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魔法院の筋デレラ

作者: ふぁん

ハクバーン①


 衝撃と轟音。砂塵が舞い意識も混濁したあの窮状を、僕はよく覚えていない。気がつけば横たわり介抱され、事の次第を聞かされたものの今もって実感が無いのだ。

 大きな爆発だったらしい。それは現場の破壊跡を見れば頷ける。地面が深く抉れ草木がなぎ倒されていた。その近くにいたらしい僕は、どういうわけか軽い傷だけで生きていた。


「召喚事故だったようです。よくご無事でしたハクバーン王子」


 家来のハンスが胸をなでおろす様子に苦笑した。彼が安堵するのも無理はない。何故なら僕、ハクバーン・ウォージサマーはソノヘンド王国の皇太子だ。

 次期国王が学徒として通う魔法院で事故死などすれば、家来一同揃って首を斬られていただろう。無駄な血が流れなくて僕も安心する。


 ……召喚事故か。

 言われて少しずつ記憶が整い出した。今日は魔法院の講義として召喚の実習が行われたのだ。生徒たちはみな校外に出て、思い思いに魔法陣を描き召喚術を試していた。

 そんな中で事故が起きたのだろう。だが違和感が残る。事故現場を見せてもらったが爆発跡とは違った痕跡が目についた。


 足跡……?


 それも大きい。人でも獣でもない、魔獣の足跡に見える。

 僕は今一度おぼろげな記憶をたどる。周囲が粉塵に包まれ視界が遮られる中、黒い影を見たような気がする。召喚事故で偶然呼び出された魔獣だったのか。


 だが偶然でなかったとしたら……?

 嫌な予感がした。僕は王位継承者だが、その地位を狙う者に心当たりはいくらでもある。事故に見せかけて僕を害しようとした刺客がいたなら……。


「待てよ」


 そんな危険な奴がいたとして、どうして僕は助かったのだ?


「王子、講義が再開されるそうです。お召し物を替えてから行くほうがよいでしょう」

「……」

「王子?」


 耳には入っているが思考が意識を放さない。散り散りになっていた記憶が舞い戻る。


 ――ズキンッ


 急な頭痛。それと同時に誰かの後ろ姿が脳裏をよぎった。人影、背中、はっきりしない。だが一つだけ言えることがある。


「マッチョだった……」

「王子?」

「……いや、何でもない」


 僕は頭を抑えながら、家来たちに付き添われつつその場を後にした。記憶に蘇ったたくましい後ろ姿を忘れまいと念じながら。




カチワリア①


 いっけな~い遅刻遅刻~と廊下を走る(わたくし)はカチワリア・ドゥイナーカ。この魔法院に転入してきたばかりの学徒ですわ。

 先刻の召喚実習での事故に巻き込まれ、はち切れた制服を着替えていたら、もう次の講義の時間でしてよ。淑女たるもの時間を守らなくてはなりませんわ!


「遅れて申し訳ありませんわ!」


 ――バリバリィッッ、カラカラン……。


 何ということでしょう。力加減を忘れて扉を破壊してしまいましたわ。


「ドゥイナーカ君、何をしているんだね!」

「す、すみません先生……」

「古い建物だから大事にしてもらわないと」


 幸いキツい叱責は受けずにすみましたわ。どうやらこの魔法院では、生徒の魔法で建物や備品が傷つくことは日常茶飯事のようですわ。


「一度寮の方へ戻って遅れてしまいました……」

「聞いているよ。実習中の事故に巻き込まれたらしいね。講義は始まったばかりだから、席に着きなさい」


 促されるまま席に向かいますが、変に目立ってしまい周囲の視線が苦しいですの。


「……っ」


 今、殿方と目があってしまいましたわ。あれはハクバーン王子。いけませんわ。


「えー、そういうわけで。魔法技術の向上により、我らがソノヘンド王国の発展が始まったのである。諸君もその知識、技術を身につけることは王国貴族として必須と言えます」


 先生の歴史講座が耳に届きますが、私の気持ちはそれどころじゃありませんの。

 ……どうしましょう、王子に私のことがバレていたら大変ですわ。この魔法院にいられませんわ。




 ここ魔法院はソノヘンド王国の王侯貴族たちの子弟が通う超名門学院でございます。魔法知識だけでなく、高等な学問や貴族に相応しい教養を身につけるため、皆様日々精進しているわけですが。

 正直言って私、来るところを間違えた心持ちですわ。

 一つには周りの方々が生粋の紳士淑女候補たちであること。そしてもう一つが肝心なことなのですが。


「次は魔術の実演です。カチワリア君はこちらで基礎からやるように」


 私、魔法の講義についていくことができませんの。皆様が思い思いの魔法や召喚に打ち込む間、私一人だけ隅っこで基礎訓練ですわ~。


「カチワリア様も、早く魔法が使えるように頑張ってくださいね」

「精進いたしますわ~」


 級友の皆様は励ましてくださるけど、心中では笑っているに違いありませんわ。知っていますのよ、貴族社会は弱者に厳しい仁義なき世界だと。


「あっ」


 練習用の魔法石が弾けてしまいましたわ。また失敗でございます。

 転がった魔法石を拾うのもまた惨めな気持ちになりますわ……。と、誰か側におりまして?


