鏡の中のリンダさん
次の日の朝になり、昼になっても私は騎士団詰所の客室にいた。
「スペンサー令嬢、昼食をお持ちしました」
食事は美味しい。
お茶もお菓子も良い物が出されている。
が、
領地の屋敷では朝食と夕食は食堂で家族皆で食ベていた。貴族の食事は話さないのがマナー。会話は食後のお茶で行うのが常識だが、我が家では家族のみの食事の時はお父様が皆に質問するという形で食事をしていた。
一般的な貴族の食事のマナーではないだろうけど、大きく外れる事もない。お父様がその日に会った事を報告する事もあったし、私に街で会った事を尋ねたり、シンシアに字の勉強について質問したり、マシューに剣の練習について聞きたい事は無いかと聞くこともあった。
部屋で一人で食事を取る事なんて病気の時以外は無い。
部屋から出られないというだけで気分が滅入ってしまう。リンダさんからは、また『甘ったれのお貴族様』と言われてしまいそうだけど、習慣というのはなかなか変えれないのだ。
私は騎士様がテーブルに昼食を置くとお礼をいい、礼をされて部屋から出るまで見送ると、しばらく耳を澄ませてドアに耳をピタッと貼り付け耳を澄ませた。
「よし……」
歩き去るブーツの音が聞こえ、暫くすると聞こえなくなった。
私は昨日と同じようにドアノブに椅子を引っかけると、ふーっと大きく息を吸い込んだ。
領地の皆を懐かしく思うのならば、ここに閉じ込められているだけではダメだ。
まずは……。
リンダさんに連絡を取る→宿屋新月を救う→リンダさんの願いを叶える→五十万ルーン貰う→さっさと探偵事務所へ→お母様の遺産で借金返済(希望)→蛙の花嫁回避→領地の家族と皆で楽しい食事が出来る
コレだ。
とにかくリンダさんとまた繋がらなければ。
騎士様がこの部屋に再びやって来るのは、食事を下げる時だろう。お茶を一緒に持って来てくれるから、一時間以上は来ないはず。
「よし」
私は再び気持ちを女神様に向け、洗面の前の小さな鏡の前へと立ち、昨日と同じように祈りを捧げ鏡の前にリンダさんを呼び出した。
「リンダさん。聞こえますか?」
『フレイヤ、呼んだ?』
「よかった。リンダさん、新月に何か変化は?」
『もー。大変よ。手紙、ちゃんと兄さん達受け取ってくれてね。店の娘の中に下働きのジェリーって子がいるんだけど。その子が私が殺されるのを見てたって、ロズ姉さんに話したわ。もう、可哀そうになるくらいに震えて泣いちゃってさ。怪しい男の事も、オゥルソ兄さんに泣きながら話してたの。あんな怖いオゥルソ兄さん見たの久しぶりだわ。私の事も凄く心配してくれてね。ロズ姉さんなんて、手を強く握るもんだから、爪で手から血が出ちゃって』
困った様に、悲しそうに、心配そうにリンダさんはロズさん達の事を話しだした。
『私の事なんて、そんなに心配しなくてもいいのにさ。もう、死んじゃったんだし。でも、姉さん達が凄く心配してくれてるのが、すっごく分かるの。こっちまで、胸が痛くなるくらいに。私、幸せだったんだなあって。申し訳ないのに、嬉しくなっちゃった。ジェリーも、本当に怖かったんだろうね。私が落とされた川に祈りを捧げに行ってたんだよ。ロズ姉さんは、「祈りでリンリンは戻ってこない。悪い奴らもいなくならない」ってジェリーに叱ってね。「私を信じられなかったのかい?」って悲しそうに言ってたよ。ジェリーは泣いて謝るばかりで話は全然進まなかったんだけどさ』
「目撃者はジェリーさんという方ですね?」
『うん。とにかくジェリーが姉さん達に詳しく話してたの。私が川に落とされる所も見てたみたい。ごめんなさい、ごめんなさいって、ずっと私に謝ってたのよ。怖くて言えなかったって。自分も殺されてしまうと思ったって。ジェリー、自分が死んだら弟と妹を養えないから誰にも何も言えなかったって。でも、リンリンは自分のせいで殺されてしまったって。私に謝ってたの、ジェリーのせいじゃないのにね。私を殺した奴が悪いのにね』
私は黙って頷いたが、ジェリーさんがその場にいなかったら、リンダさんは気付かれずに男達から殺されなかったかもしれない。音を立てたのはジェリーさんだ。しかし、ジェリーさんが音を立てなくてもリンダさんは気付かれて殺されたかもしれない。それは誰にも分からない。だから、リンダさんが言うようにリンダさんを殺した奴が悪く、ジェリーさんが悪くないというリンダさんの気持ちは分かるが、言い切れるリンダさんは真っすぐに優しい人なんだと思う。
