第4話 美しすぎて死にそう(聖女エルメリア視点)
クソ王子の隣で笑顔を振りまくなんてまっぴらよ。
そう思った私は登場だけは我慢して、あとはどこかで時間を潰そうと思っていた。
思っていたのに、あろうことかあのクソ王子は私と腕を組むことすらなくスタスタと歩いて行ってしまった。
お付きのものたちすら目が点になっていた。
そして私に向けられる憐憫の視線。
はっきり言って居心地が悪い。
なんならもう婚約破棄でいいわよ。あのクソ王子になんて何の感情も抱いていないのに哀れに思われたり、文句を言われるのは勘弁してほしい。
しかしそんなことを考えている余裕もない。
私は私の感情をあのクソ王子に崩されることは我慢ならなかったので、私なりに歩いて会場に入った。
身につけたのは質素なドレス。
アクセサリーも特に華美ではないものを選んだ。
貴族たちの反応は予想通りで、あちらこちらで驚いている様子が見える。
きっと『おかわいそうな第一王子様』とか、『贈られたものを全て拒否してあんな装いをするなんて、なんて酷い女』とか言われているのでしょうね。
せいせいするわ。
あのクソ王子のためになんて一欠片でも考えてあげるものですか。
そして王家も……というか国王陛下も考え直してほしいですわ。
私たちの結婚と、あのクソ王子を次期国王にすることを。
私たちの結婚は、最悪私が我慢すればいいのかもしれないけど、あれが国王になるのはどう考えてもまずいでしょ?
遊んでばかりで公務をしない王子。
甘やかしすぎじゃない?
親世代の貴族たちが、口をそろえて国王陛下もむかしは社交界で名をはせた方で……なんて仰るから、なにかしら王家なりの教育方法があるのかもしれないけど、今のところクソ王子の印象は最悪よ?
そんな考え事をしながら歩いていたせいでつい誰かとぶつかってしまった。
「あっ……すみません」
相手はいち早く気付いて私の体を支えてくださったので転んだりはしなかった。
さすがに第一王子から放置されているとは言っても、今日の名目上の主役の一人である私が転んだりするのはまずいだろうから助かった。
ぶつかったことに少し驚いてしまって聖女の力を振りまいてしまったのは反省ね。
ここにいるような人たちには不要な力。これは弱き者たちの力なの。
それにしてもこの方は見事な身のこなしだったわね。
私からぶつかってしまったのに。
「私の方こそ、申し訳ございません。考え事をしながら歩いて……」
そして謝罪を口にしながら私を支えてくださった方を向くとそこに……
天使がいたわ。
えっ?これ本物?
なにこの可愛らしい天使。
なぜぶつかるまで気がつかなかったの?
まずいわね。心が全部持っていかれる。
むしろ持って帰っていい?
神様、私はこれまで特に文句も言わずにずっと聖女の仕事をしてまいりました。
体調も気分も捨て置いて、私にできることはなんでもしてきました。
思い返せば、大変なことも、辛いこともありましたが、弱音を吐くこともせずにです。
すみません、聖女の仕事に対してであって、クソ王子に対することは不問にしてください。
これはそんな私に与えられた天の恵みですわね。
そうでしょう?そうに違いないわ?
この柔らかなほっぺ。
すべすべとした張りのあるお肌。
愛らしいお顔。
ぶつかって来た不躾な女に対してでも優しく手を差し伸べ、助ける清らかなお心。
まさに天が遣わした天使に違いありません。
周りで口汚く私を罵っていた貴族のような悪辣さなんてみじんも持ち合わせていない。
澄んだ青い目はまるで青空のようで、青黒く艶のある髪はただただ美しい。
私を支えてくださった手が離れていくのが切ない。
いえ、すみません。取り乱しました。
ここにいらっしゃると言うことは参加者の方でしょうか。
このような素晴らしい方がこの国にいらっしゃるとは寡聞にして存じ上げないのですが……。
「私の方こそ失礼しました。美しい令嬢にぶつかってしまうなど……それも聖女様に。大変申し訳ございません」
この方は心までが綺麗な方でした。
淀みすら消し去りそうなほど。
そんな方に頭を下げられてしまった。
「あの、本当にすみません。謝るのは私の方ですから。どこか崩れたりなど、なさいませんでしたか?」
しかし私なんかまったく問題ない。もともと質素なドレスだし、アクセサリーも問題ないし、化粧だってそもそもほとんどしていない。
転んでけがをしたらさすがにマズいけど、それは助けてもらったから大丈夫だった。
むしろ問題は"彼女"の方だ。
よく見れば洗練された素敵なドレスです。
それに意匠の細やかな美しいアクセサリー。
もし壊したりなんかしたら正直どれ程お高いかわからない。
それに気付いて急に焦る心。
「私は大丈夫です。聖女様にお怪我などなくて良かったです。それでは失礼します」
「あっ」
そう言って立ち去ろうとした天使様。
衣装もアクセサリーも全く気にせず私の心配だけをしてくれる姿に思わず見とれてしまったが、改めて一礼して立ち去ろうとする天使様のドレスを思わずつまんでしまった。
「ん?」
「あぁ、すみません。そんな……」
私は私自身の行動に大混乱に陥ってしまった。
なんであんなはしたないことをしてしまったの?
「大丈夫ですよ。まだ何か……いえ、そう言えばまだ国王陛下に挨拶ができていませんでした。もしよければご一緒にいかがでしょうか?」
そんな私を気遣いつつ、何かを察してくれた天使様はそんなことを仰った。
その心遣いが嬉しかった。
居心地の悪い場所ですが、確かに私も国王陛下には挨拶をしておく必要があるでしょう。
本当なら文句の一つくらい言いたいのですが、私を放ってどこかに行ってしまった第一王子への不満でも伝えてみましょうか。
いえ、いけません。
今この方は国王陛下への挨拶と仰ったわね。
つまり、それをするべき高位の貴族の方なのでしょう。
そんな方の前でこれ以上はしたないことをするわけにはいきません。
「ありがとうございます。私も国王陛下のもとに参りますので、ぜひご一緒させていただきたいです」
なんとか平静を保ちつつ、天使に伝えると、天使はそれはそれは美しい……もうなんというかこの世界の苦しさや辛さをすべて消し飛ばしてくれそうな笑顔を返してくださいました。