幽霊騎士の憂いと私の加護
ふわっと浮かんだ騎士は私に話し掛けてきた。
『レディー、災難であったな』
「すみません、スペンサー令嬢。受付のサインが抜けているようです。もう少々、お待ち下さい」
「はい。大丈夫です」
『レディー。儂の事が視えているだろう?声も聞こえているのではないかな?』
私は、出たな。と思いながらもふわっと現れた幽霊騎士には何も答えなかった。
私の厄介な『加護』。そのせいでこんな風に見えなくていい物が視え聞こえなくていい音が聞こえてしまう。
『ふむ。レディーは手持ちの金がなくなったのか。それに大切な物が盗まれた。災難だったな。そのような恰好で一人で詰所を訪れたという事は、領地から出て来たばかりで知り合いもいず、非常に困っているという事であろう。だが、儂が力を貸せば、すぐに取り返す事ができ、金も戻ってくるやもしれん』
「え?」
声が出てから、私はしまった、と思ったがおそかった。
『やはり聞こえているのだな。頼む、レディー。礼は必ずする。どうか儂の願いを聞いてくれ』
私に視線を合わせ、ふわふわと浮かぶ幽霊騎士は先程のジェローム様のようにピシっと私に礼をした。
領地を出てから、なんとなく加護の力が強まっている気はしていた。特に王都に入ってからは、ふわふわとした人達がよく視えていると思っていた。しかし、こうも早く話し掛けられるとは。人間が多い王都では死んだ人も多いのかもしれない。
「はい、書類が出来上がりました。連絡先が決まりましたらお知らせください。見つかりましたら連絡を致しますので」
「はい。なるべく早く伺います」
「お気をつけて」
「有難うございました」
『レディー!!儂の事が視えているのだろう?声も聞こえている。頼む、今迄、色々な者に呼びかけてみたが誰も儂の事が視えず、聞こえずなのだ』
それはそうでしょう。それが普通なのだから。
私は第二騎士団の詰所を出ると、「はあ」と溜息が出た。これからどうしよう。まずは探偵事務所を探す事か。私は、受付のお姉さんに探偵事務所までの道を書いて貰っていたので、それを片手に歩き出した。
『儂がレディーのポシェットとネックレスを見つけよう。その代わりレディーにお願いがある。どうだ?』
ふわふわと私についてきた幽霊騎士は、そう言って私の前に立った。私は少し下を向いたまま、道の隅に移動し、小声で返事をした。
「騎士様、私に出来る事ですか?生き返らせる事は私に出来ませんし、私の命を差し上げる事は出来ませんよ?元の場所に戻るか、女神様の元へどうぞ旅立たれて下さい。私は見ての通り、お金も無いし、宿も無い、領地に返る手段もない。もう、無い無い尽くしのやばい状況なんですよ」
『やはり、儂が視えているのだな。よかった』
「いや、よかったじゃない」
今迄、皆が見えない変なモノ、それが死んだ人だと分かったのは大分大きくなってからだったけれど、変な幽霊に付きまとわれて色々言われてきた事もある。幽霊だって良い幽霊ばかりじゃない。大抵、女神様の名を出せば皆逃げていく。
『儂は女神様の御許に行く事は出来ぬ。憂いが残っておるでな。頼む、お嬢さんの力を儂に貸して欲しい』
「私は何も出来ません」
『儂は死んでいても、弱くはなったが加護が使える。お嬢さんが儂と話す事が出来るのはお嬢さんの「加護」だな?』
「ええ。そうですね」
『やはり。何の『加護』かは聞かぬ。とても特殊なものなのだろう。私の加護は「探知の加護」。物に宿った魔力を追う事が出来る。おそらく、お嬢さんの魔力を辿れば見つけられると思う。盗られて時間が経つと魔力が薄まり、探知が難しいのだが、まだ盗まれて時間は経ってないだろう?犯人の行先に心当たりがあると言って、先程のジェロームを連れて来てくれないだろうか。私について来てくれればお嬢さんの荷物を取り戻す事が出来る』
