ジェローム様のお説教後
「スペンサー令嬢?」
ニコリと笑って、固まる私に話し掛ける氷の魔王のクソ真面目ジェローム様。整った顔立ちの人って、黙っていると笑顔が怖いなんてあるんですね、とリンダさんに相談したい。
こんなに怖い笑顔を見たのは始めてだ。
でも、怖がってはいられない。話を進めて行かなくてはいけないのだ。
「いいですか。スペンサー令嬢。貴女はとても珍しい加護をお持ちなのです。私は昨日の一件だけでも、貴女の加護は大変価値のある物だと思いました。勿論、私は誰にも漏らす事は致しません。しかし、何かの拍子で良からぬ輩が貴女の加護を知ったら?命を狙われたり、誘拐を企てられるかもしれないのですよ?それはとても恐ろしい事で大変な事なのです」
「はい……」
私は神妙な顔をして返事をした。
そんな事は分かってますよ、とは言わない。ああ、きっとそうでしょうね、とも言わない。きっとお説教は倍になって返ってくる。
ここは神妙な顔をして頷くのが正解のハズだ。
私はぽわぽわとそんな事を考えているのがバレないように下を向くと、先程持って来られたお菓子が目に入った。
今日のお菓子は可愛い形のクッキーのようだ。色が違う物があるので味も違うのか。
是非食べたいが、今、手を伸ばしたらいけないことくらいは私でも分かる。
後で持って帰れるか聞いてみよう……。
「ふう……。私は心配しているのです。貴女は一人で住み慣れた領地から慣れない王都に出て来たばかり。伯爵代理の印も持ってらっしゃる。きっと大変な任務を背負っているのでしょう」
「……はい」
ええ、蛙の嫁回避という任務ですよ。
私はコクンと頷くと、ジェローム様は目を瞑って、うんうんと頷いた。
「きっと……。私では想像もつかないような苦労をされてここまで辿りついた事と思います。昨日も、何か事情があって新月のほうに向かったのでは?もしや、何か特別な任務が?」
いや。ただ単に迷子です。
「……いえ」
「……。ふむ。そうですよね、昨日会ったばかりの人間をすぐに信用するのは難しいでしょう。伯爵代理という事は、色々言えない事もあるはずです。しかし、貴女の身が何より大切だという事をまず、考えて下さい。領地で帰りを待つ伯爵家の方を心配させてはいけません。どうか、安全な場所で行動をして下さい」
「はい。どうもすみません」
よし、小言は終わりの合図だ。
「すみません。私は貴女を叱りたいのではなかったのですが」
よし、もう終わった。
ジェローム様の周りの温度が柔らかくなっている。もう氷の魔王はいなくなったようだ。
「ところで、スペンサー令嬢は他に私に相談があったのですよね?」
私がその言葉に顔を上げると、氷の微笑みではなく、キリっとした顔をし、微笑んでいないジェローム様がいた。
よかった。笑ってない。この方が怖くない。
「ジェローム様。ハーパー様の件で何かお役にと言われていたお願いを今使わせて下さい。聞いた後でまた、私を叱っていいですから、話を聞いて頂けませんか?」
「…はあ…成程。また叱る前提の話を私は今から聞くのですね?」
ジェローム様は一度目を瞑ると、「分かりました。貴女は私の恩人です。何があっても、最後まで話を聞きます」と言い、その通りに私の話を聞いてくれた。
「有難うございます!実はですね……」
私は声を落として顔を少しジェローム様の方に寄せた。私はリンダさんから聞いた話と、私が書いた男の似顔絵をジェローム様に見せながら、小さな声でリンダさん殺害の話をすると、ジェローム様の顔色は一気に悪くなった。
「お願いします。私は一度新月に戻り、犯人についての宿で働いている人について少し調べます。今日、これからもう一晩新月に泊めて貰えるようにロズさんにお願いします。オゥルソさんからはもう一晩だけなら、と許しを貰えたのです。その間に、ジェローム様も怪しい男を調べて頂けませんか?」
ジェローム様は考える様に悩むように、メモと似顔絵を交互に見た。
「なんと……。ロビン隊長にどう説明をしたら…。スペンサー令嬢の加護の説明も出来ない……。どうしたら……。殺された女性の証言ならば犯人について確かな事は間違いありません。しかし…。被害者が実際にいないのですから…」
「目撃者。目撃者を探します。リンダさんが殺されたのは、男の話を聞いて逃げようとした時、自分の後ろでガタンっと物音がしたからだそうです。多分、自分以外に他にも誰かいたはずだって言うんです。リンダさんは捕まってしまったけれど、その人は無事に逃げているだろうって言われてました。リンダさんが殺されたのは新月の裏。その裏は川が流れています。そちらに逃げずに別の方に逃げるとしたら新月の宿の方。リンダさんは目撃者は外部の人間ではなく、おそらく、新月で働いている人間の可能性が高いと言っていました。誰が見たか分かれば…。そして証言をお願いすれば!」
「目撃者が亡くなった被害者意外に別にいると。確かにそれならば、証言もとれます。ただ、気になるのは、奴隷商の様な事を考えているその男です。王都以外に繋がりがあるやもしれません。もしくは他国か。金持ちの商人…あるいは他国との繋がりがある貴族ではと思います。相手は単独犯ではないのです」
「ジェローム様、もう犯人の目途が?すぐに犯人が分かるのですか!?」
よかった、リンダさんを殺した犯人をすぐに捕まえる事が出来る!流石、真面目なジェローム様!今回はクソは取ってあげよう!
私が顔をパッと明るくすると、ジェローム様が首を横に振った。
「いいえ、ただの推察です。証拠は何もありません。他国と繋がりのある貴族で、王都に滞在している者が怪しいと言うだけで捕まえる事は出来ません。人身売買疑いにしても、確かな証拠がないと。普段、歓楽街は裏通りの人間が取り仕切っています。裏通りの事に騎士が首を突っ込む時は確かな証拠と根回し、そして交渉で終わらせる事が多いのです」
「え?」
「これは、私一人の手では余るという事です。申し訳ありませんが」
「で、でも。このままじゃ、ロズさんは売られて、オゥルソさん達は殺されて、宿は潰されるんです」
「…。こう言っては何ですが、スペンサー令嬢には関係ない事です。昨夜助けられた、その恩を感じる事はあるでしょうが、ただそれだけではありませんか。スペンサー令嬢と新月の人間とでは、住む世界が違います。我々も全ての人間を救う事は出来ません。スペンサー令嬢はこのまま、ここで保護を致します。使いの者を『新月』に送りますので、貴女の荷物があれば持って来させましょう。危険な事をされては領地の御家族が悲しみます。それに貴女は王都に出て来た仕事があるのでしょう?」
「は?」
「このまま、ここでお待ち下さい。いいですね?」
ジェローム様はそう言って立ち上がると副隊長室を出て行き、入れ違いにすぐに別の騎士が入ってきたと思うと、私の横に立ち、「護衛をさせて頂きます」といって、何も喋らなかった。
そして、ジェローム様の言う通り、私の残してきた少ない荷物は『新月』より持って来られ、私はオゥルソさんにもロズさんにもリンダさんにも挨拶も出来ずに騎士団の客間に案内され、そこに泊まるようにと言われた。




