幕間 その頃のスペンサー領
途中からスペンサー伯爵代理、(父、ジョージ)視点に一度変わります。その後はまた視点は戻ります。
「フレイヤはもう無事に王都に着いただろうか?」
「父上、ブロンさんからの予定表には昨日到着予定と書いています。王都に着けばお姉様が速達で手紙を送ると言われていましたので、早ければ明後日には手紙が届くのでは?」
「ああ、そうだな。昨日か。途中、手紙が届く事も無かったのは、無事に王都に入ったという事だろう。しかし、王都といっても、広い。大丈夫だろうか。フレイヤは迷子になっていないといいが。ちゃんと食べているだろうか。マシューは王都には何度か連れて行ったことがあるが、フレイヤは領地を出た事が無いからな。まさか、一人旅になるとは」
「父上、お姉様も十八。地図もありますし、ブロンさんが王都迄は一緒です。王都の白い門が見える大通りでお姉様を下ろすと言っていました。『ゴールド探偵事務所』までは大通りを進んでいけばよいそうで、分かりやすい所だそうです。ブロンさんが『真っすぐに進めばすぐに分かる』と言っていましたから、迷子にはなっていませんよ。お勧めの宿のメモをお姉様に渡していましたし、手続きの目途が立って、宿で休んでいるかもしれません。お姉様の事ですから王都で美味しい物を探しているかもしれませんが」
妹のシンシアがお菓子をねだっていたのを思い出し、マシューはふっと笑った。
「そうか、そうだな。せっかくの王都だ。楽しんでくれていればいいが。いかんな、いつまで経っても子供扱いしてしまう。マシューもこんなにしっかりしているというのに。我が家の子供達はスカーレットに似て、皆、頼もしいな」
スペンサー領の伯爵家では、父ジョージと弟マシューが王都に旅立ったフレイヤの心配をしていた。
そして、王都へと旅立ったフレイヤの事を二人で心配していたのだが、父の不安は的中し、弟の予想は外れていたことをこの二人は知らずにいた。
「ところで、あと、三ヵ月もありません。遺産が現金ではなかった場合、借金の四百六十万ルーン。どうにか用意は出来るものでしょうか?」
マシューが父に聞くと、父は辛そうに目を瞑った。
「うむ。すぐに現金に出来ない物かもしれないからな。その時は難しい。不可能ではない。全て売れば可能だ。しかし、そうすれば来年以降の経営が破綻する。どうしたものか」
「バンシー伯爵から何か連絡は?」
「あいつめ。またこのような物を送ってきた!今度はフレイヤの目の色だと!ふざけるな!!」
マシューの前にはビリビリに破れた紫色の布があった。
この布が何かはマシューには分からなかったが、父の表情から碌な物ではないという事だけは分かった。ビリビリに破かれた切れ端を見ると、とても良い薄い布であり、何か高価な物をバンシー伯爵は姉に贈ったのだろうがこの様子では父に聞くことは難しい事も悟っていた。
マシューは布の事はこっそりセバスに確認することにし、父の機嫌を考え話を変えた。
「父上、他に借金が出来る所は無いのですか?」
父はまた辛そうに首を振った。
「借りれる所からはもう既に借りている。これ以上は借りれない。今後の事もあるからな。マシュー、お前は王都の学園に行かなければならない。そのこともある」
辺境であっても、貧乏男爵であっても、よほどの事が無い限り嫡男は王都の学園に三年程通う。王都の学園は全寮制。貴族のみ通う事ができる。
「すまん。実家の方の兄達と私は折り合いが悪いからな。スカーレットの頼みであれば聞いただろうが……。いや、フレイヤであれば聞くかもしれんが……。兄達に貸しを作るのも恐ろしくてな」
マシューは頷き、遠目でしか会った事のない伯父達を思い出した。
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兄達はスカーレットに恋をしていた。いや、多くの者がスカーレットスペンサーに夢中だったのだ。『深紅の薔薇』と呼ばれ、真っ赤な髪に美しい顔立ち、そして伯爵家を継ぐ者として高い教養を受けていたスカーレットは男女問わず、皆の憧れだったのだ。