「ふむ」
『あれは、儂の教え子なんだが。ポシェットを取り返す事が出来たのなら、儂の言葉をあれに伝えて欲しい』
ポシェットは取り戻したい。そしてお金も。宿代が戻るのは嬉しい。王都でいきなり野宿は厳しいが、教会にお願いすればお父様に連絡が行ってしまうだろう。
今日は探偵事務所で一晩お願いしてみようかと思っていたが、ふわふわの幽霊騎士でもなんでも使える物は使うしかない。
私は幽霊騎士に目を合わせるとゆっくりと頷いた。
「言葉を伝えるだけであれば。私はポシェットやネックレスは取り戻したい。そしてお金も。ただ、どうすればジェローム様を呼び出せますか?今、詰所を出て来たばかりですよ?」
『あいつは正義感が強い。盗った者を見かけた、と言って駆け込むのだ。「お願いします。ついて来て下さい」と言えば、あいつはついてくる。君、一人で行くかもと思い放って置けないはずだ』
「嘘はつきたくないんですけど…」
『嘘ではない。儂の言葉を伝えるだけだ』
「分かりました。ポシェットとネックレスが取り戻せるのなら。でも、ジェローム様に言葉を伝えるだけですからね。他には何も出来ませんよ」
『二言はない。よし、では。詰所に戻ってくれ。今、ポシェットが戻れば金も戻るかもしれん』
「それは急ぎましょう」
私は顔を上げると、騎士団の詰所に慌てて戻る事にした。
「スペンサー様?どうされました?忘れ物でも?」
「いいえ、私のポシェットを盗んだ人を見つけたのです」
慌てて戻って来た私に驚きながらも、私の返答にキリっとした顔になった受付のお姉さんはベルを鳴らした。
「スペンサー様、詳しくお聞きしても?」
『お嬢さん、もっと驚いた風に言うのだ』
「どんな感じですか?」
ボソボソと幽霊騎士に聞くと『こう、うわあ、とか、驚きました!みたいに言うのだ』と身振りを交えて言われた。
「ここを出てすぐに見かけて、暫く追いかけました。わー、驚いたー。びっくりー」
『なんだその演技は。下手だな。こう、もっと、ビクビクして言うのだ』
「それは危険です。戻ってこられて良かった」
「怖かったー。驚いたー」
『お嬢さん……。お嬢さんに縁起の才能がないのが分かった…』
失礼な。言われた通りに言ったのに、文句を言われるとは。
話をしているとジェローム様が慌てて出て来た。
「スペンサー令嬢。どうなさいました」
私に訊ねながらもチラリと受付の方を見て私が答える前に受付の女性がジェローム様に答えていた。
「なんと。犯人を見掛けたのですか」
「ジェローム様。方向は分かります。ただ、私一人では捕まえる事が出来ませんので戻って参りました」
「それは勿論。危険な事はしてはいけません。よく、教えてくれました。よし、コリンズとモーリスも出れるな?」
ジェローム様は、ベルの音に気付いて出て来た騎士達に声を掛けた。
「「は」」
『よしよし、この三人ならば、複数の相手がいてもどうにかなろう。では魔力を追跡する。そんなに遠くは無いが、どうも裏通りのほうだな。裏通りは非常に治安は悪い。お嬢さんは気をつけるように。びっくりの演技はもうしなくていい。酷い演技だからな。ただ、気をつけてついて来るように』
危険な場所に行くとは聞いていない。ジロっと、幽霊騎士を睨んだが、知らん顔で詰所を通り抜けていった。
「大通りでも危険なのに…裏通りなんて……」
私が小さく呟くと、「なにか?」とジェローム様に言われたが、私は首を横に振ると「こっちです」と言って、幽霊騎士がふわふわと飛んで行く方について行った。




