アジュール殿下
「ランドルフ!緊急とは何があった!!おかげで棟から逃げて来られた!はっはっは!!!脱出成功だ!!ざまあみろ!!」
ジャラジャラと腕輪を鳴らしながら魔導士の恰好をした人が隊長室に入って来て、私を見るとぴたりと止まった。
「深紅の薔薇?」
「殿下、違いますよ。フレイヤ嬢、この方はハスタ・レイク・アジュテール公爵。王弟殿下であり、魔導棟の主をされている方だよ」
王弟殿下?国王陛下の弟?滅茶苦茶すごい権力者がやってきた。
不敬だぞ、と怒られては困る。
私は急いで立ち上がると、礼をした。
「あ、いいよいいよ。礼は。ハスタ・レイク・アジュテールだよ。ああ、君がフレイヤ・スペンサー令嬢?スカーレット様によく似ているねえ。なんだか不思議な気持ちだ。ランドルフ、こういうのが年を取ったって事かなあ」
「ええ。本当にそう思いますよ」
二人は私の顔を見て頷いているが、そんな事はない。私が似ているのはお母様の髪色だけ。皆が振り返るような大輪の薔薇の様な華やかな美人ではない。
私の方を見て、殿下がもう一度頷いた所で表情を変えずに挨拶をした。
「初めまして。ハスタ・レイク・アジュテール公爵殿下。スペンサー伯爵家第一子のフレイヤ・スペンサーと申します。先日は多大な配慮を頂き有難うございました」
「うんうん。ああ、配慮って君への御褒美の事?気にしないで。無事でよかったよ。で?ランドルフ、緊急連絡がジェロームから来たと聞いたけど?スペンサー令嬢がいるのはどうして?この間の盗賊団の一件はもう終わっただろう?わざわざその為に呼び出したのではないだろう?」
「あー。フレイヤ嬢、君からして貰えるかな」
私はもう一度アジュール殿下に礼をすると話し出した。
「アジュテール公爵殿下。二日前。私は迷子になったところを親切な方に助けて頂きました。そしてその方達に危険が迫っている事を知り、私はジェローム様を頼り、騎士団に助けを求めました」
「ふんふん。成程。助けて貰ったから今度はスペンサー令嬢が助けてあげたいんだ。優しいね。あ、俺の事はアジュ殿下って呼んでいいよ。俺はフレイヤちゃんって呼ぶけどいい?いいよね?ランドルフだってフレイヤ嬢って呼んでるし。あ、お茶。香りが強い物を宜しく。でも、騎士団、動かすほどの事なんだ?」
「はいはい、お待ちを」
ロビン隊長が席を立ち、ドアの向こうに何か話し掛けるとすぐに戻ってきた。
「アジュ殿下。その人達は、歓楽街の宿、新月のロズさん、オゥルソさん達です」
「は?歓楽街?なんで?フレイヤちゃん、何処で知り合ったの?じゃあ、騎士団関係なくない?」
「殿下。だから、殿下を呼んだのですよ。新月に騎士団は介入出来ません。歓楽街の平民の店ですからね。特に我が第二騎士団は」
「成程。ランドルフ。君は本当に僕に忠誠があるのかな?僕って都合の良い駒じゃない?」
「まさか、我が忠誠、我が剣、我が盾は王家へ、私の心は殿下に忠誠を誓っていますよ」
「調子が良いなあ」
「で、今夜、争いが起こります。新月が襲われるそうです」
「あれ、一気に話が物騒になったね」
アジュ殿下はソファーにゆっくりと座り直し、事務の人がお茶を持ってくるとすぐにカップを取って飲みだした。
「美味しいよ。甘い物も持って来てくれる?で、ランドルフ、結局、僕の仕事は何?悪者をやっつけるのはランドルフの仕事でしょう?僕は何をしたらいいのさ」
事務の人が礼をして下がるとロビン隊長の方を向いて、アジュ殿下はそう訊ねた。
「聞いた通りですよ。時間がないので無理を通そうかって事です」
「ああ、やっぱり僕、餌かあ。なるほどねえ。フレイヤちゃん、ランドルフって優しそうでしょ?だけど、僕の事、殿下っていいながら、呼び出してこき使うんだよ?ランドルフが一番不敬だよねえ」
確かに。
しかし、アジュ殿下を呼ぼうと提案したのはジェローム様。ではジェローム様も同罪。不敬仲間。
