ジェローム様の掃除
ゴールド探偵事務所を訪れたその日のうちに、ゴールド探偵事務所で臨時とはいえ、働く事が決まった。
しかも、宿まで決まったので急いでお父様達に連絡を、と思ったら所長が「相続の件もあるから、俺がしておく」と速達の手紙を出しに出かけていった。
「フレイヤさーん。所長はまあまあ仕事ができるので、任せておいて大丈夫なのです」と言われた。
ダリアさんに部屋を見せて貰い、事務所の中を案内されていると所長が戻って来て、所長から書類作成を頼まれ、頭から煙を出しているとダリアさんがご飯を用意してくれ、気付いたら部屋のベッドに倒れ込むように寝て、起きると、もう、ダリアさんは事務所にきていた。
「フレイヤさーん、朝ご飯買ってきましたよー」と、言ってダリアさんが温かいパンを買ってきてくれた。
「今日は予約のお客様はいないので、フレイヤさんは、所長の手伝いして下さーい」
「分かりました。このパン、美味しいですね」
もぐもぐとパンを食べながら、ダリアさんの話を聞き、食べ終わると早速所長から呼ばれ、所長室で書類整理を手伝い、ご飯を食べ、そしてちょっとウトウトした。
ここの所長、私が貴族だろうとなんだろうと関係なくこき使う。部屋も自分で掃除をしないといけない。これは普通の貴族令嬢なら十五分も持たず、逃げ出してしまうだろうな。
そんな風に一日があっという間にすぎ、気付けば事務所に来て早二日目となっていた。
朝、ダリアさんが置いてくれていたお菓子を食べているとダリアさんと所長がやってきた。「おはようございます」とわたしが挨拶すると、「あー眠いなー」「おはよーございますですー」と、二人が入ってきて、私はダリアさんから「焼き立てですよー。フレイヤさん、パン屋さんでパンの買い方、分かりますかー?」言われながらまたパンを貰った。
「今日は俺は外回りだ。ダリア、留守番頼む。フレイヤは適当に掃除しててくれ」
「はーいです」
「分かりました」
パンを食べ、書類の確認をして、再び掃除をしていると、開けていたドアがノックされた。
コンコン。
ドアをノックしたのはダリアさんで、後ろにジェローム様が立っていた。
「フレイヤさーん、お客様ですよー。フレイヤさんの護衛騎士様ですよー」
「……ん?護衛騎士?はて?」
「失礼致します、スペンサー令嬢。ジェロームです」
ダリアさんは私に、ぐっと親指を立て、ジェローム様を私の部屋に案内すると、「邪魔者は退散退散」といって、にひひと言いながら下へと降りていった。
「ジェローム様、先日ぶりですね」
私は頭と口元をタオルで覆い、眼だけを出した状態だったので、不思議がられてもしようがない。私はタオルを外し、顔を見せた。
「王都での私が必要な手続きが一ヵ月程掛かる事が分かりまして。その間、ここで生活する事になったのです」
「は?」
「ここでも仕事を頼まれてしまって。事務所の上の部屋を使って良い事になったのです。でも、ちょっと掃除が必要でしょう?」
私がそう言いながらハタキを見せると、ジェローム様は狭い部屋を眺め、「全く貴女は……次から次へと…令嬢が掃除など…」と言いながら、何故か箒を手に取り、床を掃除をし始めた。
せまいと言っても、部屋が余っている事もあり、ベッドルームの続き部屋を使わせて貰っている。だから掃除する部屋は二部屋とトイレ、キッチン等、する所は多いのだ。ジェローム様は床掃除を終えると、雑巾を手にして、棚や椅子を拭きだした。
「貴女から連絡もなく、私が紹介した宿に泊まってもおらず。何かあれば騎士団に連絡を、と言っておいたのにその連絡もなく。王都は危険な所もあると言っていたのに。お金がある事は知っていましたが、銀行に預け、手持ちのお金を掏られたのでは、と、第三騎士団まで確認をしにいきました」
掃除をしながらジェローム様がグチグチ言い出した。ゲロームになりだしてしまった。いや、紹介されたホテルには行こうとは思ったことは思ったのだ。
「まさか、私が紹介したホテルではなく、知り会いがいると言う理由で新月にまた行かれたのかと新月にも行ってみましたが、新月にも来ていないと言う。慌てて辺りを探しましたが、それらしい迷子もいず。隊長に報告するも「一日待て」と言われてしまい、オゥルソにも手を借りて市場も探しましたが、私は気が気ではありませんでしたよ。何かあれば第二騎士団に連絡があると思っていましたが…。何もなく。ゴールド探偵事務所に連絡をと思って来てみれば、まさか働いているとは……」
オゥルソさんにも心配をかけてしまったなら、連絡をしておこうか、と私が思っているとジェローム様が「オゥルソには私から連絡をしておきますが、あれからはここにずっと?」と聞いてきた。
「はい」
「慣れない街を歩くよりは、安全でしたが……。とにかく無事で何よりですが、まさか掃除をしているとは……」と、バケツに入れていた水でバシャバシャと雑巾を洗うとギュッと絞って、ジェローム様は窓を開け、窓周りをきゅっきゅっきゅと拭きだした。
「隊長にもすぐに報告をしますが、殿下も気に掛けていらっしゃいました。まったく。危険な事はしていないでしょうね?」
手際よく窓を拭き終わると、手を洗って、私が脱ぎ散らかした服に目を止めたが、続きのベッドルームには入らず、目についたハンガーに服をかけてソファーの上に綺麗に並べていった。
「あ、自分で」
「では、これをクローゼットへ。そしてそちらを片付けて下さい、そして、危険な事は?」
「危険な事はしていないですよ…。私の手続きの間、お仕事を手伝うだけですし」
「そうですか。危険な事でなければ良いのですが。まあ、ここは一応貴族街ですし、新月よりは安全でしょう。仕事とはどんな?」
「書類整理などです」
「なるほど」
ジェローム様は壺も磨き、ソファーのクッションをパンパンと叩くと、綺麗にセットをし出した。
私もジェローム様に負けじとテーブルを拭いて、床を箒で掃き、ジェローム様の小言に「心配をお掛けしまして」とか「気を付けます」とか「その通りです」とか「あ、そこも拭いて下さい」と繰り返した。
部屋が綺麗になると、ジェローム様は私の部屋のテーブルの上にバッグからお菓子を出し、手際良く、キッチンに行き、自分でお湯を沸かして、お茶の準備を始めた。
「ジェローム様、お茶も淹れられるんですか」
「騎士団に入ると、出来るようになります。夜勤もありますし、料理は出来ませんがお茶は必要な事ですから」
冒険者の人達も携帯食料を持って出かけて行くけれど、ポットとカップは持って行っていた。朝、夜とお茶を飲む時間は大切だ。
ジェローム様は、真面目で、口うるさいけど、お茶も淹れお菓子もくれるので、少しはいい人のようだ。ちょっと、いや、かなり口煩いが。
自分の前に置かれたお菓子に手を伸ばそうとすると、すっとお皿が遠ざけられ、にっこりと笑ったジェローム様が「では、たった二日の間に一体、どういう事になったのか、詳しく教えて頂いても宜しいでしょうか」と、私に訊ねてきた。
あ、そうだ。この人はこういう人だった。




