その頃のスペンサー領 その2
セバス視点です。
「ふむ、ブロンの店からの返事もきましたね。おや、王都の国立銀行からと……また第二騎士団からですか」
私はスカーレット様の私物を売る手続きの為にブロンの店の返事が来たことを確認し、幾分ほっと致しました。
フレイヤお嬢様からスカーレット様の私物を売るように言われるまで、私も、スカーレット様の部屋の物を売る事は旦那様にも言えずにいた事でございました。しかし、お辛いであろう、フレイヤお嬢様が真っ先に必要な物は残し、処分を、と申し出たのです。
スカーレット様の部屋の隅には流行のドレスが数着、それにバッグや靴、価値があるであろう宝石が付いた置物や、花瓶などが積まれておりました。
マシュー坊ちゃまとシンシアお嬢様にもご相談をし、旦那様にスカーレット様の遺品を一部売る事を提案すると、快く頷いて頂けました。
きっと五十万ルーンは超える事でしょう。
そう思いながら、旦那様宛の郵便物をチェックしていくと、王都の国立銀行からの物がありました。いつもの領地の銀行ではなく、定期的な銀行の連絡でもなさそうでございまして、私はいささか不思議には思いましたが、王都から、という理由で急ぎで旦那様の元へと向かいました。
今はフレイヤお嬢様が王都に遺産相続で向かわれている最中。
そこへ王都の銀行からの郵便ならば、良い知らせかもしれません。
いささか早い気がしますが、現金等で、少額であれば遺産手続きが早く終わると調べた所分かりました。
1000万ルーンを超えると手続きは大変長くなるそうです。20万ルーン迄であればその日のうちに手続きは終えると。100万ルーンを超えると段階的に手続きは面倒になって参ります。
もしや、現金は20万ルーン程であったという事でしょうか。
そんな事を思いながら旦那様の執務室へ向かうと旦那様はマシュー坊ちゃまと共に仕事をしていらっしゃいました。
マシュー坊ちゃまは今迄はご自分の部屋で勉強をしていたのですが、フレイアお嬢様が王都に旅立ってからというもの、今迄フレイヤお嬢様がなさっていた旦那様の手伝いをしつつ、ご自分の勉強もし、旦那様と共に執務室ですごしている時間が多くなられました。
次期スペンサー伯爵として、頼もしい限りでございます。
私は執務室の扉をコンコンとノックをして「セバスです。ブロンの店からの連絡と王都からの郵便をお持ちしました」と声を掛けるとすぐに入室致しました。
旦那様は私の手の中の物に目を向けると頷いて、すぐにペーパーナイフに手を伸ばしました。
「セバス、ブロンの店からの物は後で見る。少しでも足しになればいいがな。王都からの郵便は何処からだ?」
「はい、王都の国立銀行と王都の第二騎士団より旦那様へです」
「ふむ。フレイヤだな?」
「おそらく」
私が盆にのせた郵便を旦那様に差し出すと旦那様は嬉しそうに郵便を受け取り、マシュー坊ちゃまも興味深そうに顔を上げられました。
「父上、お姉様からですか?」
「まあ、まて。どれ……。ふむ、やはりフレイヤからだが……?うん?どういうことだ?」
旦那様が不思議そうに首を傾げ私とマシュー坊ちゃまに見えるように手紙を差し出しました。
「一つは第二騎士団からの送金だ。フレイヤが掃除をしたと?掃除代が二十万ルーンも?どういうことだ?」
「旦那様、お嬢様は騎士団にて、働かれたのでございましょうか?」
「ああ、そのようだが。王都では掃除で二十万も給料が出るのか?」
そう、旦那様が首を傾げると、マシュー坊ちゃまが「あ!!」と大きな声を出されました。
「どうしたマシュー。」
「父上。掃除とは……暗殺者、もしくは指名手配犯を掴める隠語だったりします。お姉様はお尋ね者を捕まえたのでは?」
「なに?ああ、確かに。そうか、そう言う事か。流石、フレイヤ。騎士団の役に立ったが、詳しくは言えないと言う事か。ああ、領地でも盗賊捕縛の手伝いに行く事があったな」
「成程!流石ぼっちゃま!!」
「では、こちらはなんだ?王立銀行の口座に振り込みがあったと。……。依頼人はアンソニー・ジェローム?一体誰だ?ああ、伝言が。人助けをしたお金です。フレイヤ。うん?フレイヤからか?」
旦那様は手紙を見つめると名前をぶつぶつと唱え始めました。
「むむむ。どういうことだ。ジェローム……ジェローム侯爵家か。アンソニーとは。ジェローム侯爵様の名前は確かエドワード様ではなかったか……。セバス、貴族名鑑を持ってきてくれ」
「は」
私はすぐに執務室の隣の部屋から貴族名鑑を持ってきました。毎年発行される貴族名鑑ですが、我がスペンサー伯爵家では五年に一度新たに購入しております。まあ、フレイヤお嬢様が産まれた年、マシュー坊ちゃま、シンシアお嬢様が産まれた年には、同学年の友人を知る為と特別に購入したりはございましたが。
一番新しい貴族名鑑はおりよく去年購入した物でございました。
