊らねばならなくなる。
勘弁してくれ。
そう思っていると、なぜか聖女が戻って来た。
俺の近くになどいたくないと言い張っておきながら、寂しくなったのだろうか?
でもお前はダメだぞ?
俺に対する数々の不敬。許してはやらん。
まぁ、初夜くらいは抱いてやるつもりだが、それで用済みだ。
俺は俺の愛する人を探す。
そう思ったが、聖女は誰かの手を引いていた。
まだ貴族たちに隠れてよく見えないが、なんだ?浮気相手でも見つけて来たのか?
さすがに今それをやるのは予想外だ。
はっ、さすが芋だな。
崇高な貴族の社交の場で、そんなにどうどうと浮気をするなど、聖女の肩書が泣くぞ?
いや、誰だあれば?
聖女が手を引いていたのはまさかの女だった。
信じられないほどに美しい……。
でかしたぞ聖女?
まさか俺と別れたいから、代わりの女でも見つけて来たのか?
よくやったな。
これならお前との初夜も我慢できる。
「国王陛下。ご挨拶が遅くなり、申し訳ございません」
聖女とその女は父への挨拶をするようだ。
そうだな。さすがに国王陛下を無視して俺のところに来るわけにはいくまい。
震えそうになるほど良い女だ。
胸部の主張が少ないことは少し残念だが、それを補って余りあるほどの美しさ、気品を持っている。
となりの聖女が引き立て役になっているな。
「構わぬよ。エルメリア殿には苦労をかけるのぅ」
「いえ……」
苦労だと?
苦労しているのは俺の方だ。まったく何もわかっていないな父上は。
その女がどんな女かも知らずに。
「して、そちらは?」
うむ。聖女などもうどうでもよい。
興味の全ては隣の女だ。
「国王陛下、本日はお招きいただきありがとうございます。父、メルトレア大公の名代で参りました、アルスと申します」
「おぉ、アルス殿……か?」
アルス嬢か。まさか大公にあれほど美しい娘がいるとは知らなかったが、素晴らしい。
なにせ大公家だ。
普段あまり社交界に出てこないが、そもそも確立された権威があるから問題ない。
大公領は穏やかに治められているし、武力もある。
王国騎士団か王国魔導師団長を打診したが断ったと言うあのルドニス・アレクシアの弟子たちが今のメルトレア騎士団を率いていたはずだ。
なぜか父上が少し狼狽しながら会話しているのはよくわからんが、俺の結婚相手に相応しい女だ。
もしかして父上。年甲斐になくその美しさに狼狽えているのか?
質素倹約とか言い出したあなたに従っている慈悲深くも、可哀そうな母上に怒られるぞ?
さすがに勘弁してくれ。
それは俺の女だ。父上は高齢なのだから大人しくしていろ。
俺は居てもたってもいられなくなり、会話する父とアルス嬢の前に踏み出した。