三人の秘密基地にて
『ここは我らの秘密基地だ。三人で気兼ねなく酒を飲みたい時に集まっていた場所だ』
リンドール侯爵が秘密基地と言った屋敷は、馬車留め等ない小さなもの。門を潜ると小さな庭があるだけ。下級貴族のタウンハウスにしても小さいサイズになる。
所長はドアの前に立つと、カンカンとノッカーを叩き、名前を告げた。
「ミカエル・カーディガンです」
「よく来てくれた、こっちだ」
私達を待っていたかのように、すぐに中からドアが開いた。
ダガン取締役が現れ、「お招きいただきありがとうございます」と所長が答えると中へと通された。
高位貴族の令息達にしたら、秘密基地と言うサイズなのだろうが、我が家の領地の平民にしてみたら十分裕福な家という認識だろう。入ってすぐにホールはなく、すぐにテーブルがあるのが平民の家の作りと同じだ。でも、二階もあり、五人家族でも十分な広さだろう。
「モルト。話したゴールド探偵事務所の方達だ」
小さな部屋に入るなり、ダガン取締役はソファーに座っている男の人に声を掛けた。
「ああ」
「初めまして、スミス事務長。ゴールド探偵事務所、所長のミカエル・カーディガンと申します」
所長はスミス事務長に礼をして、私の方をチラリと見た。
「モルト・スミスだ」
そうスミス様は所長に自分の名前だけ言うと、じっと私達を見て、黙った。
『お嬢さん、二人にゆっくりと礼を。大丈夫だ、モルト・スミスはダガンよりも用心深い男だ。しかし、何も問題はない。まずは態度で示そう。高位貴族になれば成程、礼、姿勢、声、抑揚、そう言う物を大切にする。心配しなくて良い。お嬢さんの礼はとても美しかった。ゆっくりとお辞儀をして、静かに止まって、ゆっくりと戻ってくれ。指先まで美しくだ。美しい礼は、百を語る言葉よりも雄弁になる』
侯爵に教えられ、私はゆっくりとドレスを持ち出来る限り優雅に礼をした。優雅に見える礼の仕方のコツは、とにかくブレない、眠そうな笑顔を張り付けてスンっとした表情を作る。目を伏せ、プルプル揺れないように、低く、ゆっくりとした動作から、ピタッと止まってシンプルなドレスを大袈裟に綺麗に広げて見せる。
私は走り回ったりしていたおかげで、貴族令嬢と思えぬ筋肉を内に秘めている。おかげで礼だけはとても綺麗だとお母様の友人達からも褒めて貰えた。
「ゴールド探偵事務所所長秘書のフレイヤ・スペンサーと申します」
「ほぅ。これは丁寧に。君はスペンサー伯爵家の長女と聞いたが。成程。令嬢が王都の街の職業婦人と聞いた時は、まさかと思ったが…。流石はスペンサーの薔薇の娘と言うことか。私は王宮事務長を勤めている、モルト・スミスだ」
スミス様は驚きながらも礼を返して頷いた。
「それにしても、驚いたな。年端も行かぬ令嬢が王都の下町の探偵事務所で働いているなど。王宮や騎士団で事務をするのは下位貴族令嬢でも人気の職業だが。伯爵家の御令嬢が平民に混じって仕事など」
私はゆっくりと礼を解き、ドレスの裾を優雅にさばいた。私が答える代わりに所長が答えた。
「まあ、そうでしょう。彼女は非常に優秀で、第二騎士団ともつながりがあるようなのですが、私の祖母との縁があり、我が事務所で短い期間だけ働いて貰うように頼んだのですよ」
「君の祖母。成程、探偵事務所というとなんだか怪しいと疑ってしまったが。私が調べた限り、君の事務所に怪しい所はなかった。過去に君の祖母とスペンサーの薔薇の縁が今繋がったと言う事か。ふむ成程」
ふむ、と頷くスミス様に、ダガン様は「挨拶はもういいだろう。座ろう」と言って、ソファーを指さしてくれた。
「で、彼女がジョージからの伝言を預かっていると?」
