ゴールド探偵事務所が遠い
第二騎士団詰所でゴールド探偵事務所までの地図も書いて貰ったおかげで、これで迷子にならずに行ける。
……はずだ。
書かれた地図を見れば、大通りから真っすぐに進んで、途中右に曲がってそしてまた左に曲がる。地図で見ると分かりやすい。
よし、大丈夫だ。
これ以上時間を無駄には出来ない。さっさと探偵事務所に行かなければ。
まあ、お金が手に入り、ハーパー様も女神様の元と旅立たれたから全くの無駄ではなかったのだけれど。
私は第二騎士団詰所を出ると、キョロキョロと辺りを見回し、「白い門」を見つけた。そこから大通りが真っすぐ伸びて、大きな道が扇状に枝分かれしている。
後ろを振り返ると、小高い丘の上に王城が見え、私は地図を見比べながら頷いた。
「よし。バッチリ。いざ、ゴールド事務所へ!と言いたいところだけれど、もう、夕方か。一日があっという間に終わってしまった」
王都に着いたのは午前中だったのに、もう陽が暮れてきた。
(探偵事務所も閉店しているか。先に宿を探さないと)
旅の最中にブロンさんから、王都のおすすめの宿を聞いていたが貰ったはずのメモの紙はポシェットの中に入っていなかった。窃盗団の人に捨てられたのかもしれないし、私が落としたのかもしれない。
むむむ。
(女性が一人で泊まっても良い所を教えてくれてたのに……。何処でも泊まっていいものではないのは分かるけど、何処に泊まったらいいのか)
大通りを歩いていると、一際綺麗なホテルがあった。
「ここにしよう」
ここは絶対安全だ。貴族が多く出入りしてそうだ。
よし、と入ろうとしたらドアマンから止められた。
「失礼ですが、お泊りの方ではありませんね?」
「ええ。今からここに泊まろうかと」
私がそう言うと、じろっと私の身なりをみて首を横に振られた。
「ここはとても高価なホテルです。大人の方と一緒に来られないと無理だと思いますよ」
「成人しています。それにお金はあります」
「はい。分かりました。成人していてもその服装ではお通しする事は出来ません。保護者と一緒に来て下さい。そうですね、宿をお探しでしたら、この大通りの道を一本奥に行くと手頃なホテルがございますので、お客様にはそちらが宜しいかと」
いえ、本当にお金は、と食い下がってもドアを開けてくれず、ホテルから出て来た綺麗なドレスを着た人が私をチラリと見ると扇で口元を隠した。ドアマンは「いってらっしゃいませ、マダム」と言って頭を下げて私の前に立ち、ドアを開けていた。
「もう、結構です!」
いつの間にか他の人からもチラチラ見られている事に気付いて私はすぐ先の道を右に曲がった。
ホテルから遠ざかり、ずんずん奥に進んで行って、頭が冷えてきた。
「ドレスを着ていけばよかったんでしょうけど。でも、もう泊まってやんない」
ドアマンに小さい子に見られたのか。五万ルーン持っている成人女性なのに。
分かっている。この格好が悪かったんだろう。あの人は仕事をしただけ。不審者扱いされたのだろう。
領地では高級宿でも、高級な店でも、私の顔を皆知っているから、私を見ると、皆、「ああ、スペンサーのお嬢さん」と言ってどんな格好でも中に入れてくれていた。
ドレスコードがあるのなら、それに従うしかない。でも、今、この大通りで着替えなんて出来ない。どこの宿に泊まったら安全かも分からない。見るからによさそうな所に泊まるしかなかったのに。
(どうすればよかったのか)
辺りを見渡せば、家路を急ぐ人、楽しそうに恋人と歩く人、買い物をしている親子。その人達が歩く隅で私は顔を見せない様に歩き、気付いたら裏通りに足を踏み入れていた。
道を照らす店屋の灯りが変わり、流れ出る匂いも埃っぽさや、美味しそうな匂いから、甘い匂いや酸っぱい匂い、煙草や酒の匂いに変わっていた。慌てて気付いてから顔を上げ、辺りを見渡せば綺麗な明かりが灯り、膝を出したドレスを着たお姉さん達が店の前のドアに立ち通りを歩く人達に投げキスをしていた。
「ねえ、そこのお兄さん、飲んでいかない?逞しい人、私、好きよ」
「お、へへへ。そうかあ?でもなあ。今日は時間がねえんだがなあ」
「いいじゃない、ちょっとだけ、ね?一緒に飲みましょうよ」
「へっ。そこまで言われちゃ、しようがねえなあ」
「ふふ。いらっしゃい」
お姉さんが男の人に話し掛け、腕を組んで店の中に入っていく。
………。うん。迷子だな。
そして、ここは、イケナイ場所な感じがする。
「どうしよう。早く表通りに戻らないと」
ここはどこだ?何処に戻ればいいんだ?ここは来てはいけないところじゃないのかな?ブロンさんから注意されてた場所な気がするぞ?
