今度こそ ゴールド探偵事務所へ
目の前には貨幣ぎっしりの壺。
おお。多いな。
五十万ルーンなら一万金貨が五十枚と思っていた。しかし、この壺の中には金貨は見えない。銀貨しか見えない。いや、銀貨も少なく、小銀貨や銅貨が多く入っている。
五十万ルーンと聞いたら、一万金貨、五十枚の感覚でいた。でも、よく考えたら平民が金貨をホイホイ持っているはずが無いんだった。
じっと壺を見てみる。私が抱えられる大きさの壺にぎっしりと貨幣が入っている。
持てるかな?
壺(怪しい貨幣ぎっしり)を見つめる私(借金を背負う貴族の娘)と、付添人(騎士団班長)。
「……」
「……」
あ、コレ、どうしよう。秒で逮捕される案件じゃないわよね。
「スペンサー令嬢……」
「う、うん。思ったよりも重そうだけど、あはは」
何か聞かれる前に声を出す。目を合わせたらいけない。すいっと目をそらして、急いで考える。
この壺を私は持てるかなど、考えてはいけない。考えるな、考える前に持ち上げるんだ。いや、持つしかない。持たないという選択肢はない。涼しい顔で、安全な場所まで取り合えず持って行くんだ。
よし。フレイヤ・スペンサー、行きます!
「よっ!!!」
壺を、ふんっと持ち上げようとした……けれど。重くて持ち上げられなかった。セバスならぎっくり腰になったはず。
「くっ!!!」
「ほっ!!」
「はあ!!!」
……無理だ。
「……」
そう、私は腐っても貴族令嬢。いくら弓を射れて双剣を使えると言っても、筋力は男性には劣ってしまう由緒正しき令嬢なのだ。
「スペンサー令嬢……」
ジェローム様がまた何か言いかけている。
もう、黙ってくれないかな。この状況見たら、分かるでしょ。よし、壺の中の貨幣を袋の中に移そう。一ルーンも残さず頂かないといけない。
ジェローム様の視線が気になるが、これは私がちゃんと頂いた物だ。報酬だ。証拠はないけれど泥棒ではない。
壺を置いて行く事にして、私はバッグを開けて、馬車に乗る時に敷いていた布を出すとそれにルーンを移そうとした。
「スペンサー令嬢」
「あ!!!」
再度私の名前を呼び、今迄彫像のように動かなかったジェローム様が壺を持ち上げて、布の上に壺ごと置くと布で壺をくるんだ。
あ!何をする!泥棒!!
「目的地までお持ちします」
思わず、ジェローム様に足が出そうになったのをギリギリで止められた。
あぶなかった。もう少しで、暴行罪になる所だった。しかも現行犯。
ふう、と思っていると、ジェローム様は勝手に黙って頷いて、また無表情で私の横に立った。
一瞬、取り上げられたのかと思った。「このお金はなんですか?」とか、「これは騎士団で預かります」、とか、「窃盗罪ですね」とか言われるかと思った。足払いを掛けて、壺を奪い返そうかと思ってしまった。
ジェローム様は左手で壺の包みを持っている。片手で持てるなんて凄いな。やっぱり騎士団隊員なんだな。
オゥルソさんの小屋から出て門の前に出ると、門番の男の人がいたので、挨拶をして新月を出た。
「探偵事務所までは少し距離があります。一度馬車を拾います」
「はい」
私達は歓楽街を抜けて大通りに出ると、辻馬車を拾った。
「貴族街の方へ。ローズストリートに行きたい。その手前の大通りで下ろしてくれ」
「はい」
御者は頷くと、馬車を勧めた。
ゴトン、ガタンと、馬車は進み、馬車からの景色を私は見る事にした。
「スペンサー令嬢」
黙って景色を見ているとジェローム様から話し掛けられた。何度も名前を呼ぶ人だな、と思ったが私はちゃんと返事をする。
「はい」
「謝罪をさせて下さい。隊長がスペンサー令嬢の保護を決め、説明を省いたと言いましたが、そのようにして欲しいとお願いをしたのは私です」
なんだと。お前が犯人か。
「保護をし、貴女の安全を保障したいと思いました」
軟禁だったけどね。
