リンダさんのお金の価値
私はドアノブに掛けてある椅子をどけると、ノブに手をかけ息を吸った
(フレイヤは甘ったれね!)
確かにそうだ。
(子供じゃないのか?)
迷子になってお父様からのお使いも満足に出来ない。オゥルソさんから子供に見えて当然だ。
私がドアを開けるとすぐに声が掛かった。
「どうなさいました?」
少し先の方の廊下に机を出し、ジョルジョさんは仕事をしていた。
「ジョルジョさん、お願いします。ジェローム様に会わせて下さい」
「ジェローム班長は今、隊長室で会議中です。夕方過ぎればお時間は出来るかもしれませんので、伝言を預かれますが」
「それでは遅いのです。隊長室にいらっしゃるのであれば、ロビン隊長に会わせて下さい。お願いします」
「いえ、無理です。この部屋で暫くお待ちください」
首を横に振って、仕事に戻ろうとしたジョルジョ様の背中に私は呼びかけた。
「リンリンさんのプレゼント、受け取りましたか?」
「え?」
ギギギとジョルジョ様は立ち止って振り返った。
「とっても良いものだったでしょう?」
「え、ええ。思い出の品と言って贈って下さいました」
引きつった笑顔で私を見るジョルジョ様。これは間違いない。貰ったな。
私はすっと部屋を出て、ジョルジョ様の側に行くと小さな声で「…黒のパンティー」と呟き、チラリとジョルジョ様を見るとピシリと固まっていた。
「な、何故、そ、それを……」
「お願いします。ロビン隊長かジェローム様に会わせて下さい。大切な話があるのです。隊長室へ連れて行ってくれませんか。本当に緊急の用事なのです。もし、連れて行ってくれないのなら、リンリンさんからジョルジョさん宛のプレゼント、うっかり受付のお姉さん達に話してしまうかもしれません」
「そ、そんな」
「ジョルジョさん。本当に、本当に真面目な話なのです。大勢死人が出るかもしれません。お願いします」
私がジョルジョさんの目を真っすぐに見てお願いすると、ジョルジョさんは死人と言う言葉で顔色を変えた。
「確かですか?」
「はい。女神様の名において」
「……分かりました。ついて来て下さい」
「有難うございます!……ジョルジョさん。リンリンさんはジョルジョさんに、本当はもっといい物を上げたかったって言ってました。でも、もう、それしか自分はあげれるものを持ってないって。笑って、謝ってました。リンリンさんのプレゼントの事、誰にもいいません。これも、女神様に誓います」
ジョルジョさんは困った顔をした後、何も返事をせず、隊長室へと私を連れて行ってくれた。
隊長室の前に着くと、扉の前で深呼吸をし、「ロビン隊長、ジョルジョです。至急連絡があります。入室の許可をお願いします」と声をあげた。
「ジョルジョ?入室を許可する」と、部屋の中からロビン隊長の声がした。
「は」
ドアを開ける前に、私を一瞬ジョルジョさんは見て頷き、「失礼致します」と言ってドアを開けると、私を先に部屋の中に入れて、ドアを閉めた。
私とジョルジョさんが隊長室に入ると、ロビン隊長とジェローム様は驚いた顔をした。
「ジョルジョ、何故、ここにスペンサー令嬢を?」
ジェローム様がすぐに私の傍に寄って来ようとして、ジョルジョさんに話し掛けた。私はすっと、礼をすると、ジェローム様から距離を取って、ロビン隊長の方を見た。
「申し訳ありません。スペンサー令嬢より、緊急にてお伝えしたい事があるとのことでお連れ致しました」
ジョルジョさんが頭を下げ、私も同じように頭を下げ挨拶をすると、顔をしっかりとあげてロビン隊長の顔を見た。
「スペンサー令嬢、どうしたのかな?」
隊長は優しく私に問いかけてくれたが、私は少し硬い声で話し出した。
「緊急にお伝えしたい事があるのは勿論ですが、その前にまず宜しいでしょうか」
私はすーっと息を吸うと姿勢を正した。
「ロビン隊長並びに騎士団の皆様。先日より、私はスペンサー家を代表してここ王都へとやって参りました。それなのに、私は財布を盗まれ、伯爵代理としての仕事も果たせず、困っている所を騎士団の方に助けて頂きました。本当に感謝しています」
私が話し出すと、どうしたものかとジェローム様は固まって、私の話をロビン隊長の横で聞きだした。