「どうぞ、ドゥイナーカさん」

「ハクバーン王子!?」


 何ということでしょう、この国の王子にして魔法院のプリンス、ハクバーン様が手伝ってくださいました。っていうか顔近っ! メチャクチャなイケメンが目の前ですのよ! ヘッドバットの如き衝撃でございますわ!

 でもいけませんわ、私ごときが王子の手を借りるなど、おこがましい。それとこういうイベントは周囲の要らぬ嫉妬を買うと相場が決まっておりますわ。


「だ、大丈夫ですわ」

「ドゥイナーカ家といえば尚武の家柄で知られる辺境伯だったね。北の国境で魔族の侵略を防いでくれていることに僕も感謝している」

「そ、そんな……」


 ハッ! 気をつけなさいカチワリア。今、王子の目が測るようなキラメキを発しましたわ。この田舎娘の反応を観察しているに違いありません。王子様、油断のならない御方……。


「ドゥイナーカ……、いや、カチワリアさんはまだ魔法を修得していなかったんだね」

「そうですの……恥ずかしながら」

「気にすることはないさ。これからゆっくり覚えればいい」


 優しいですわ王子様。けど表面上はそう見えても、心の中で何を思っているかわ分かりませんわ。気をつけなさいカチワリア。




 色々ありましたけど学生寮の自室でようやく一人になれましたわ。食事と片付けを済ませたら、日々欠かさずやっている日課に取り掛かりますわよ。


「フッ」


 下着一枚になった私は鏡の前でポージング。引き締まった肉体、しなやかな筋肉。毎日の欠かさぬ鍛錬による芸術的なボディですのよ。

 武門の家柄であるドゥイナーカ家では女であろうと武器を取り戦場に立ちます。私もとっくに初陣を済ませ、魔族相手に大立ち回りを演じたことも一度や二度ではありませんわ。


 けれどお父様が私に、都へ行って魔法院に通うよう勧めてくれましたの。私が華やかな都会に憧れていることを知っていらしたのですわ。

 お父様に感謝しつつ都に上った私ですが、すぐに現実を突きつけられることになりましたわ。多少は覚悟していましたけれど一つ重大な問題がありますの。


「フゥッはぁっ!」


 全身の魔力を高めて発動した、これが私得意の“魔法”ですわ。

 気合と同時に私の腕が、脚が、丸太のように太く盛り上がりますの。たわわな胸は大胸筋の塊となって体を鎧う。腹筋は整然と区割りされた田園のように美しく、太ももは馬にだって負けない逞しさですわ。ああ、私ったら美しい。


 “筋肉強化魔法”。北の辺境では魔法といえばこれでしたのに、都にやってまいりますと誰も使わないと知って仰天しましたわ。私ったらこれしか魔法が使えないのに!

 それ以来、私はこのムキムキボディをひた隠しにしながら学生生活を送っておりますの。だってこんな姿、ちっとも麗しい淑女に見えませんもの。ですが己を隠しながら過ごすというのはストレスが溜まりますので、一人になるとこうして体を鍛えていますのよ。


 それにしても今日は危険な日でしたわ。誰かが失敗した召喚のせいで、王子様が巨大な召喚獣に襲われそうでしたの。煙に紛れて私が一発くれてやりましたら消滅しましたけれど、誰にも見られていませんわよね?