私はコクリと頷いた。
「ぷふっ。フレイヤちゃんも強いね。僕が王族って知ると顔色見る子やポッと顔を赤らめる子もいるのに。下心を隠そうと賢そうにする子もいるけど、君はいいね。変わらないね。流石、だなあ。フレイヤちゃんは深紅の何って呼ばれるんだろうね」
私は首を傾げた。
深紅の蛙にならなければなんでもいい。真っ赤な蛙なんて毒蛙だ。ゲロゲロ。
「ランドルフ。了解。分かったよ。こういう事かな。出来損ないの王弟殿下がお忍びで歓楽街で遊びに出掛けた。心配して護衛に騎士団が付いてきた。そこで偶然、争いに巻き込まれたから止む無く戦った。その場所は偶々、『宿・新月』って事になるんじゃないかな。後はまあ、色々とランドルフが都合の良いように、悪い奴をやっつけて、気になる所を調べればいいんじゃない?王族が関わるんだもんねえ、歓楽街の宿も、騎士団の取り調べが細かく入らないといけないだろうね」
「その通りでしょうね」
「うんうん、人員は?敵に魔導士はいるのかな?僕の部下も、呼んでおく?」
「ああ、出来れば、周りに防御膜を張れる方がいれば。被害を最小に留めたいので。殿下、『新月』には『オゥルソ』がいます。ジェロームも出ますので、派手に暴れても良いように周りの被害を防ぐのをメインでお願いします。第三に応援要請もしていますしね」
「ああ、そう言う事。こっちが出す被害の最小ってことね。じゃあ、そろそろ僕のお守りがここに到着するでしょ。ついでに連れていこうか。これで問題無しだね。僕は歓楽街に遊びに行くという事か。ふんふん。せっかくだから楽しもうかな」
「殿下。魔術を使うのは宿の中でお願いしますね」
「うん、人目が無い所ってこと?ばれないようにって?ちょっと新しい魔術を構築できたんだよね。試してみようかな」
アジュ殿下はそう言うと、「腹ごしらえしようよ」と言って、お茶を淹れ直して貰い、私にもお茶を飲むように言った。
私がカップを手を取ると二人は話しながら、テーブルの上を片付け始めた。
「さっきさ、甘い物って言ったけど何がくるだろうねえ。クリームよりジャムがいいなあ」
「殿下がラズベリーサンドがお好きなの、皆、知ってますから。殿下は変装も必要ですね」
「うんうん。金持ちの家の末っ子遊び人、って感じの服で行こう。売れない役者みたいな感じでもいいかなあ」
「いいですね」
楽しそうに話すアジュ殿下にロビン隊長は慣れているか、頷かれていた。
「あ。そう言えばフレイヤちゃんも一緒にって事?」
「はい、彼女も共にですよ。フレイヤ嬢は双剣使いだそうです。ジョルジョ!そこにいるかな」
「は!!!!」
ロビン隊長の大声にジョルジョさんの声が混じり、廊下を走る音が聞こえるとドアの前でピタリと止まって、「失礼します」と言う声と共にドアが開いた。
「ジョルジョ、お前にスペンサー令嬢の警護を任せる。共に行動をするように」
「は!」
ロビン隊長はあっという間にジョルジョさんに任務を与えるとドアを閉めた。
「さあ、今夜はどうなるのかな。ワクワクするね!」
「殿下、どうも裏に、奴隷商と子爵家辺りが絡んでいるようで、後始末で暫く残業が確定しているんですよ。その上、他国が絡んでいたら、殿下にも仕事が増えてしまいます。先に謝りますね、申し訳ありません。厄介事確定です」
「うわあ。後出し、酷くない?うーん。書類仕事だよね?じゃあ、バイセンに丸投げできるかなあ。うーん、兄上にお願い出来るな。うんうん、大丈夫。大捕り物になるんじゃない?あー、僕の夜遊びがまたニュースになるのかなあ。兄上に怒られない様に、ちゃんと上手く報告しといてね」
「勿論。仕事熱心で頼もしい人だと言っておきます」
「それはそれで、仕事が増えるから、程々に褒めてね」
時々二人からの視線は感じたが、何も言われなかったので私も何も言わなかった。
今夜だ。




