リンドール侯爵様からの頼み
無料か……。
お母様が言っていた。『無料より高い物は無いわよ』と。
所長の笑顔が胡散臭い。どうしようかと、私が迷っていると、声が聞こえた。
『お嬢さん、声が聞こえているんだろう?頼む、そこの所長に取り次いで貰いたい。所長にこう言ってくれ。「先程の二人は嘘つきだ。孫のアンディが正当な侯爵家の継承者だ」と、そう言ってくれればいい』
所長は私の手紙を返し、相続に関する書類を渡してくれた。
「スペンサー令嬢に事務所を手伝って欲しいと言うのは、今、面倒な案件を引き受けていてしまっていて、高位貴族の社員が欲しい所だったんだ。期間はこの案件が終わるまででいい」
「私は高位貴族と言ってもギリギリですし……。貧乏具合で言えば底辺ですよ?どん底限界突き破ってますよ?」
「ま、貧乏でも高位は高位。ちょっと話を聞いてくれ」
『お嬢さん、所長が言っているのはおそらく私の家の者達だ。どうか私の言葉を伝えてくれ。きっとお嬢さんの借金の役にも立つ』
借金の…。なんだと…。貧乏底辺貴族としては言う事を聞くしかないじゃないか。
私はふーっと息を吐くと、所長に向き直った。やっぱり私は面倒な事に巻き込まれてしまうようだ。
「分かりました。所長、先程探偵事務所に来られていた二人は嘘つきです。孫のアンディ様が正当な侯爵家の継承者だと言われて、何かお気づきになりますか?」
「は?」
『どうも有難う、お嬢さん』
私はなるべく口を動かさずに、「役に立って下さいね」と、小さく呟いた。
『出来る限り』
「は?なんだ?いきなり、何を?アンディ様の事を?先程の二人って?ちょ、ちょっと待ってくれ!手伝ってくれるってことでいいんだな?」
所長はそう言うと席を立って、奥の棚の方へ行き、書類を探し始めた。
所長が席を立った隙に幽霊は私に近づくと話し出した。
『先程の二人と言うのは、お嬢さんがこの探偵事務所に入ってくる前に出て行った男女の二人の事だ。あの二人は儂の娘と息子でな。儂はジョージ・ド・リンドール。リンドール侯爵家当主だ。あの二人はどちらが正しい後継者かと今、争っている』
「侯爵家?跡継ぎなら息子さんでは?」
『ああ、息子の方は前妻との子供でな。前妻は息子を産んだ後、若い庭師と駆け落ちして出て行った。そのこともあり、前妻の生家から彼女は籍を抜かれた。息子は妻に似ていてな。儂の特徴は受け継いでいない。真面目に育てばよかったが、メイドや下働きの者にも手を出すようになってしまってな。学園でも問題を起こし、領地の方で鍛えていたが、そこでも女遊びを止めずじまいだった』
「あー、どこだ?どこだ?」と書類を漁っている所長を横目に私は黙って頷いた。
『妻と離婚した後、儂は親戚の勧めですぐに再婚した。子供が二人産まれたが、二人目の出産後、妻は身体を壊し、女神の元へと旅立った。偽物の遺言書を持ってきたのは前妻の息子と後妻の娘、この二人だ』
「なるほど。アンディ様とは?」
『アンディは早くに亡くなったもう一人の息子の子。後妻との間には娘の上に息子がいた。息子は学園卒業後すぐに結婚をし、子供を授かったのだが、その矢先に夫婦は事故で亡くなり、当時、屋敷で儂と共にいた乳飲み子のアンディだけが生き残った。アンディは儂の唯一の孫。儂は娘でも息子でもなく孫のアンディに侯爵家を継がせようと思っている。そもそも儂は次男に継がせようと思っていたのだから正当な後継者はアンディだ』
「では、アンディ様でいいのでは?」
成程。なかなかドロドロなようだけど、前妻、後妻の話はよくある。多くは、早くに後継者を決めるはずなのに。
『それが、アンディはまだ未成年。成人まであと二年ある』