 麗しの淑女を目指すのであれば、こんなガチムチな生き方はもう捨てるべきなのかもしれませんわ。ですが私とて武門の生まれ、ドゥイナーカの女。守るべき誇りがありますの。

 こうして悶々としながら今宵も一人汗を流す私なのでした。フンッ。




ハクバーン②


「例のドゥイナーカ辺境伯の娘ですが、いたって普通の田舎貴族といった様子です。今のところ怪しい点は見つかりません」


 家来のハンスが報告してきた。彼女、カチワリア・ドゥイナーカの動向や身辺に不審なものはないか、調べさせていた。


「ハクバーン王子はあの娘を疑っておられるのですか?」

「……どうだろう、僕自身なんの確証も無いのだけど」


 あの召喚事故の日以来、カチワリア嬢のことを意識している自分がいた。それが疑惑なのか何であるのか言葉にし難い。だが僕以外で事故に巻き込まれた人物は、現状で彼女一人しか確認できていないのだった。


 彼女はあのとき側近くにいた。それだけは確かだ。そして彼女は魔法がからっきしだと聞く。真偽は。事故との関係は。本当にただ巻き込まれただけなのか。


 僕が誰かに命を狙われるのは初めてじゃない。


 宮廷は裏表が激しい。華やかな貴族社会の陰では王族同士、貴族同士、時には宗教界や財界まで絡んだ暗闘の連続だ。僕自身も幼少期に暗殺者に狙われたことがあり、そのときに母が命を落とした。以来なかなか気の休まらない青春を送ってきた。


 召喚事故が誰かの故意か否か、カチワリア嬢が犯人かなど雲をつかむ状況だ。それでも危険の芽は取り除いておきたい。


「少し小細工をするか……」




カチワリア②


 今日は学友の方々に誘っていただき賑やかな昼食ですわ。なんとか皆様の話題についていけるよう努力してる私ですが、今日は少し弱りましたわね。


「カチワリアさん、ドゥイナーカ家はずっと昔から魔族と戦っていらっしゃるんでしょう、すごいですわぁ」


 私の家について尋ねられる流れになってしまいましたわ。人外魔境の辺境で魔族を防ぎ止めてる私達の生き方が、都の紳士淑女な方々と通じ合える気がいたしませんわ!


「噂では魔族を倒して千人も首を斬ったと聞きますけれど、本当ですの?」

「え、それは……」

「フフッ、いくらなんでも大げさでしょう。そんな噂を信じているの?」


 実際には一万人は斬って晒してますのよ。


「お味方とはいえ魔族たちをそこまで打ち倒せる方々、ちょっと恐ろしいですわね」

「やめてさしあげましょう、カチワリアさんが魔族を倒したわけじゃあないのですから」

「お、おほほほほ」


 私も百人は蹴散らしてやりましたのよ。

 やはり皆様方との間には大地を割ったような溝を感じますの。私が戦場で斧を振り回して魔族を討伐していたなんて知られたら、その日からバーバリアン認定されること必定ですわぁ!


 ストレスフルな昼食の席は味も分からないまま終わり、午後の講義もそぞろにこなして放課後。私は一人トレーニングルームへ参りますの。

 この場所はいつもガランと空いていますわ。この学舎(まなびや)の人々は魔法や学術を重視する反面、体を鍛えることを軽視しがちですの。せっかくお金をかけて良い設備が整っておりますのにもったいないですわ。

 まあ、おかげで私は人目を気にせずトレーニングできるのですが。


 一時間軽く汗を流して寮に帰ってきた私ですが、なんと驚きましたわ。部屋の扉の隙間から中に手紙が差し込まれております。何者の仕業でしょう。私恐る恐る開けてみますと、あらなんてことでしょう!


『お話があります。魔法院裏山にある伝説の大樹まで来てください』


 これはもしや“果たし状”ではありませんの!? しかも読むのが遅れたから裏山で待ちぼうけでは!? 怒って帰ってしまわれたかもしれませんわ!


 私は急いで裏山に走りましたわ。それにしても陰湿なイジメではなく正面から決闘を申し込んでくる方がいるなんて。戦いは望みませんが、挑戦は受けて立てとお父様がいつも言っておりましたわ。


 時は夕暮れ、やって参りました伝説の大樹。

 私もこの樹については色々と噂を聞いておりますの。なんでもこの樹の根本で告白して結ばれた二人は永遠に幸せでいられるとか。温いですわ。もっとこう秘められたパワーが目覚めるとかロマンと実益のある伝説でも転がっていないものかしら。


「さあ出てらっしゃいな!」




 誰も現れませんわ。場所はあっているはずなのに。やはり諦めて帰ってしまわれたのでしょうか。それとも私を誘い出して笑いものにする性根の曲がった罠だったのでしょうか。


「私ったら情けないですわね。すっかり舞い上がってしまって……」

「ミィ」

「あら?」


 声がしたと思って見回しますが、やはり誰もいません。それでも「ミィ」と声がするので見上げてみると、あらあらなんてことでしょう。大樹の枝に子猫がいるではありませんか。