恨むという事をしなかったのだから。
私が鏡の向こうで、笑うリンダさんをジッと見ているとリンダさんは不思議そうに私を見つめ返した。
『とにかく、ジェリー、次は自分も殺されるんじゃないかって怖がってたわ。で、殺した相手の服装をロズ姉さん達に教えていたの。ああ、ジェリーが巻き込まれなくてよかった』
「リンダさんが亡くなっているのを知ったら手紙の事、信じてくれないんじゃないですか?」
『ううん。大丈夫よ。姉さん達は私が死んだと思ってないから。私は川に落ちてから息を吹き返して、運よく生き残って何処かに逃げたんだろうって考えたみたい。それで、動けるようになって、この事を伝えてくれたんだろうって。まあ、そう考えないと手紙がくるなんておかしいからね』
「そうですか」
『うん、手紙をキャンディ宛にしたのは正解だったわ。あの子、字が読めるから。私が上手く書けないのも知ってるから、オゥルソ兄さんにも相談に行ってくれたしね』
笑顔で話すリンダさんは、皆が心配してくれて嬉しいと、笑っている。皆はリンダさんが死んだとは思っていない。リンリンは川に落とされたけど、無事に助かったのだろう、勝手に逃げるような子じゃない。何か事情があったんだろう。でも、無事で良かった、と。でも、実際はそんな奇跡は起きず、ジェリーさんが見た通り、リンダさんは死んでしまった。
奇跡は起きなかったのに。
目の前のリンダさんは笑っている。
『でね。オゥルソ兄さんが店の男衆と自分の手下に声を掛けてね。戦争準備を始めたよ』
「せ、せんそう?」
『ああ、ヤられる前にヤるんだってさ』
「うん、言いたい事は分かります。やっぱり戦争とは言葉通りの戦いなのですね?話し合いとかではないんですよね?」
『アハハ。誰とだれが?話し合い?私を殺すような奴と?まあ、一応、すると思うよ。ロズ姉さんが。でも、きっと、相手も手下連れて乗り込んでくるだろうから、姉さん達は娘や子供は知り合いの宿に避難させるって話をしていたよ』
「そ、それはいつですか?」
『今夜』
はっと、私は口を押えた。
驚いて大きな声を出そうとしてしまったからだ。
「は、はやくないですか?」
『オゥルソ兄さんも似たような事をロズ姉さんに言ってたけどね。姉さんは、騎士が宿に来た事で、相手も警戒し始めているから、すぐに勝負をかけた方がいいって。こっちの準備も出来ないかもしれないけど、相手に準備をさせるほうが良くないって、言ってたよ』
「そうですか……」
『フレイヤ。有難う。コレで私も心起きなく…って、あれ?女神様の所に行けないんだけど。ねえ、フレイヤ、女神様の所ってどうやって行くの?』
「え?それは、憂いが無くなったらこう、パアーーーって感じで消えて行く人が多いですけど?私も自分が経験したことが無いので、なんとも」
『えー。どうしていいか分かんないや。まあ、いいか』
「え、いいんですか?」
『だってしょうがないじゃん。あ、私のお金。オゥルソ兄さんの小屋の裏。川とは反対方向に十歩くらい歩くとごみ入れがあるの。その下に木の蓋があるから、それ開けてみて。壺の中にちゃんとお金はあるからね。ちゃんと使ってね』
「はい。有難うございます。遠慮なく使いますね。あ、リンダさん、もう時間です」
『あ、そう。じゃあね、フレイヤ』
「はい。リンダさんも気をつけて」
『死んでるってー』
ふふふと笑うリンダさんが鏡の向こうで消えていった。
今夜決行。
皆、怪我をしないといいけど。いや、怪我ではすまないかもしれない。戦争と言っていた。それは言葉の通りの事なんだろう。
新月で争いが起こる。オゥルソさんも怪我をするかもしれない。
(フレイ、大きくなれよ)
(フレイ、リンゴ食えよ)
怖くて大きくて、そして優しいオゥルソさん。ロズさんのことはよく知らないけれど、リンダさんはロズさんの事が大好きで、そして新月の事も大切と言っていた。
「よし」
私はドアの所に置いていた椅子を元に戻すとドアを開けて騎士を呼んだ。




