王立銀行へ
次の日、ダリアさんから今日のスケジュールを聞こうとしていると所長がやって来た。
「はー。眠いな。ダリア、フレイヤ、おはよう」
「おはようございます」
「おはようございまーす」
私の方を見て頷くと、ダリアさんに「俺にもお茶くれ」と言ってから、帽子を脱いだ。
「ダリア、フレイヤの制服は寸法問題ないな?」
「はい。沢山制服、余ってましたからね。注文出さずに済みましたよー」
「よし。じゃあフレイヤ、すぐに出るぞ」
「はい?どこに?」
所長はスケジュールの一番上に銀行と書き足すと、お茶をグイっと飲み干した。
「フレイヤの裏が取れた。取締役がすぐに会ってくれることになった。早速王立銀行に行く」
『ダガンに会えるのか。良かった』
頭に?が浮かんでいる間に、所長にせかされ、私はダリアさんに用意された上質な上着を羽織ると所長と共に王立銀行へと向かった。ついこの間、ジェローム様と一度来た王立銀行は、とても立派な銀行だ。博物館のような感じですらある。古く、由緒正しい銀行ということだろうか。
騎士とも警備隊とも違うが、防具をつけ、武器を横に持った獣人が入り口に立っている。
「どーも。ご苦労様です」
所長は胡散臭い笑みを浮かべ、警備の人達に手を上げて銀行の中に入っていった。銀行の中も外にも警備員が立ち、銀行内に出入りしている人を見張っていた。獅子族の獣人と蛇族の獣人が警備をする姿は何も悪い事をしていないのに背筋が伸びる気持ちだ。
「ほら。いくぞ」
「待って下さい」
すたすたと進む所長を追いかけると、所長は入ってすぐの受付に進み、背の高い女の人の前に立った。
「ご用件は」
受付の女性は魔族の血が入っているのか、眼の形と肌の色が人族と違った。私は所長の横に立つと、礼をする所長に次いで私もその女性に礼をした。
「ダガン取締役との約束で参りました。私はゴールド探偵事務所所長のミカエル・カーディガンと申します、こっちは所長秘書の」
所長が私を肘で突いた。
「所長秘書のフレイヤ・スペンサーと申します」
私が名前を言って礼をすると、受付のお姉さんは紙を捲って頷いて、目の前の水晶玉に手を翳して喋り出した。
「ダガン取締役。お約束のゴールド探偵事務所の方が受付に来られました。応接室にお通しします」
水晶玉が光ると男の人の声が聞こえた。
「待て、私が行こう」
「かしこまりました」
お姉さんがもう一度水晶玉に手を翳すと、水晶玉は光らなくなった。
「ダガンが参ります。そちらでお待ち下さい」
「有難うございます」
所長が礼をし、横の椅子に座って、私達はダガン取締役を待った。
「さ。これからだ。頼むぞ、スペンサー令嬢」
私は黙って頷いた。
「お待たせしました」
私達が黙って座って待っていると、すぐに恰幅の良い男の人が目の前に立って丁寧に私達に挨拶をした。
成程、貫禄があるというか、威厳があるというか。それなのに、こんなあきらかに怪しい所長と私にも礼をしてくれる。
「どうも、初めまして。お会い出来て光栄です。ダガン取締役」
「こちらこそ、話は奥でしよう。こちらだ」
「どうも」
所長は胡散臭い笑顔を張り付けて、ダガン取締役の後ろをついて行った。私はさらにその後ろを二人が天気の話をしたりするのを黙って付いて行く。
応接室に通して、お茶が出され、誰もいなくなると、ダガン取締役は、水晶玉を取り出して、手を翳した。
「暫くは取次はなしにしてくれ」
「かしこまりました」
先程の受付のお姉さんの声が聞こえると、ダガン取締役は私達に向き直った。
「この部屋では盗み聞きはできない。で、リンドール侯爵の件と言う事だが、どういう事だろうか。しかも次期侯爵の継承権の話とは。これは大変な問題だ」
「はい、私のゴールド探偵事務所に遺言書の鑑定依頼が持ち込まれましてね。王宮ではなく、依頼者は私共にまず調べさせるという。依頼者はリンドール侯爵家のご息女、ご子息。自分こそがリンドール侯爵家の次期当主だ、とお互いがいいはりましてね。その証拠にと、お互いが亡くなったリンドール侯爵の遺言書を持っているというのですよ」