マシューと同じ。未成年が跡継ぎになるには後継人なり代理人がいる。
『困るのはあいつらがお互いに持ってきた儂の遺言書だ。どちらも偽物。そもそも、ちゃんとした遺言書はないのだ。ただ、それに限りなく近い物、いや、後継者を決めるという点ではそれよりも確かなものならばある』
私達が話していると、所長が「さっきしまったばかりなのに……あ。こっちだったか」といいながら別の棚を開いた。
『お嬢さん、所長に儂が今言った事を伝えてくれ』
「お。あったあった。コレだ」
そう言ってミカエル所長は書類を手に再び私の前に座った。
「スペンサー令嬢、先程の話、詳しく聞いてもいいか?」
「はい。私と入れ違いに出て行った二人の男女の事です。あの二人はジョージ・ド・リンドール侯爵家のご息女、御令息ですよね?そして二人は後継者の件でここを訪れましたが、二人がそれぞれ持ってきた遺言書は偽物です」
「なに?」
『お嬢さん、有難う』
「ちょっとまってくれ。色々確認したい事がある。スペンサー令嬢は先程の二人と知り合いなのか?なぜ遺言書の件を知っているんだ?」
怪しげに私を見つめ、私が言った言葉を考えている。
「いいえ二人の事は知りません」
「では侯爵の方と知り合いという事で?」
「はいそうです」
「いいぞ、貴族間は繋がりがあると言うがここでもあったか。話が早い!運が回ってきたな!詳しく教えて欲しい!」
「私の『加護』の力で侯爵様と知り合いになりました。何の加護は、ミカエル所長の加護を教えて頂ければ答えます」
「ああ、成程。そうだな。おれの加護は『記憶』だ」
「『記憶』ですか」
「ああ、まあ、特化している『加護』だから、普段の記憶は反動ですこぶる悪くなるが。で、スペンサー令嬢は?」
「私の加護は『会話』だと司祭様が言ってくれました」
「うーん。『会話』ねぇ……」
所長はちょっと不思議そうに首を傾げたが、納得はしてくれた。
「……上位の加護ということか…」と、所長がそう呟くと扉が開いてダリアさんがお茶と焼き菓子を持って入ってきた。
所長が明かした加護に私が明かす。嘘はお互い着いていない。
ダリアさんが、「失礼しまーす」と言いながら、小さな身体で大きなトレイを軽々もってくると、ポットにお菓子、カップにソーサーを二客ずつ綺麗に並べ、「お召し上がりくださいー。どうぞー」と良い香りのするお茶を淹れてくれた。
流石、ドワーフ族。力持ち。小さな体で軽々と運んでくる。よく見ると、小さな腕には力こぶもある。
「『会話』の加護持ちに、何人かあった事があるが。確か、上位の加護には相手の話を聞きだす力もあったか……」
「美味しいですよ?このお菓子、新作なんですよー。むふふ。お店の店員さんがムキムキで恰好良くてですねー。ついつい、沢山買ってしまったのですよー。レジのお兄さんは眼鏡をかけた声の小さなお兄さんでしたが……。パティシエのムキムキおじさんと仲が良い感じなのですよ…。あの二人は良い。良いですよ!あ、遠慮しないで食べてくださいね」と私の前にお皿を出して、いくつか取り分けてくれた。
私はお菓子に手を伸ばした。その間も、所長は何か考え、遠くを見ると、ブツブツと何かを思い出していた。
「スペンサー令嬢、リンドール侯爵に会ったと言ったがそれがいつだったか聞いてもいいか?」
『お嬢さん、儂は一週間前に女神の元へと旅立っている。だから昨日、一昨日、なんて答えたら嘘だとすぐにばれる。それをこの所長は確かめたいのだろう。記憶の加護持ち、と言っていたから、今、儂の情報を思い出していたのだろう」
成程。では、どうしたら。チラリと侯爵の方を見ると侯爵は顎に手をやり考えた。