「ああ。ジョージからで間違いない。私も受け取った。間違いなくジョージは彼女に遺言の事を伝えた。スペンサー嬢。モルトのことも話していたのだろう?」
『モルトも元気そうで何よりだ。ここで三人で会うのは久しぶりだな。モルトにも伝えてくれ。モルトの言う通り、アプリコットのジャムは美味かったよ。あと、記念日に儂の好きなブランデーを飲んで欲しい。昔、三人でふざけて買ったグラスがあるだろう。あれで飲んでほしい。スペンサー令嬢、まずはここの秘密基地の事を伝えるといいと思う』
私は頷くと、スミス様の方を向き直った。そして言葉遣いに気をつけて話す。
「はい。ございますが、まずは、皆様三人の秘密基地にお招き下さったこと、有難うございます。そしてお伝えしたいこと、一つは金庫の中にあるスミス様あてのリンドール侯爵様からの手紙です。その中身はリンドール侯爵様からの遺言状になっております。その遺言状はスミス様に預けたいとの事でした。そしてスミス様について言われていたことは、ジャムはアプリコットが一番だと言われていました。記念日にはふざけたグラスでブランデーを飲んでいたと。これからも飲みたいと」
「ほう」
驚いた顔のスミス様はダガン様を見ると、ダガン様は黙って頷いていた。
「な。ジョージからの伝言で間違いないだろう?」
「ああ…。驚いた。間違いなくジョージからの伝言だ…」
スミス様はハンカチを取り出して、額に浮かんだ汗を拭いた。
「お二人をアンディ様の後見人に頼みたいと言われていました。支えてやって欲しいとのことでした」
そう言うと二人は黙っていたが、ゆっくりと顔を上げ、所長の方を見た。
「カーディガン所長。君の狙いは何だ?」
スミス様がゆっくりと所長に訊ねると、所長は目を細めて、ゆっくりと答えた。
「私の所に依頼を持ってきたリンドール侯爵令息と令嬢、お二方とも私に嘘を吐きましてね。これは契約違反になりますので、しっかりと違約金を頂きます。その為には目に見える証拠がないと、小さな事務所の所長の私など、侯爵家を相手に戦えませんからねえ。そして、正しい方が侯爵家を継ぐ。筆頭侯爵家が顧客になって頂ければ我が事務所も安泰です。私は不正に手を貸すつもりはございませんので」
「成程。君もしっかりと利益を取ると。分かりやすくて結構だ。単なる人助けと言われる方が怪しいからな。保身も働くとなれば納得だ」
「金はある所からしっかりとらせて頂かないと。天下のまわり物っていいますでしょ?吹けば飛ぶような我が事務所はいつでも金欠でしてね。稼げるときに稼がせて貰わないと」
ニタアと笑い長い脚を組む所長は悪役が良く似合う。
「分かった。確認した陛下のサイン入りのナプキン。本物で間違いなかった。陛下も宝石と共に保管していたこと、アンディ君に権利がある事を考慮し、次期侯爵としてお認めになると言う事だ。ジョージの願いを聞けてよかった。ダガンがサインをして、私が受け取っている。そして、お嬢さんは成人を過ぎているね?スペンサー伯爵令嬢として見届け人にサインを貰おう。コレですぐに大臣に持っていける。明日にでも決着はつくはずだ。リンドール侯爵家のアンディの保護も必要だな。騎士達にも連絡をしておくか」
「その辺りはお前に任せる」
「分かった。すぐに行おう。問題ない。それにしてもお嬢さん、君のおかげだ」
「ああ。まったく。ジョージが突然死んで、侯爵家も終わりかと思ったが、おかげでどうにかなりそうだ」
「とにかく明日はカーディガン所長、スペンサー嬢は王宮に来てくれ」
「かしこまりました」
所長は嬉しそうに頷くと、私にも目配せをしたので、私も急いで礼をした。




