保護という名の軟禁
「え?」
私を護衛すると言った騎士様に、新月に戻りたい事やジェローム様を呼んでほしいとお願いしたが、「いえ、危険ですので」「すみません、今は忙しく」「どうぞ、こちらでお待ちください」「何もお答えは出来ません」と、繰り返され、何を言っても良い返事はなく、私は部屋から出して貰えなかった。
「では手紙をお願いしたいのですが」
「すみません、規則ですので。今はとにかくここでゆっくりとお待ちください」
なんで?
これって保護なの?手紙も出さないって?ありえないでしょ?
何も取り次いでくれないじゃない!
あの、クソ真面目のジェローム様に相談したのが間違いだったか!!!
「しまった……」
リンダさんの言う通りだ。
私は甘ったれのお人好しだった。
リンダさんは騎士に相談する事に疑問を持っていた。リンダさんは騎士達が力を貸してくれる事に。それか、平民を担当している第三騎士団の方が良かったのか。
今更考えても仕様が無いのだけれど。
私は、この部屋に来て再度出されたお菓子に手を付けず、窓の外の方に顔を向けていた。騎士様の視線を感じていたが、言われた通りにソファーにじっと座っていた。
この部屋は隊長室ではない方のドアを開けて廊下にでて、階段を上り、奥の部屋へと進んだ先にある一部屋。
客室という感じの少し豪華な部屋にはお菓子と軽食、飲み物が用意されていた。が、とにかく部屋の奥で行き止まりという場所にある。
騎士達が特別な話し合いや、宿泊も兼ねて、という部屋という事は分かる。が、騎士達が護衛対象を守りやすいということは私は逃げにくいという事。
部屋の奥にシャワー室や洗面、トイレがある説明を受け確認もした。護衛騎士は私がじっとしているのを確認すると、「何か用事があればドアを開けて下さい」と言って部屋から出て行ったが、ドアの向こうには人の気配はする。
ドアの向こうに誰かいるのだろう。
食事は持って来られ、寝室もあり、洗面、トイレもこの部屋の奥にある。つまり、全てこの部屋の中で用事はすんでしまう。この部屋から出る用事はないのだ。
「ここから出るには……。もう、窓から逃げ出すか」
大きな窓を開けようとすると、少し開けた所で動かなくなった。はめ殺しの窓ではないが大きく開く事が出来ないようになっている。
「っく。あ、上に何か細工がしてある。もう!窓にカーテンとかぶら下げて逃げるのも無理か」
窓の傍には大きな木もなく、、窓が開いても窓を使って逃げる事はそもそも難しいだろう。
「奥の洗面の窓は?」
私は洗面に移動し、逃げれないか探したが、奥の洗面は高い場所に似たような窓があるだけ。
「無理……」
逃げれない。
新月に戻る事は難しい。
これは保護という名の軟禁だ。
どうしよう、早くしないとオゥルソさん達が殺されてしまう。
ジェローム様に助けを求め、そして、騎士団の人達が悪い人を捕まえ、新月や皆に危ない事がなくなれば、新月の人達にも騎士団の人達にも良い事だと思っていた。私も無事に解決すれば心置きなくリンダさんのお金を貰ってハッピー、となる予定だったのだ。
それなのに、何一つ解決していない。いや、私が動けない分、状況は悪くなっている。余計な事をしてしまったのか。
たださえ時間がないのに、目の前のお金に目がくらんで、探偵事務所に行かずに遠回りをしているのだ。そこに騎士団に軟禁なんて。
何か、何かできないか。
このままではお金がもらえない。
リンダさんもジェローム様も私をお人好しの令嬢と思っているのだろう。だけど違う。私は優しくない。私はお金の為にやっている。自分が蛙伯爵に嫁ぎたくない為にやってるのだ。
お金を貰うため。皆を助けるのはついでだ。だからこれは仕事。しっかり働かなくては対価は貰えない。
老け顔クソ真面目のジェローム様は私に恩を返すどころか軟禁犯になってしまった。助けてくれるかと思ったのに。もう、ジェローム様の事は心の中では氷のゲロームと呼んでやろう。あてにならないクソ真面目ゲロームはダメだ。とにかく今、新月がどうなっているか知りたい。状況把握だ。
手紙も駄目。取次も駄目。そもそもこの部屋から出られない。
「出来ない事を考えるんじゃない。出来る事を考えろ」
私は自分の頭をぐりぐりと揉んでいると、窓の外の向こうに女神様の代聖堂が見えた。
「そうだ。女神様だ。私の加護の力は強くなっている。リンダさんを呼べるかもしれない。リンダさんが『新月』に憑いていなかったら、ここに呼べるはず。ハーパー様は移動できたのだし。リンダさんを呼べなくても、私の加護の力を新月に飛ばせるかも」
自分の『加護』の力を女神様に捧げてみよう。
「私は『深紅の薔薇』の娘。お母様はいつも明るく、前向きで咲き誇る大輪の薔薇の様だった。くよくよしている時間はない」
『フレイヤ、貴女の笑顔はとても素敵。貴女の笑顔、私、大好きだ』
お母様が私に言った最後の言葉。
お母様が大好きだと言ってくれたんだ。だからいつも笑顔で前を向く。
私はドアの方に耳を澄まし、邪魔が入らない事を確認すると、椅子をドアに引っかけ、すぐに入ってこれないようにした。
そして、心を落ち着け、ネックレスを握りしめると、窓の向こうの神殿に向け女神様に祈りを捧げた。
「天、地、火、水、風を愛し、子供達に愛をお与えになった偉大な女神、ベルダンディ様。貴女の愛に感謝を。私の祈りを捧げます。どうかどうか、少しでも私の声が聞こえましたら私の声を私の友人、リンダに届けて下さい」
わが国には大勢の女神がいる。その中でも運命の女神、ベルダンディ様に祈りを捧げた。ベルダンディ様は愛を愛し、運命を司り、そしてちょっとだけ気まぐれで知られている。
私の祈りに耳を傾け、面白がってほんの少し力を貸してくれるかもしれない。
私は今迄にない程、必死に祈りを繰り返し、手を結んでリンダさんを呼んだ。
「お願い、リンダさん。私の声が聞こえたら、私の所に姿を現して。私の力を感じて。お願い」
繰り返し、繰り返し、リンダさんを呼び、気付けば部屋は陽が落ち、暗くなっていた。
私は一度立ち上がり、部屋を見回した。しかしリンダさんの気配はしない。声も聞こえない。
やはり、ダメなのか。
椅子をどけ、ドアを開けると、廊下の端に机があり、そこで書類整理をしている騎士が顔を上げた。廊下で書類整理?と不思議に思っていると顔を上げて目が合った。
「スペンサー令嬢、何かご用事ですか?」
「ええ。暗くなったので、火を入れたいのです」
「ああ、すみません、気付かずに。すぐに」
騎士が部屋に入ってきて、火を入れ、冷めたお茶やお菓子を取り換えると、またすぐに一人になった。私は洗面に行き、顔を洗って壁に取り付けてある小さな鏡を覗いた。
私の力では無理だったのか。
「リンダさん…」
『なに?』
「ひいいいい」
私は自分の口を手で押さえ、叫び声をあげない様にした。小さな鏡の中には驚き目を見開く私と、『フレイヤー』と、手を振るリンダさんがいた。




