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4回戦 倫-2

「さあ、あなたの聖剣せいけんをおきになって?

 ちなみに、まだ聖通せいつうしてないんでしたら、

 あなたの負けってことでよろしいですわよね?」


 りんが右手を構えながら言う。


「い……、いやだ!」


 ボクはさけぶように言った。


「えっ……?それは……?

 負けを認めておげになるということですの?」


 りん拍子ひょうし()けという感じでかたをすくめながら言う。


「ち、ちがうよ!

 見られるのがいやなの!」


 ボクは何とか言った。


 そう。


 商店街の本屋の前でずっとさわいでいるボク達の周りには、

すっかり人だかりが出来上がっていたのだ。


「(ボクの聖剣せいけんを見られるのもずかしいし、

  それを中断されるところなんて!

  ましてや後輩こうはいの女の子に中断されるところなんて見られたら、

  ずかしすぎて死んでしまう!)」


 ボクは、とんでもなく必死だった。


「あら?確かに。

 これは気がつきませんでしたわ。

 お店の方にもご迷惑めいわくですわね」


 りんが周りを見回して言う。


「ど、どこか!

 こ、この本屋の裏のほうとかでもいいから!」


 ボクはそう言いながらりんの手を取り、

せまい路地裏にげるように入りんで行く。


みなさまは着いて来ないでくださいませ。

 かれのプライバシーをご尊重なさってください。

 結果が気になる方は、後ほどご報告いたしますわ」


 りんが集まっている人達のほうへ言いながら、

ボクに続いて路地裏へ入って来る。




「それにしても……、ちょっと強引なところもあるんですわね。

 これなら少しは楽しめそうですわ」


 路地裏のおくまで入ると、りんがニコリとして言った。


「(『少しは楽しめそう』か……)」


 ボクは心の中で、ため息をつく。


「(聖剣せいけんを折って楽しいなんて、

  きっとろくでもない性格なんだろう……。

  見た目や口調なんてアテにならないな……)」


 ボクは心底そう思っていた。




 学校の授業や、あるいは剣魔けんまの部活でも、

男女がペアになって挿入インサート合体ジョイントをやったりはする。


 だがその時に、わざわざ男子の聖剣せいけんを中断してやろうとする女子なんて、

見たことなんかないのだ。


 最初なんか、みんなおっかなびっくりで、


「まだ大丈夫だいじょうぶ?」


「もう少しいける?」


「危なかったら言ってね?」


 などと、男子に聞きながら慎重しんちょう挿入インサートをする。


 上手に合体ジョイントできたら、それ以上無理に挿入インサートしようなんて、するわけもない。


 きらわれているボクとイヤイヤでペアにされた女子でさえ、そうなのだから、

りんの異常性が分かるというものだ。




 だが、ボクの心の中には、もう一つの別な気持ちもかんでいた。




「(ボクの聖剣せいけんって、どのくらいの魔力まりょくで折れるんだろうか?)」

という好奇心こうきしんである。




 正直な話、物理的に無理なレベルであつかうか、

無理矢理挿入(インサート)されない限り、

聖剣せいけんが折れることなんて滅多めったに無いのである。


 ボクは、他人の聖剣せいけんなら何度も折ったことがあるが、

自分の聖剣せいけんを折られたことは一度も無かった。




「(ましてや、ボクの聖剣せいけんは半球状……)」


 ボクは心の中で首をかしげた。


「(折れる姿が想像できない……。

  もしも中断で折れるとしたら、

  真ん中から真っ二つに割れるとか、

  あるいは爆発ばくはつするような感じとかだろうか……?)」

と、だんだんと好奇心こうきしんのほうが勝ってきていた。




「コホン……、それでは……。

 さあ。

 聖剣せいけんをおきになって?」


 ふいにりんが言ったので、考えんでいたボクは、


「……あっ、うん」

と言いながら、刀をくようにビュッ!と聖剣せいけんいた。




 一瞬いっしゅんの静止。




「……」


 りんが無言で、かれたボクの聖剣せいけんをまじまじと見つめる。


「(あっ……!)」


 ボクは気がついた。


「これが……、あなたの聖剣せいけんなんですの……?」


 りんが、ボクの半球状の聖剣せいけんを見つめたまま言う。


「(しまった……!)」


 ボクは棒立ちになった。


「(心の準備が、全くできていない……!)」


 ボクは激しく後悔こうかいする。


「(もし今……、ボクの聖剣せいけんの悪口を言われたら……、

  ボクは一瞬いっしゅんで頭に血が上ってしまう……!)」




 男性同士だと、相手の聖剣せいけんが少しぐらいヘンテコだったとしても、

何も言わないことが多い。


 それこそ社会人の男性なんかになると、

接待剣魔(けんま)する時など


『いやあ!ご立派な聖剣せいけんですねえ!』


 とか、


『切れ味が良さそうな聖剣せいけんだ!』


 とか、他人の聖剣せいけんを見ると決まり文句のようにめるほどだ。


 小学生以下の聖通せいつうしていない男の子だって、


『あの人の聖剣せいけん、変だね』


 なんて滅多めったに言わないのである。


(ボクの聖剣せいけんは、

 『少しぐらいヘンテコ』

 の範囲はんいを悠々《ゆうゆう》とえているので、言われてしまうが……。)


