第2話 クソ王子(聖女エルメリア視点)
あぁ腹が立つ。
もう!もう!もう!もう!
どうして私があのムカつく男の妻になんてならないといけないの?
ちょっと聖女の能力を開花しただけなのに。
聖女になれたときは嬉しかった。
この世界の貧しい方々、病気に苦しまれる方々、魔物を恐れる方々のために働こうと思った。
この世界では多くの人々が魔力を持ち、それを日常から使っているわ。
火を出したり、水を出したり、風を起こしたり、光を灯したり、とっても便利なの。
そしてとっても恐ろしいの。
なにせその火は人を焼ける。その水は建物を壊せる。その風は木々をなぎ倒せるの。
人は便利な力があれば、必ずそれを争いに使う。
この世界には魔法騎士や魔導士がいるわ。
一方でそんな魔力に悪しきものが入り込むと、それは淀みとなって悪さをし始める。
淀みは人に取り憑いて暴走したり、魔物を生み出したりするの。
聖女には特別な力があって、淀みを払うのは聖女の仕事なの。
とってもやりがいがある仕事よ?
なにせ私が手をかざせば、口を開けば、力を使えば。それらは全て誰かのためになるの。
感謝もされるし、笑顔が見れる。
実際、聖女になって2年と少し。
私の生活は充実していた。
もともと下級の領地すら持たない貴族の娘だった私にとって、神殿の清貧な生活は全く苦にならない。
苦にならないどころか、感謝と慈愛に満ちた生活はとても素晴らしいものだった。
最低なのは、私が16歳になった日。
神殿を訪れた国王陛下に謁見すると、第一王子であるレオナルド殿下との婚約を求められた。
『才能ある素晴らしい聖女様と、次期国王となるレオナルド殿下が結婚すれば、国は安泰だ』と言われた。
そしてそれを断る力は神殿にはなかったし、私の実家にも当然なかった。
私の意志とは無関係に決まった婚約によって私の周囲は騒がしくなってしまった。
まぁただ、この時点では仕方ないかなという思いもあった。
なにせ聖女だ。
この名前は重い。
第一王子はやりすぎに思うけども、高位貴族の、できれば貴族としての職務が重くない家に嫁ぐことは考えていた。
聖女としての活動を安定して継続するためには、それが一番いいと思っていた。
国にとっても、私にとっても、そして民にとっても。
この話を最低なものにしたのは、もう一方の当事者である第一王子様だ。
思いだすだけで腹が立つわね。
***
「お前が聖女か……芋みたいだな」
「……はっ?」
コイツは誰だ?
そして今、私のことを『芋』と言ったのか?
しかしここは王城。
国王陛下の要請による婚約を受諾する旨を神殿側が示した後、はじめて当事者同士が対面する機会が設けられた。
それが王城での食事会だ。
参加者は王族と私、そして神殿長のみ。
立場から行けば私の両親も出席すべきかもしれないけど、男爵家である両親が参加しても胃が痛い思いをするだけだから遠慮してもらった。
かわりに侯爵家出身で私の現在の保護者である神殿長に同席してもらった。
もうお爺ちゃんだから会話できるか不安だけど、まぁにこにこして座っていてもらえたらいいでしょう。
まさか神殿長に文句を言う人はいないだろうし。
そんな風に考えた私が甘かった。
神殿長がお昼寝している間に訪ねて来た……いえ、言葉を飾るのはやめるわ。押し入ってきた男が言い放ったのが『芋』という言葉だった。
えぇ、芋ですみませんねぇ。
普段から清貧を心掛け、特に着飾ることもなく働く聖女にどんな夢を描いていたのでしょうか?
「そう言うあなたはゴボウのようですわね」
怒った私が言い返したのも、悪くはないと思うわ。
「なんだと?」
「なによ?」
まぁ、険悪になるわよね。でも、失礼な相手には失礼な態度で接すればいいの。
ここに入ってこれると言うことは王族なんだろうし、着飾られた衣装の豪華さから見るに私の婚約相手なんでしょうね。
背は高いし、まぁ見た目は良いんでしょうね。
第一王子と婚約したと聞いて、私のかつての友達たちはとても羨ましがっていた。
なんでも社交界では大変な人気らしい。
それでもこんな精神が腐った男は勘弁してほしい。
「まぁ、君の聖女という肩書が欲しいだけだから、好きにすればいい。私も好きにさせてもらう。正妻の座を君に与えなければならないことはなんとか我慢してやるから、私には関わるな」
「なっ……」
今のセリフを社交界にばらまいてやろうかしら。
それでも気にしないとか、お前が芋だから仕方ないとか言い出しそうだからやめておくけど。
こんな感じで最低の出会いだった。
そして王族との食事会の場では一切このクソ王子を視界に入れず、居心地が悪い空間に耐え、居眠りをしていた神殿長を引きずってさっさと帰ったわ。
***
それ以降、会うたびにムカつくセリフを吐いて来る第一王子には完全に嫌気がさしていた。
というかあれの教育はどうなっているの?
今の国王陛下も即位するまではやんちゃだったらしいと聞いて期待していたけど、変わる気配がないわよ?