「旦那様」
私が貴族名鑑を旦那様に差し出すと、旦那様は急いでジェローム侯爵の欄を探し、エドワード・ジェローム様を探し当てられておりました。
「あ。あったぞ。ジェローム侯爵家。うむ、やはり、エドワード・ジェローム様だったな。おお、そこの三男に第二騎士団所属、アンソニー・ジェロームとある。ふむ」
「ジェローム侯爵家の方で間違いなのですね」
マシュー坊ちゃまがホッとした声を出しましたが、その後すぐに首をひねられました。
「しかし、なぜ、その方が?」
「む。分からん。が、フレイヤからの送金で間違いはないのだろう。第二騎士団繋がりと言う事か?では何故、騎士団から送金しないのか?しかし、五十万ルーンも振り込まれておる」
「人助けで?」
「ああ。そのようだ。遺産はどうなったのだ?」
私はもう一度手紙を読みましたが、詳しい事は何も書いておらず、ただ、アンソニー・ジェローム様の口座を使ってフレイヤお嬢様が旦那様に五十万ルーンを送金したという事しか分かりませんでした。
「まあ……。とにかくフレイヤは元気なのだな」
「そうですね。お姉様は、王都で掃除をし、人助けをし、七十万ルーンを送って来たのです。遺産の話はまた別なのでしょう。流石お姉様です」
「う、うむ。そうだな」
私も、流石お嬢様と思うしかございません。
「では、あと三百八十万ルーン、用意すればいいのだな。よし、まだ日はある。どうにかなりそうではないか。遺産はまだ振り込まれていない。光は見えてきたぞ!!」
「そうです。お姉様も頑張っておいでです。良かった」
本当にあの、お転婆なフレイヤお嬢様が王都で立派に仕事をなされていると思うと私は胸がいっぱいになったのでございます。
コンコンコン。
私達が話をしていると可愛らしいノックの音が執務室に響き、すぐにシンシアお嬢様がぴょこんと顔を出されました。
「どうした、シンシア?」
旦那様はにっこりと笑って両手を広げてシンシアお嬢様をお呼びになりました。
「お外にお花を見ようと思って、ホールに行ったら、お手紙が落ちてたの」
「なに」
「これは。すみません、旦那様。配達員から受けとり損ねた物でしょうか」
「まあ、いい。シンシアが可愛い配達員になってくれたのだからな」
旦那様の膝に飛びつき、手紙を机に置き、マシュー坊ちゃまから頭を撫でられたシンシアお嬢様は大変嬉しそうにされていました。
「どれ」
そう言って、少し分厚い手紙を旦那様が開けると、シンシアお嬢様を膝の上に抱き、にこにこしてた表情が一瞬で凍り付いたのです。
異変を感じたマシュー坊ちゃまが急いでメイドを呼び、「シンシア、お菓子を食べよう。先に準備をしておいてくれる?」と、お嬢様を執務室から上手く出されました。
「ぐおおおおおお!!!!!!バンシーめ!!!!!」
「父上?」
「またこのような物を送って来た!!!」
バンっと机に叩きつけたのは、手紙には少々分厚いと思ったのは薄い靴下が入っておりました。
とても上質だと思われるものですが、何故か、レース編みが大きく、これを穿けば肌を見せる部分が多いであろうと想像は付きました。
以前、下着が送られてきた時は大変驚きましたが、今回は靴下でございますか。確かに、靴や靴下などを贈るのは夫でなければ送りません。靴や靴下を脱ぐのはベッドの上でございますから、そのような物を夫以外が贈るのは大変なマナー違反でございます。
まあ、下着は夫でも中々贈ったとは聞きませんが。靴下であれば、今回はマシだと思うのですが。
ひらりと小さな手紙が落ち、私が拾い上げるとマシュー坊ちゃまが横から声を出して読まれました。
「未来の花嫁、フレイヤ。
他国の結婚式では、花嫁の履いた靴下を花婿が脱がせるという風習があるらしい。
是非やってみようではないか。まあ、そのためには君のドレスの中に私が入らなければいけないのだが。ぐふふ、気に入った靴下があれば教えて欲しい。
君の未来の夫 ギャビン・バンシー」
と。
「ぐおおおおお!!そんな風習はやらん!!誓いのキスもさせんぞ!!そもそも結婚など認めるものか!借金を綺麗に返してやるわ!!ぐおおおおおお!!!バンシーめ!!!」
怒り狂った旦那様はバンシー伯爵が送ってきた靴下をビリビリに破いてしまわれました。
これは後で返却を求められたら、「旦那様がご自分の物だろうと思って履いてしまわれた」とやはり言うしかございません。
私が困っていると、マシュー坊ちゃまは旦那様が破った靴下を集めていました。ああ、ぼっちゃまも靴下を破くのは間違っていると思ってくれたのでしょうか。
「汚らわしい!」
私がほっとしていると坊ちゃまはボロボロの靴下を灰皿に乗せ、火を点け燃やし、灰にしてしまいました。
ああ、これではなんと言い訳をしたら良いのか。
私はフレイヤお嬢様が送ってきた手紙に手を合わせて祈るしか出来なかったのでございます。