「しかし、隊長に言われた通り、貴女を縛り付けただけだった。しっかりと説明が必要だったと思いました。保護をした事は正しかったと思っています。が、説明が不足していました。申し訳ありませんでした」
「いや、許さん」
あ、心の声ではなく、思わず、本音が出てしまった。
私が騎士の礼を取りながら謝るジェローム様に即答をすると、ジェローム様はピシリと固まった。
「ジェローム様。謝ったから許して貰えると思ってましたか?保護が正しかったか、正しくなかったか、なんてどうでもいいんです。説明がなかったことに対して怒っているんですから、言い訳は不要です。謝るなら言い訳せずに謝って下さい」
「……は。重ねて申し訳ありません」
「うん、そうですね。重ねて失礼です」
私が頷いて返事をすると、ジェローム様は顔色を悪くして、また謝罪を繰り返した。
悪い人では無いんだろうけど。なんともなあ、不器用な人だ。
「ま。もういいですよ。この件はロビン隊長と私で相殺しましたから(色々お金も貰ったし)」
「は」
「何か私でお役に立てることはありますか?」
「今度はちゃんと役に立ってくれますか?」
「は、必ず」
「ふむ」
私が黙っているとジェローム様は私に真っすぐに向かって訊ねてきた。
不器用だけど、真面目な人なんだろうな。それに、ジェローム様は腐っても騎士団班長。使える人であるのは間違いない。こうやって、得体のしれないお金を律儀に抱えてくれるのだし。
そうだ、このお金の始末をしないといけない。
私は心の中でニヤリを笑った。
「じゃあ、このお金をスペンサー領にまた送りたいのですけれど……。騎士団に持っていくのは不味いですよね?」
「……。不味いか不味くないかと言われると、少々厄介になるかと。成程、では、王立銀行から送りましょう。私の口座がありますので、そこからなら手続きが簡単に送れます。しかし、一つだけ。これはリンダさんがスペンサー令嬢に譲った貨幣で間違いないのですね?」
「証拠はありませんが。そうです。私は泥棒はしませんよ」
「では、問題はありません」
そう、簡単に信じるのもどうかと思うけれど、まあ、良いとしよう。やはり、ジェローム様は使える。
「送金の際にメッセージは送れますか?」
「追加料金を払えば一言送れます」
「ではそれで」
「はい。丁度王立銀行なので寄って行きましょう」
そう言うと、御者の窓をコンコンとジェローム様は叩き、王立銀行に寄るので少し待って欲しいと伝えていた。
王立銀行から少し離れた馬車留めで私達は降りると、王立銀行に入り、ジェローム様が騎士だからか、すぐに手続きを終え、私は細かいお金を出して、数えて貰うのが大変だ、と思っていたが、そこは流石銀行で、『加護持ち』の方がやって来て、あっという間に貨幣の確認を終え、リンダさんから貰ったお金は五十三万四千五百二十ルーンだった。
そこで五十万ルーンをスペンサー領の父宛に送る事は可能か尋ねると、王立銀行には貴族の口座があるらしく、父の口座もあったので、簡単に送金をする事が出来た。
送料とメッセージ代で五百ルーン掛かったが、ジェローム様の口座に預けて、そこから送る形にしたら簡単に出来たので、良かった。
『人助けをしたのでお礼を貰いました フレイヤ』と父の口座にメッセージ付きで送って貰った。
私が手続きを終えると壺の空を持ったジェローム様がほっとした顔をしていた。
「では、ゴールド探偵事務所へと宜しくお願いします」
「は。かしこまりました」
壺を脇に抱え、騎士の礼をするジェローム様は少し間抜けだったけれど、空っぽの壺を大事に持ってくれていた。
リンダさんの形見の壺だもの。これは大切に使わせて貰おう。
そして今度こそ、ゴールド探偵事務所に私達は向かったのだ。
第二章完結です。
そして、探偵事務所迄つかず。ま、間に合うのか。フレイヤは借金を返せるのか。
借金の残り
四百五十万ルーン − フレイヤの浄化代二十万ルーン - リンダから貰ったお金五十万ルーン
=三百八十万ルーン




