第10話 全部神殿長のせいじゃない?(聖女エルメリア視点)
「えっと、そこで私が出てきたことに驚きましたが、聖女様は私なんかでいいのですか?神殿長が仰ったと言われていましたが……」
「アルス殿……いや、アルス君。いいのよ。遠慮しないで。ここははっきり言いなさい。婚約者がいたのかしら?いや、そんな話は聞いたことがないわね。でも、好きな人とか、想う相手がいたならちゃんと言いなさい。いいわね?今ならまだ私がなんとかするから」
そして王妃様が男前だ。
「僕のことでしたら気になさらなくて結構です。婚約者はいませんし、想う相手も、いません」
今、言い淀みましたよね?
一瞬だけど……。
どうしよう、無理された?
「今、一瞬遅れたような気がするけど、大丈夫?」
「えぇ。聖女さまとなら喜んで」
私と同じで王妃様もひっかかったらしい。でも、今度はよどみなく答えられた。そしてアルス様が私の方を見ている。
そう言えば、私は良いのかと聞かれていたような……。
えぇい、もうどうにでもなれ。
アルス様は想う相手はいないと断言されたんだし、私も言うわ。
どうしてこんなことになったのか、今だに理解が追い付いてないけど、ここで言わないと後悔する。
「私は、その……アルス様さえよければ、その……お願いしたいです」
「なら、成立ということでいいのかしら?」
「はい」
叶ってしまった。
本当に?
本当にいいの?
私が驚きに満ちた視線を向けると、優しく微笑み返してくれるアルス様……。
こんなの不意打ちよ。
笑顔がステキすぎてくらくらするわ……。
「ふぅ。王妃の地位を捨ててでも大公に謝罪して撤回しようと思ったけど、まだここにいても大丈夫なようね」
「「「えぇ????」」」
まさかそこまでの覚悟をされていらっしゃったとは。やはり王妃様は男前だ。
そしてなぜ驚いているのですか?国王陛下?
「まっ、待ってくれ。そんなことになったら……」
「ならなかったからもういいのです」
「そうか……」
「それで?そもそも大公はなんと?」
「えぇとな。それはそれは大歓迎だった。『アルスが結婚?聖女さまと?本人が望むなら大歓迎だ!』とのことだった」
えっ?それ、大歓迎なの?
「あなた……。アルス君が嫌がったらどうするつもりだったの?」
「えっ……」
まさに虎に睨まれた獲物のように固まった国王様だった。
「聖女様……いや、エルメリア様とお呼びしてもいいでしょうか?」
「はい。アルス様」
そんな国王夫妻をよそに、アルス様が私に声をかけてくれた。
これまずいよ。声を聞いただけで心が飛びそうだし、そんなに優しく微笑まれたら気絶しちゃうよ!
「突然のことで驚いていると思うけど、これからよろしくお願いします。あまりこういった場所に出たことはなくて、貴族としては頼りないかもしれないけど、魔法と剣でエルメリア様を一生守ります」
「はい……」
なお、そこから先の記憶はない……。
気付いたら王城の客間のベッドの上だった。
あとで王妃様から聞いたが、私はアルス様のあまりに素敵なプロポーズに気絶してしまったらしく、アルス様がオロオロしていたらしい。
というか半泣きで心配して回復魔法とか使っていたらしい。
アルス様、高性能すぎです。
慌てふためくアルス様に、王妃様が心配ないと宣言して帰らせたらしい。
明日、神殿に来てくれるそうで、そこで今後の話をしたらいいと言われ、私も馬車に乗って帰ります。
「ふぉ?はて?ここは?」
「神殿長……。今は帰りの馬車の中です」
「そうかそうか。その顔は、悪いことにはならなかったようじゃの。結構結構。全ては神の思し召しじゃ」
「神殿長……」
なんてお気楽なんだこのお爺さんは!
「どうしたのじゃ?なにか懸念があったのかのぅ?」
「いえ。本当に良かったのかなと。アルス様、一瞬言い淀まれていたから」
「なら聞いてみればよいのじゃ。なにごとも話し合うことが重要じゃろうて」
「でも、その立場とかが……」
「それでもじゃ。なに、腹を割って話そうと、答えづらいかもしれないがと断ってから話せばいいのじゃ。ずっと抱えるより楽じゃろう?」
「……そうですね」
さすが神殿長。だてに長生きしていないわね。
そうしよう。
勇気を出して聞いてみよう。
アルス様は誠実そうだったし、もう記憶のかなたに葬っていたけどあのクソ王子よりよっぽどいいわ。
アルス様の優しい笑顔を思い出すと、自然と私の心は和らいだ。
なんて素敵な方……。
もしあれで裏の顔が最悪だったりしたら、見る目のない自分を恨んで死のう。
でも国王陛下や王妃様の反応を見る限りそんなことはないはず。
大公様もアルス様に任せられているようだし、そもそも婚約者はいないと断言されていたし。
きっと良い人だ。
夜会のために王城に入るとき、あれだけ重かった心がとても楽になっていた。
ほとんど神殿長のせいであって、私は振り回されただけなんだろうけど……思い出したら腹が立ってきたから、神殿長の鼻提灯を割って慌てさせてと……。
きっと明日からは穏やかな生活に戻れる。
そんな期待を胸に、私たちは神殿に戻った。