ジョージも例に漏れずスカーレットに憧れを抱いていた。が、ジョージは決して不細工でないが美男子でもない。割と裕福な部類に入る子爵家の三男坊として産まれたが下級貴族の部類に入る。多くの貴族令嬢には好かれない無骨な顔立ちな上に爵位も継げない子爵家三男の筋肉質な大男は貴族令嬢からは不人気であった。
自分の事を良く知っていたジョージは体格を生かして騎士になろうと考え、学園の騎士科に進んでいた。
そしてある日、偶然スカーレットに出会った。
何でもない普通の日だった。偶々いつもより授業が終わるのが遅くなり、偶々教室にタオルを忘れていたことを思い出して引き返し、いつもより遅い時間に普段使わない渡り廊下を使った。本当に偶然である。
「少し、近道をしよう」と、人通りも少ない古い校舎の方を通ったのも、何かの気まぐれだったのである。ジョージは稽古の事を考えていたのか、夕食の事を考えていたのか、もしくは何も考えず、ただ廊下を速足で進んでいた。
すると、古い校舎から荷物を持ったスカーレットが一人で出て来たのだ。西日を背にして真っ赤な夕日を浴びたスカーレットは髪の色と同じように赤い光に染まっていて、燃えるように美しかった。
「あ……」
(スカーレット・スペンサー)名前と顔だけはよく知っていたが、相手は自分の事等知る由もない。思わず声が出た後に急いで口を結び、見惚れて黙って立ち尽くすジョージにスカーレットが「?」と、気づくと、黙ってこちらを見つめていた。
ほんの二秒ほどだっただろうけれど、ジョージには一瞬にも思えたし、とても長く感じた時間であったが、二人は見つめ合った。
すっと、スカーレットが礼をし、慌ててジョージが礼をしたが、二人は言葉を発さず黙って別れた。なんともない、ただ偶然目が合って黙って礼をしただけの関係。しかし、その日以降、スカーレットとは不思議と目が合うようになり、目が合えば黙って礼をする仲になった。
話した事もない声を出して挨拶をした事もない、不思議な関係だ。
気付けば一年以上も時が過ぎていた。ジョージより一つ年上のスカーレットの卒業式が決まり、そうなると、周りはスカーレットのエスコート役は誰がするのかと噂をしていた。
なぜなら美しいスカーレットには婚約者が決まっていなかった。
幼い時に一度婚約者はいたらしいのだが、相手の家の都合で解消となり、その後スカーレットには婚約者がいなかったのだ。これはとても珍しい事で、いまだ婚約者がいない、次男、三男からすればスカーレットは伯爵家次期当主であり、美しく聡明で人望もある。まさに理想の相手なのである。まあ、スペンサー領はさほど裕福ではない領地ではあったが、それを差し引いても高嶺の花である事は間違いなかった。
ジョージはスカーレットの事を思うと、胸が苦しくなっていた。これは恋であろうと、気付いていたが、自分は子爵家の三男で、爵位も継げない見目も悪い自分では相手にされないと諦め、騎士になるべく一心不乱に剣を振っていた。
が。
ある日実家から、学園に手紙が届いた。しかも速達である。
何があったのか、と急いで戻ると、鬼のような形相の兄二人と、喜ぶ両親達。何が起こったのか全く分からない所に両親は抱き着いてきた。
「スペンサー伯爵家からの婚約の打診よ!ジョージ!貴方によ!」と母が涙を流して喜んだ。
「よくやった!いつ知り会ったのだ!」
「は?自分にですか?スペンサー伯爵家?」
そう聞くが、逆に質問攻めにあう。しかし何も答えられず、兄二人からは、無視されるようになった。格上の伯爵家からの婚約の打診。しかも自分達よりも格下と思っていた無骨な弟が憧れの令嬢から望まれたのだ。
面白いわけがない。
隠れて恋を育んでいたと思われたようだが、話した事もないというが信じて貰えなかった。
スペンサー家から礼服が届き、婚約前だが先にスカーレットの卒業式のパートナーとして出席する事になった。婚約についてはまた日を改めてゆっくりと。と、ほぼ決まったような返事を両家がしていたが、二人が初めて話したのはこの時だった。
「初めまして。スペンサー嬢」
「初めまして。ライトン様」
