第1話 ドレス?(主人公アルス視点)
こんばんは!蒼井星空です。
新作です。どうぞお楽しみいただければ幸いです。
「女の子のドレス……だよね……」
王子と聖女の結婚式が予定されている、その前夜の夜会に出席するために王都を訪れたメルトレア大公家の長男である僕、アルスは目の前に広げられたとても美しく洗練されたドレスを眺めて呆然としていた。
「女の子のドレス……だよね……」
もう一回呟いてみたが、何も変わらない。目の前のこれは師匠が何か魔法を使って僕に見せている幻覚か何かで、それがはれたらタキシードに変わらないかなと思ったんだけど、そんなことはなかった。
でも少し落ち着いたことでメモ書きが入っていることに気付いた。……なになに?
『今日のために君にぴったりのドレスを用意した。私は服の上からでもサイズがわかる"審美眼"というスキルを持っているから、君のスタイルにばっちり合っているはずだ。楽しんできたまえ。君の師匠より』……。
スタイルはバッチリかもしれないけど、性別判定間違ってますよ師匠!!!!!!
しかしもう時間がない。
ありあわせのものでも出席しないよりはましだが、それを買いに行く時間もない。
普段は辺境の師匠の元で暮らしている僕にはこの王都に友人と呼べるような相手もいない。
困った。
さすがに招待されていて出席すると回答したのに、まさかメルトレア大公家から誰も参加しないわけにはいかない。
「アルス様。そろそろお時間ですので、衣装に着替えましょう!」
「ルドニス様が全力で用意したと仰って……あら、素晴らしいドレスですわね……?」
僕が衣装を開いて呆然としていると、付き人として参加してくれたファナとミィナが入ってきた。
当然ながら衣装を見て固まる。
そりゃそうだよね。僕は男なのに、目の前にあるのはドレスなんだから。
そう言えば彼女たちはもともと貴族家の娘。
残念なことに没落してしまった家の出身だが、教養があり、自分たちのことは自分でやらなくてはならなかったことから身の回りの世話もできる彼女たちは、メルトレア大公家の庇護を得て無事に学院を卒業し、今では僕に使えてくれている。
そんな彼女たちなら王都に知り合いがいるかもしれない。
誰がに頼んでタキシードを借りて来て……
「これは素晴らしいですわ!」
「きっとアルス様にお似合いになりますわ!」
「はっ?」
おいちょっと待て今なんて言った???
「そうと決まれば急がなければ……」
「アルス様!ドレスを着るのには時間がかかりますので、急いでこちらへ……」
「なっ……ちがっ……」
決まってないよ!なんで当然のようにドレスを着る流れになってるの!!?
おかしいよね?
「さぁ、急ぎましょう♪」
「あぁ、可愛らしい♪」
「……」
僕は師匠のもとで魔法の修行をしている。同じ年代の中ではそこそこ強い方なんじゃないかなと思っている。
なにせ弟子入りの前から大公家の騎士団長と戦える程度の腕はあったし、それから10年間、自分でも頑張ったと思える程度の修行を積んできた。
しかし、まさか今ここでそれを披露するわけにはいかない。
彼女たちは僕のメイドであり、相談相手である。
さらに大公家は貴族のいざこざとは無関係の立場にあるせいか、謀略とは無縁の生活を送っており、そのため貴族や元貴族を保護することも多い。
そんな彼ら、彼女たちとは割と近しい関係を築いている。
この2人もはっきり言って、僕は家族に近い親近感を持っている。
そんな彼女たちに向けて魔法を放つわけにはいかない。
と、そんなことを考えているうちにドレスを着せられていた。
「……」
「ミィナ……これは暴力的だわ」
「ファナ……これは蠱惑的だわ」
あまりにも手際よく着せられたドレス姿に思考停止する僕をよそ目に2人は楽しそうに、そして何やら怪しい視線で僕のドレス姿を見つめている。
「アルス様、ご覧ください。素晴らしい仕上がりです!」
「あぁ、多くの男性がアルス様に惚れてしまうこと間違いなしですわ。でも、決して叶わぬ夢となり、泡となって消える。アルス様は罪作りですわ」
ふと気付いたら結婚式まで全部終わってないかな?
そうだ、気絶すればいい。そうすれば一瞬で終わ……。
「お化粧もばっちりですわ!なんてお美しいの!?」
「アルス様。大公様からの贈り物のティアラや首飾りを今こそ使う時ですわ!」
2人はなぜか大盛り上がりだが、僕の気分はだだ下がりだ。
女装して公式の行事に出ていたなんて醜聞以外の何物でもない。もしバレたら終わりだ。きっと夢に見たような可愛い奥さんなんて夢に消えていく……。
そう思うと無性に腹が立ってきた。
「えっと、なんでそんなものを今持っているのかな?おかしいよね?僕は普通にタキシードを着て参加する予定だったよね?なんでそんなものを持ってるのかな?ねぇ?」
「備えは大事ですわ!むしろ想定していなかったアルス様がおかしいですわ!」
「そうですとも。もしかしたらこんなこともあるかもしれないと思っていた私たちの勝利ですわ!」
なんで僕が責められているんだろうか?
そしてミィナは何に勝利したのだろうか?
「さぁさぁ、アルス様。ここまで来たらあとは度胸ですわ!」
「そうですとも。覚悟を決めて男たちを魅了してきてくださいまし!」
そう。化粧に着替え、そしてアクセサリーを付けていたらもう夜会に向かう時間だ。
「あぁ、忘れていました。カーテシーのやり方だけはおさらいしましょう!」
なんでだよ?
そこはダンスの方じゃないか?
って、ダメだダメだダメだ。僕は絶対躍らないぞ?
端っこで魔法で隠れて料理食べて時間を潰すんだからね!
「ファナ、そこはダンスの練習であるべきと思うわ!」
「それは大丈夫よ。アルス様は身のこなしは抜群だもの!」
「そうだったわね。それならカーテシーも問題ないわね。あとは……」
「大公家からの参加者ですから、国王陛下にだけはご挨拶をするようにとのことでした!」
聞かなかったことにしていいかな……?