蛙伯爵からの贈り物
「急に呼び出して、悪かったな」
「いいえ、伯爵様。私共が力及ばず、申し訳ありません」
「いやいや、助かった。感謝する」
「伯爵様。御用の折は何なりと」
お父様は、申し訳なさそうに出て行く商人に礼を言っていたが、色々売った合計は五百万ルーンしかならなかった。
「あと、四六十万ルーンか…」
バンシー伯爵に支払う借金をお父様と計算し直し、しっかり調べると九六十万ルーンだった。残り四六十万ルーンをどうにかして三ヵ月で用意しなけらばならないのだ。でなければバンシー家に嫁がなければならない。
にちゃにちゃ蛙に。
どうにか出来ないものか。
マシュー、シンシアの事を考えれば私が嫁に出た方がいい事は分かる。マシューは来年王都の学園に進学予定。色々と物入りになる。その後はシンシアだ。二人の為、また、今後の領地経営の為にこれ以上、売り払う事は止めた方がいい。
「バンシー伯爵からの結婚の申し込み……」
持参金無し。借金返済、なんだかんだと伯爵夫人になれる。これだけだとメリットしかない様に見える。
借金も無くなり我が家の経営も楽になる。マシューの学費の心配も無くなり私の嫁ぎ先も決まり、万々歳と。
「しかしねえ」
バンシー伯爵が私の嫁入りだけで、満足するとは思えない。バンシー伯爵はタダの蛙ではない。金持ち蛙。益にならない事をするはずがないのだ。
何か裏があるはず。はっと顔を上げて鏡を見る。
「もしかして、単純に私の事が凄く好きだとか?」
まさか、まさかと思いつつ、頭を掻いた所で我に返った。いやいや、私は蛙伯爵の好みではないと思う。
蛙伯爵は女好きで有名だ。噂では平民女性の愛人が沢山いるらしい。お母様の事も大好きだったと聞いた事がある。勿論、お母様は全く相手にしていなかったらしいが。
そして、私はお母様にあまり似ていない。『深紅の薔薇』と称えられたお母様は大輪の赤いバラの様な絶世の美女だった。
私が似ているのは深紅の薔薇と言われた真っ赤な髪の色だけ…。スペンサー家に偶に現れる紫の瞳は珍しがられるが、ボンっと飛び出る胸も無ければ、キュッとしたお尻もない。
お母様であれば、オーケストラがジャーンっとバックで音を鳴らしそうなグラマラスでファビュラスボディーだったが、私は、ポンキュポンという感じなのだ。
私よりもお母様に似ているのは、マシューとシンシア。そこで、はっとまた顔を上げた。
「蛙親父、もしかしてシンシアを狙っている?」
現在、シンシアは五歳。
シンシアは妖精の様に可愛い。色味はお父様に似て黄金色の髪に薄いブルーの瞳。そして顔立ちはお母様に似て透き通る肌にプルンっとした唇。まだ幼いシンシアはとんでもない妖精の様な美しさの美幼女なのだ。お母様似のシンシアは将来有望すぎるのだ。
「あと十年もすれば社交界デビューが出来る」
蛙が成長したシンシアに目を付けない訳がない。
「という事は、私はつなぎ?っく。いや、蛙親父に好かれても困るけど、見向きもされないのも悔しい……」
蛙伯爵からシンシアを守り、マシューに借金のある家を継がせる等せず、そしてできれば私も蛙伯爵に嫁ぎたくないのだが…。
「一体どうすれば…」
三ヵ月。三ヵ月しかない。
諦めて蛙伯爵に私が嫁ぎ、私にメロメロにさせれば良いのだろうか?そうすれば、我が家も安泰。私も優雅に暮らす事ができ、皆幸せに…なれない!絶対無理!オエっとなってしまう。
私もゲロゲロだ。ゲロゲロ蛙が増えてしまう。
「どうすれば。蛙をメロメロにするのがいいのか?いや、蛙に相手にされないかもしれない私?あれ、それはそれで悲しい?」
そんな折、バンシー伯爵から私宛に贈り物が届いた。
お父様には手紙が。
『スペンサー伯爵代理
結婚式は簡素でいいかな?こちらは四回目。まあ、花嫁は初めてだ。だが、喪が明けたばかりで華やかな式は望ましくないだろう?教会で式を挙げ、すぐに我が家で食事会をしよう。家族だけの簡単な集まりでよかろう?ああ、費用は気にしなくていい。楽しみにしているよ、義父上殿
バンシー伯爵家当主 ギャビン・バンシー』
手紙を読んだお父様は「ぐおおおおおお!!!!」と怒り狂っていた。
「フレイヤお嬢様、こちらが、お嬢様宛の贈り物なのですが…」
執事のセバスが見るからに高価なリボンに包まれた箱を私に差し出した。
メッセージカードが添えてある。
『未来の妻、フレイヤ嬢
式で会うのを楽しみにしている。気に入ってくれるといいが。
愛を込めて
君の未来の夫 ギャビン・バンシー』
「ひいい」
思わず、メッセージカードを落としそうになった。おかしな事は書いてない。むしろ、結婚を申し込む相手なら当たり前の文章なのかも。
しかし、何という破壊力。
字だけで相手を攻撃出来るなんて。恐るべしバンシー伯爵。だけれど、贈り物には興味がある。高価な物なら売れるかもしれない。
貰ったのなら私の物、売っても文句は言われない。もう、悪妻だろうが、悪婚約者だろうが、どう呼ばれようと関係なく、パパっと売り払おう。「へい、商人!コレいくらで売れる?」と、すぐに呼びつけて売り払おう。
バンシー伯爵、金目の物を贈ってくれているだろうか?
