七美の悩み
「好きです。付き合ってください」
この台詞を聞くのは何度目になるんだろう。
目をぎゅっと閉じて震える手を差し出して一生懸命に口から紡がれた言葉なのも、嘘じゃないこともわかってる。
だけど、私の答えは最初から決まっている。
「ごめん。アンタ、タイプじゃないし」
相手の男子は愕然とした顔でアタシを見つめているけど、正直どうだっていい。
踵を返して歩き出す。相手はついてこない。背を向けてアタシと反対方向に歩いていく。いつも同じ。
もう飽きた。
高校に入学してからというもの、毎日のように告白された。男女問わず。
ただ歩いているってだけでワーワーキャーキャー動物園のサルかっての。
人の顔をジロジロ見て、うっとりしたような表情になる。みんな同じ。
アタシにとってはこの学園の生徒は皆、同級生も後輩も先輩も男子も女子も全員、モブでしかない。
いてもいなくても同じような存在。
だってみんな同じことしか言わないし。
廊下で雑談をしている女子がすれ違った瞬間、その会話が耳に入る。
「七美先輩、今日も超美人だよね」
「だよねー。ウチもいっぺんでいいからあの顔になってみたいよ」
耳を塞ぎたくなる。
アタシは自惚れているわけじゃない。自分の顔がどうでもいいってほどないがしろにする気はないけど、昔から美人って言われる回数が多かった。
調味小学校美少女ランキング1位 金城七美。
塩田中学校美少女ランキング1位 金城七美。
甘味高校美少女ランキング1位 金城七美
高校二年に至る現在までずっと美人ランキングを独占してきた。
褒められるのは悪い気はしないし、実際ちょっとは嬉しかった。
やっぱり女子だしメイクやケアに気を遣っているのが評価されたみたいで、最初はありがたかった。
でも、高校に入ってから少しずつ気づき始めた。
アタシは常にひとり。
友達もいない。
みんな遠巻きに見ているばかりで、決して距離を詰めてこない。
もちろん日常会話はするし給食とかお弁当とかは一緒に食べたりもする。
だけど、どこか遠慮がちで超えられない壁みたいなものを感じる。
見えないけれど、確かに存在する壁。
まるで高嶺の花みたいに扱われて、皆の態度が余所余所しい。
ある日、アタシがトイレに入っていると外からこんな声が聞こえてきた。
「七美ってさ。マジで顔しか取り柄がないよね」
「マジむかつく。あの顔のおかげで男子に超モテモテだし」
「しかも誰とも付き合わないってどんだけお高くとまってるのって感じ。
頭だってめっちゃ悪いし、運動神経だって鈍いのに。超美人ってだけで、あんなに得するんだから、神様って不公平だよね」
「ほんとほんと」
外に飛び出して殴ってやりたかった。
人を表で高嶺の花みたいに勝手に持ち上げておいて、裏で貶すなんて最悪。
拳を強く握りしめたけど、なんでかな涙が流れてきた。
悔しい。
声にならない声が出る。
この日、アタシはトイレで泣いた。
学校からの帰り道もため息ばかり出て、なんだか猫背になっているみたい。
アタシらしくない。ってかアタシらしいってなんだろう。
会う人みんなに愛想よく振舞って高嶺の花として学校の人気を独占すればいいわけ?
しかも裏で陰口叩かれるなんて何の得もしないんですけど。
「芸能人だったら、話も別だったんだろうなぁー……」
ぶはぁって大きなため息が出る。
芸能界からのスカウトは休日も含めて何回もあった。
「七美さんなら絶対に人気になります!」
「モデルも俳優もやってスターを目指そう!」
そんな感じの口説き文句を並べたてられたけど、アタシは全部断った。
勿体ないって意見はあったけど、芸能人になれるくらい目立ったらアタシの居場所はどこにもなくなるような気がして――いや、実際今でもないか。
でも、アタシには帰る場所がある。
「ただいまー」
ごく普通の二階建ての我が家の扉を開けて、ママに声をかける。
「おかえりなさい。学校、どうだった?」
たずねられてちょっとだけ迷ったけど、聞いてみた。
「アタシの長所って顔だけ、なのかな」
「そんなわけないわよ。七美はいつも私たちを思ってくれているじゃない」
「うん……ありがと。ママ」
抱きしめてくれるママにお礼を言って笑ってみるけど、心は晴れない。
ママから離れて自室で考える。
アタシはこのままでいいの?
顔だけが取り柄って言われたままでいいの?
腕組みをして考える。
確かにこの世は何の取柄もないと悩んでいる人が大勢いる。
それに比べたら顔だけであっても誰からも認められる長所があるだけマシだ。
そういう考え方もできる。
だけど、このままだとモヤモヤを抱えてしまって高校生活が不完全燃焼に終わりそうだ。
見返したい。ならばどうするか?
勉強をする? いや、今から勉強しても学年1位の奴に勝てる自信はない。
運動はどうかな?
平凡以下の運動神経じゃあ、見返すのはもっと無理。
だったら――
アタシは鏡を見る。
色素の薄い瞳、すっと整った鼻筋、肌も帰宅部だからかすごく白い――
髪は生まれついての薄茶色だから染めなくてもいいし、髪質だって悪くない。
胸は控えめだけど、全くないわけじゃない。いわゆるスレンダーなのだろう。
つまり、客観的に考えて美貌で勝負すれば勝ち目はある。
ファッションと顔と身体に磨きをかけまくれば、圧倒的な差をつけることができる。
持ち味を最大限に活かして勝負できる。
顔『しか』じゃない。
顔『が』アタシの取柄だっていつかみんなに言わせてやる。
おしまい。