「なんと」
「しかし、調査の結果、その遺言書、二つとも偽物でしてね。本物はここ、王立銀行に保管されています。侯爵家の石と本来の次期侯爵様の名前を書いた物と共に」
「!!!」
所長はニコニコしてダガン取締役に話掛ける。
「私でも、貸金庫の中に何があるかは知らないのだぞ?なぜそれを貴方が知っている?」
「こちらの秘書が侯爵から直接聞いたのですよ。この者はスペンサー伯爵家の者でしてね」
「スペンサー伯爵家第一子、フレイヤ・スペンサーと申します」
私が礼をすると、ダガン取締役は顎に手をやって考えた。
「スペンサー…。少し前に深紅の薔薇と噂になった家か。最近は話を聞かなかったが。そうか、君はスペンサー伯爵家の。だが、リンドール侯爵家とのつながりが分からん」
所長は大袈裟に手を広げると、首を傾げた。
「そこは私もなんとも。この者と侯爵様との秘密なのでしょう。さ、侯爵様の遺言を取締役に話してくれ」
優しく私に話し掛ける所長はうさん臭さが倍増している。
「ダガン取締役様。ジョージ・ド・リンドール侯爵様からダガン様への伝言です。リンドール侯爵様からアーノルド・スミス様宛の手紙と共に、侯爵家の王家から頂いた家宝の宝石、それと次期侯爵家をアンディ様に認めると書いたナプキンが保管されているそうです。そのナプキンには陛下のサインもあるそうです。金庫の番号は356。リンドール様に何かあった時はダガン取締役が金庫を開けてくれる事になっているのですよね。金庫の中にある石は孫のアンディ様を受取人して欲しいとのことで、国王陛下にも相談をされていたそうです」
私が一気に話すと、ダガン取締役はソファーに深く座り直した。
「君とジョージの関係は?一体どういう事なんだ?」
「私と侯爵様は偶然お会いし、伝言を頼まれたのです」
私が答えると、所長はニコニコしてダガン取締役に頷いた。
「ダガン取締役。スミス様は王宮事務官長。ダガン取締役から繋いで貰えませんか。リンドール侯爵様からの最後の願いを届けたいと思っておるのです。次期侯爵家には正しき者が継がなくてはいけません」
所長が少し悲しそうに言うとダガン取締役は、「う、うむ」と考えた。
「私達は侯爵の御令息、ご息女から依頼を受けましたが、不正はいけません。間違いを正したいと思っているのです。そして、この者は侯爵様から、本当の真の後継者に石を渡して欲しいと言われたと言っております。侯爵家の二人はそれをお持ちではなかった。「家宝の石が何処にあるか見当がつかないか?」なんて私に聞かれましたからね」
所長が真っすぐにダガン取締役を見る。
ダガン取締役は一度目を瞑って、息を吐くと、目を開けた。
「しかし…なぜ若い君がこのような事をジョージに頼まれたのか……不思議でならない」
『お嬢さん、頼む、ダガンに伝えてくれ。シンディは昔、私にだけ伝えた事がある。シンディが一番好きな花は君との思い出のタンポポだ。君がシンディにプロポーズした赤い花ではない』
「ダガン様。もう一つ。リンドール侯爵様から、ダガン様への事を言われていたことを思い出しました。これを聞けば私がリンドール侯爵と話したと分かるはずです」
「私の事を?何だ?」
「はい。シンディ様が一番好きな花は、ダガン様がプロポーズされた時の赤い花ではなく、二人の思い出のタンポポだと聞いた、とリンドール侯爵は言われていました」
「は?」
「ダガン様。私は間違いなく、リンドール侯爵から頼まれたのです。どうか、信じて下さい」
「………」
『お嬢さん、ありがとう。そうだな、我らの秘密基地の話もしてくれ。大人になっても秘密基地を持つのは大切だ』
「大人になっても秘密基地を持つのは大切だ、とも言われていました」
「…分かった。金庫の中をすぐに確認しよう。金庫の中に本当に陛下のサインが入ったものがあるのなら、早急にスミスに話をつける」
「有難うございます」
そう言って所長は笑顔を見せた。