それだけの会話だったが。ああ、自分はやっぱりこの人が好きだ。と思った。
そこからは二人の仲は急速に深まった。
無事婚約し、ジョージの卒業を待って結婚式を挙げた後に二人きりの寝室で、何故、自分に婚約の打診がきたのかと、いまだに不思議に思っていたジョージはスカーレットに訊ねた。するとスカーレットは恥ずかしがりながら「一目惚れだった」とジョージに告げた。
あの燃えるような夕日の渡り廊下で会った瞬間、恋に落ちたのはジョージだけではなかったのだ。
ジョージは嬉しさと共に、不思議に思った。
自分は一目惚れをされるような容姿ではないぞ。と。
ジョージはそのままスカーレットに聞いた。
スカーレットはきょとんとした顔をして、「ジョージは可愛い。そして好ましい。全てが素敵だ」と溶けるような笑顔で言われた。
その時の嬉しさと、幸せはジョージは今だに言い表す事が出来ないが、同じ様な幸せをその後三回経験する事になる。
フレイヤが産まれた時。
マシューが産まれた時。
そしてシンシアが産まれた時。
それから暫くして、身を引き裂かれるような悲しみを経験するが、スカーレットが残した子供達をなんとしてでも幸せにしなければと思っている。
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(スカーレットが残した子供達を幸せにしなければ。借金の肩に嫁がせるなどしたくない)
父は改めて強く思い、息子、マシューの方を向き直った。
「マシュー。どうにかして四百六十万用意しよう。フレイヤが笑顔で領地に帰ってこれるようにしなければな。そうするとお前の代まで苦労を掛ける事になるかもしれん。それにシンシアにもな。しかし、フレイヤ一人に重荷を背負わせするのは間違っていると思うのだ」
「はい。私もお姉様にバンシー伯爵へと嫁いで欲しくはありません。シンシアも賢い子です。お姉様の為ならばあの子は苦労を苦労と思わないでしょう」
「ああ。そうだな」
父と息子が頷き合っていると、普段は姿勢正しく歩く執事のセバスが速足で執務室までやってきて、声を掛けると同時にドアを開けた。
「失礼します。旦那様、坊ちゃま。お嬢様からの手紙でございますが……」
「なに!フレイヤからの!」
「無事に王都に着いたのですね!」
「はい。王都から届いた事は間違いないのですが。それが……王都の第二騎士団詰所経由の速達の手紙なのです」
「なに?騎士団?フレイヤに何かあったのか!」
セバスが差し出す手紙にジョージは心配で呼吸が止まりそうになった。愛しい妻を失ったばかりでまさか娘までも、と脳裏によぎってしまったのだ。
「父上!落ち着いて下さい!何かあれば、手紙で連絡などないはずです。早馬が来るでしょう!」
「そ、そうだな。ふーーーー。確かに。しかし、第二騎士団詰所から?手紙の出し方は分かっているだろうに。フレイヤはなぜそんなところから手紙を出したのだ?」
「旦那様、どうも普通の手紙ではないのでは?」
「ま、まて。いま手紙を開ける」
震えそうになる手で手紙の封を開けると中は一枚の手紙が入っていた。
『振込確認書 第二騎士団詰所よりスペンサー伯爵代理口座へ十万ルーン』
「なに?」
『依頼者 フレイヤ・スペンサー 宛先 スペンサー伯爵領、ジョージ・スペンサー伯爵代理
「フレイヤ様より窃盗団の報奨金を送ります」』
「はああ!!??」
「窃盗団?」
「報奨金とは?」
「遺産はどうなったのだ?探偵事務所に行ったのではないのか?」
「十万?」
「「「……」」」
「と、とにかく、あと四百五十万ルーン用意すればよいのだな」
「そ、そうですね、さ、流石、お姉様です」
父、ジョージが落とした手紙をマシューが拾って読んだのだが、父と息子、それに執事には訳が分からなかった。が、とにかく娘は王都に無事に着き、十万ルーンもあっという間に送ってくれたという事だけは分かった。
マシューはフレイヤの事を家族の前では「お姉様」。外では「姉上」と呼んでいます。もう、「お姉様」呼びは恥ずかしい年と分かってはいますが、家族の間では、「お姉様」と呼びたいシスコンです。