「我がスペンサー家は借金も抱え、お父様も怪我をし、成人を迎えたばかりの私が伯爵代理として王都に出て来なければいけないような内情です。詳しい事は話せませんが、私が王都である手続きを終えるのを領地の父達は首を長くして待っています」
「うん」
私が話していると、ロビン隊長は優しい顔で頷いた。
「騎士団に助けて頂いた後も、私は道に迷い、歓楽街で困り果ててしまいました。その時に助けて頂いたのが新月のオゥルソさん達です。あのまま歓楽街にいたら今頃私はどうなっていたのか。しかし、私は偶然、新月を狙っている人達を知ってしまいました。オゥルソさん達だけで守るのは大変だと思った私が、先日助けて頂いた騎士団を思い出し、再度頼らせて頂いたのです」
「うんうん」
「田舎の領地では傭兵団に何度も困りごとを助けて貰っていましたし、傭兵団の方から私達の方へ助けを乞う事もありました。傭兵団と領民、そして我が伯爵家は密に付き合いを続けていました」
「流石、スペンサー家だね」
「私は王都のルールを知りません。騎士団に何度も助けて頂くのは図々しいのかもしれません。我が家は騎士団に特別な寄付もしていませんし。ロビン隊長、私は田舎から出て来た世間知らずな者です。なので、会えてお尋ねさせて下さい。本来、保護を求めた者が、騎士団に滞在する場合は保護対象としてサインをする必要があるのではないのですか?私は保護書類にサインをした記憶もございませんし、保護内容の詳しい説明も受けていません。私は何故今、ここにいるのでしょうか?」
私がそう言ってロビン隊長を見ると、ロビン隊長は黙ったまま優しい目で頷いた。
「私は第二騎士団に助けを求めました。が、今の私の立場は何なのでしょうか?私は今、現在、スペンサー伯爵代理として王都へとやって来ています。父の代わりとしてここにいる以上、軽々しい扱いを受ける筋合いはございません。私は如何なる理由でここに今いるのでしょうか?」
私はロビン隊長の方をしっかりと見た。
「本来、騎士とは弱気者を助け、王国の為に剣を振るのだと思っていました。それが、強き者から逃げ、弱気者を閉じ込めておくのは如何な事かと思います。騎士団が新月を助ける事が出来ないのならばそう言って欲しいのです。私は時間を無駄にはしたくないのです」
「スペンサー令嬢!」
私の言葉にジェローム様が声をあげたが、ロビン隊長は手をあげてジェローム様を止めた。
「私は助けを求めに来ました。それは私一人を助けて貰う為に来たのではありません。私一人、助けて貰いたいならば、新月に戻らず逃げ、目を背ければ良いだけですから。しかし、私は皆を守り戦う為の力を借りにやってきました。逃げ出す為に来たのではありません」
シンっと隊長室は静まり、ジョルジョさんは気まずそうにしながらも一歩も動かなかった。
「私は『スペンサーの剣』でも『深紅の薔薇』でもありません。剣も触れず皆に指示を出す事も盾一つ満足に持てない、成人したばかりの人間です。このような者が言葉を吐いたとて、きれいごとをと思われるのでしょう。貴族には貴族、平民には平民、生きていく世界が違うのは知っています。守るのが、戦うのが無理なら無理と言って欲しい。私は一人で戦いに行きます。私は彼らの手に救われ、彼らから寝床と食を与えられました。そして私はリンダさんの願いを約束しました。私は彼らを見殺しには致しません。そこでもう一度、お願いに参りました」
私は鞄からリングを出して、自分の身分証も机の上に置いた。
「助けてとは言いません。スペンサー伯爵家、フレイヤ・スペンサーの願いを聞いて下さい。お願いします。宿、新月にて今夜、戦があります。大勢の死人が出るかもしれません。関係ない人間も巻き込まれるかもしれません。私は戦いに参ります。なのでここから出る許可を頂きたい」
私は出来るだけ低く、胸の前で手を結び、最上級の礼を隊長とジェローム様にした。
「どうか、お願いします。私をすぐにここから出る許可を下さい」
リンダさん。私は甘ったれだよ。何にも出来ない。道にも迷う。人を助けるのに騎士様に頼る事しか考えつかなかったんだ。
それが間違えだと気付いたら、私は私で剣を振るよ。お父様の様に触れなくても、お母様の様でもなくても、私はリンダさんと契約したから。
リンダさんが命を懸けて貯めたお金。私はそのお金を貰って使うって決めたんだから。リンダさんと約束したからね。私は私の命を懸けるよ。