 そういう、相手の聖剣せいけんを悪く言わない空気というか、

暗黙あんもくのルールが有るわけだ。




 でも女性、特に若い女の子には、それが無い。


 それが無いので、朝に助けた先輩せんぱいの女の子のように、

すごい罵詈雑言ばりぞうごんが時として発せられる。


 つまり、男子の予想をえたすごい悪口が言われるのだ。


 何なら、聖剣せいけんどころか、

人間性を否定してくるレベルのやつが来る。




『世の中には、

 女性に悪口を言われたりののしられたりすることをうれしがる男性もいる』

というのは知っているが、

ボクはまだその域には達していない。




「(今の状況じょうきょうは……!

  確実にボクの聖剣せいけんの悪口が来る流れだ……!)」


 ボクは確信していた。


「(ボクは確実に……!

  怒鳴どなり散らしてしまう……!)」


 ボクはその現実から目を背けたい一心で、目をギュッ!とつぶった。




「かわいいですわね……」


 りんが言った。




「……は?」


 ボクは目をつぶったままだったが、思わず口に出した。




「すっごくかわいい……」


 りんがまた言うので、

ボクはおそおそる目を開けた。




 りんはウットリしたような目をして、ボクの聖剣せいけんを見つめている。




 今さらながらよく見ると、

りんの学生カバンにジャラジャラと付けられている、

ストラップ、キーホルダー、ぬいぐるみ。


 全部が全部、丸い物だ。


 ボールや、丸いキャラクターや、丸い毛玉のような物体、

丸い民芸品みたいな物まである。




「(あー、なるほど……。丸い物が好きなんだあ……)」

とボクは納得しかけたが、


「(いやいや……!

  聖剣せいけんに向かって『かわいい』って感想は、

  めてるとは限らないでしょ……!)」

とすぐさま思い直した。




「……あっ。勘違かんちがいしないでくださいませ。

 良い意味でですよ?」

りんがハッと我に返ったように言う。


「(めてた!)」


 ボクは心の中で、こぶしを高々とき上げた。


「(女子に聖剣せいけんめられたのなんて生まれて初めてだ……!

  たとえ……、

  たとえ『かわいい』という聖剣せいけんにあるまじきめ言葉だったとしても、

  うれしいいい!)」


 ボクはそう思って、無駄むだにテンションが上がってしまう。


「あっ……。

 でも勝負は勝負でございますからね?

 すぐに中断したら負けですから」


 りんが思い出したように言った。


「(そうだ……!勝負なんだった……!)」


 ボクも思い出した。


「はい、スタート」


 りんがおもむろに右手のひらをボクの聖剣せいけんに向ける。


「(ちょ……!心の準備まだ出来てないってえええ!)」


 ボクは心の中でさけびながら、また目をギュッ!とつぶった。




「(……)」




「(……)」




「(……?)」




 5秒経っても10経っても、何の音もしなかった。




「(まさか……、砂みたいにくずれたとか……?)」


 ボクは、またおそおそる目を開ける。




「すごいんですわね……。あなたの聖剣せいけん……」


 りんすでに、右手を向けるのをやめていた。




 ボクの聖剣せいけんは、折れてもくずれてもいなかった。




 メラメラと燃えて、強い熱を放ち始めていた。


 火の属性が合体ジョイントされたのだ。




「(……勝ったのか?)」


 ボクは思った。


「こんなにすごいの初めてですわ……」


 りんがまた、ウットリしたような目でボクの聖剣せいけんを見つめている。


「えと……、じゃあ……、ボクの勝ちってことで……、

 いいよね……?」


 ボクはそう言いながら、聖剣せいけんをシュンッ!となえた。


「あ……」


 りんが、どこか残念そうな声を出す。




 『なえる』というのは、ボクが住む地方の方言なので、

伝わらなかったら申し訳ない。


『たたんだり、小さくしたりして、片づける』

ぐらいの意味である。



 かさなんかも、なえると言う。


 『たたんで片づける』とか、

『小さくしてしまう』とか言うべきなのは分かっているが、

文字数が少ないせいか、つい使ってしまうのだ。


 許して欲しい。




「ごめん……。

 けど、ボクそろそろ帰りたいから……。

 キミももう出なよ?」


 ボクは、りんを路地裏から出るようにうながした。


「(よく考えたら、女子を路地裏に連れむというのも、

  状況としてはあまりよろしくない……)」


 今さらながら、そう思えてきたからだ。


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