危険な香りがする。やばい。きっとやばい。
『お嬢、王都は華やかな場所ですが、その分危険な場所も沢山あります。裏通り、と呼ばれている所は近づかない様に。特に、歓楽街と呼ばれる場所はお嬢には危険ですので気をつけて下さい』
ブロンさんの言葉を思い出しながら、地図を見てあわあわしてると、見た事も無いほどの大柄な男の人から肩を捕まえられた。
「!!!!!」
「おい坊主、こんな所で何してんだ?お前が来るにはまだ早いだろう?冷やかしか?迷子か?」
「え、ええっと。宿を探して、それで、断られて、探して。迷って」
「ああん?なんだ?聞こえねえ。宿に来たのか?お前が?まだ早いだろ!!」
「ひいいいい!!!」
お父様よりも大柄な人が、両手を「ガオウ!」と掲げた熊の様な恰好で噛みつく様に私の目の前にいる。
思わず声が出たが、男の人の周りの空気が揺れて、恐ろしさがジワジワと足元から上がってくる。
「おい!聞いてるのか?親は何処だ?こんなところを子供がウロウロしてんじゃねえよ!!」
「ひいいいい!!!!」
「うるせええ!!!!!」
「ぎゃあああああ!!!!」
怒れる熊から吠えられた私はそのまま後ろにひっくり返り、気付いたら泡を吹いて気を失っていた。
*******
「まったく。何してんだよ」
「すまねえ、迷子だと思ったんだが」
「で、店の前で子供驚かして気絶させて?」
「すまねえって」
「余計な仕事を増やしてんじゃないよ。自分の『加護』に気を付けな」
カンっと小気味よい音がして目を開けると、大きな熊が綺麗な女の人に叱られていた。
「熊と姫?」
シンシアが持っていた本にそんな話があったな、と思い呟くと女の人と目が合った。
「起きたかい?」
「起きたか!!!」
「熊ああああ!!!」
熊ががばっと私に向かってきたので、私は息を止めてひっくり返りそうになった。
ああ、女神様の元へ旅立ってしまう。
「もう!あんたはすっこんでな!話が出来ないだろうが!!」
「す、すまん」
胸がドッキンドッキン言っているのを手で押さえて目を白黒させ、空気を急いで吸い込んだ。
熊じゃなくて人間だった。おそらく私はこの人達に助けられたのだろう。
「だ、大丈夫です。た、助けて頂いて、有難うごさいました」
「いいよ。こいつが脅かしてしまったからね。それにしても、こんなところに一人でうろついて。攫われても知らないよ?何してたんだい?早く家に帰りな」
「いえ、道に迷ってしまって。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
寝かされていたソファーから起き上がり、姿勢を正して礼をすると、女の人の眉が上がった。
「ふん。やっぱりね。あんた、どこのお貴族様だい?」
「え?ああ、すみません。お世話になったのに、ご挨拶もせず」
私は立ちあがって、やっぱりドレスではないので、出来るだけ丁寧に男子の礼をした。
「スペンサー伯爵家、第一子。フレイヤ・スペンサーと申します。大変お世話になりました」
「え?あ?」
「もう、あんたは黙ってな」
「いや、女の子だったのか?」
「どこからみてもそうだろうよ」
熊さん(名前が分からないのでそう呼ばせて頂く)は私から大分距離を取って、驚き、女の人は、「やっぱりね」といいながら頷いていた。
「で、なんで、お貴族の御令嬢がこんなところに?しかもそんな恰好で?働き口を探しにきたのかい?宿を探してたってコイツからきいたけど?一晩売りたいわけじゃないんだろう?」
「売る?いえ、もう、領地で売れる物は売ってきたので」
「はあ???」
熊さんが私の返答に大きな声を出して目を向いた。
第二章始まりました。