「結婚式で着ける物とか?髪留めとか?ネックレスとか?イヤリング?高価な宝石が着いていたらいいけど」
シュルシュルとリボンをほどいて、箱を開ける。
「……」
パタン。
ふー。
見間違いではない。
流石期待を裏切らない男、ギャビン・バンシー。
舐めてた。そうだ、敵は魔王蛙だった。
私が目に手をあてて、天井を向いていると、少しだけ怒りが落ち着いたお父様が箱を持った。
「フレイヤ。なんだったのだ。靴やバッグか?アクセサリーか?指輪にしては箱が大きいな?」
「あ、お父様、見ない方が」
止める手は宙を切り、お父様は箱を勢いよく開けたせいで中身がふわっと飛び出してしまった。
「なんだ?ハンカチか?結婚を申し込む相手にハンカチとは。刺繍をして返して欲しいという事か。それにしては色が派手だな」
不思議そうにお父様が真っ赤な布を拾おうと手を出して私が教えた。
「お父様、女性用の下着です」
「は?」
「パンティーです」
「なんだと!!!」
お父様は布面積が殆どない、スケスケの真っ赤なレースのパンティーをバンっと広げるとぐしゃっと握りつぶし、もう一つの布に目を向けた。
「二つもか!!!」
「セクシーランジェリーだと思います。私も実物を見るのは初めてですが、おそらくセットの胸当て、ブラジャーの様です」
「セクシー!!」
もう一枚の布。本来は胸を隠す目的の様な作りだろうが、スケスケの真っ赤な布はその目的を果たしそうもない。
お父様はバンっとそちらも広げると、ゴゴゴと怒りをあらわにして片手にパンティー、片手にブラジャーを持ち、バンシー伯爵への呪いを吐いていた。
「バンシーめ!!なんと破廉恥な!!フレイヤになんて物を贈るのだ!!」
お母様が元気な頃、商人のブロンさんが勧めていたのを一緒に見たが、それはレースの美しい物で、こんな如何わしいものではなかった。きっとこれは、特殊なセクシーランジェリーなのだろう。
上質なレースがふんだんに使用されており、向こう側が見えるスケスケのレースは糸も上質な細い良い物を使用して作られている。職人の手仕事が伺える大変高価な下着であろう。
うん、凄い。だけど、コレじゃない。
どういう作りなのかちょっとじっくり見て見たかったが、お父様が手に握りつぶしたまま、暴れ出してしまったので、私は黙って部屋を出た。
「蛙伯爵の贈り物に少しだけ期待してしまった。お父様の事はセバスに任せよう」
そんな自分が悔しい。
しかし、贈り物のセンスが無さすぎる。いや、変態として期待を裏切らないのは流石と言うべきか。
「このままでは、あの下着をつけて結婚式に向かわないといけない。サイズがピッタリだったらそれはそれで嫌だな」
私の真っ赤な髪に合わせたのであろう、真っ赤なセクシーランジェリー。
そんなセンスだけ発揮するのは止めて欲しかった。
借金返済予定:九百六十万ー五百万=残り四六十万ルーン…。
フレイヤの持ち物、赤のスケスケランジェリーセット。