「降りれないの?」

「ミャウ……」

「お待ちになってね、私がなんとかしてあげますわ」


 けれどどうしましょう。あれが物であったら私のパワーで樹をガタガタいわして落とすこともできますが、子猫さんでは危険が危ないですわ。

 こういうときに魔法に優れた学友の皆様方でしたら何かしらの手を打つでしょうに。筋肉バカの自分が情けないですわ。


「……仕方ないですわね」


 私は樹にしがみついて登ることにしましたわ。私の握力でしたらなんてことありませんけど、魔法院の制服が傷ついてしまうのはちょっと惜しいですわね。

 そうこうしているうちに子猫は目の前。腕を伸ばしてハートキャッチですの。


「ニャウ」

「さあ安心してくださいな」

「カチワリアさん」

「えっ!?」


 誰かの声。驚いた私は足を滑らし落下してしまいますが子猫ちゃんだけはカバーリングしますわ!


 ズシンッと地面に激突……この感触は。なんということでしょう、私の下敷きになって庇ってくれた人がいらっしゃるじゃありませんか!


「貴方は……ヒャイィィ!?」


 驚きの連続で今度は飛び上がってしまいましたわ。だって下にいるのはハクバーン王子じゃありませんこと? あまりの驚きぶりに助けた子猫もすっ飛んで逃げていってしまいましたわ!


「怪我は無いかいカチワリアさん?」

「あ、あわわわ王子様なんてこと……!」


 立ち上がった私はもう何も考えられなくなって走り出してしまいましたわ。どれだけ走ったでしょう、息を弾ませようやく立ち止まった頃に私、肝心なことに気づいてしまいましたわ。


「王子様にお礼を言っていませんわ……」


 助けてもらってお礼を言い忘れるなんて、こんなことでは淑女になれませんわ。もう果たし状のこともどうでもよくなって、明日から王子に会わせる顔が無いと私ベコボコに凹んだ気持ちになってしまいましたの。




ハクバーン③


 茂みから戻った子猫が足元に歩み寄ってくる。僕はそいつを拾い上げると魔力をいじり、猫は霧のように姿を消した。

 猫は僕が用意した使い魔である。カチワリア嬢を試すためにあんな小細工をしたのだが……。


「……彼女が魔法を使えないという話は本当のようだな」


 猫が使い魔だということにも気づかないぐらいだ。召喚事故の件にも関わりが無いだろう。これで真相解明は振り出しに戻ったが、彼女が無害と確認できたことで善しとするべきか。


 ホッとすると同時に気持ちが沈んでしまう。貴族の娘たる彼女だが、自ら木に登って猫を助けようとした。その純真と比べて自分はどうか。疑って小細工を(ろう)したことが情けなくなる。


「明日、事情を話して謝るか」


 肩を落としながら裏山を下りる。その道中で違和感に気づく。――魔力の気配が漂っているのだ。


「――っ!」


 急に火球が襲ってきて僕は飛び退った。一つ、二つ。立て続けの魔法攻撃を全て避ける。


「見事です王子」

「お前は……」


 敵が姿を現した。黒いローブにフードを被った怪しい風体だが、その顔を見て僕は衝撃を受けた。ハンス――僕の家来の一人じゃないか。


「敵は味方の中にいたわけか」

「そのとおりでございます」

「誰の差し金だ?」

「思い当たる方はいくらでもおりましょう」


 まったくだ。下位の王子か敵国か魔族か、国内の反王政勢力か。考えてもキリはない。

 それよりこの状況を切り抜けることが先決だ。


「言っておきますが、他の家来達は助けに来ませんよ。全員に別のシフトを入れておきました」

「用意周到だな」


 そんな男がわざわざ姿を晒したことに違和感が残った。それに周囲の残留魔力量が多い。ハンスの狙いは……。


「――ちぃっ!」

「もう遅い。朱き炎よ、竜の化身よ、今姿を現し全てを焼き尽くせ!」


 周囲に炎が広がった。あらかじめ火炎魔法の罠を仕掛けて待ち受けていたのだ。その発動までの時間を稼がせてしまった。

 四方が火に巻かれて熱が体を焦がす。だが落ち着いて打開策を考えろ。命が狙われた危機は一度や二度ではない。そこで思い出したが、この辺りには池があったはず。そこまで逃げて体勢を立て直せば。


 僕は炎の薄い点を突いて脱出すると、すぐ近くに池を見つけて飛び込んだ。これでしばらく炎は凌げる。


「そう思いましたか?」


 ハンスの勝ち誇ったような声。しまった、行動を読まれていた。池の水はすでにハンスの魔力で満ちていたのだ。

 周囲を取り巻いていた炎が不意に消える。ならば次は――


「そこが貴方の(ひつぎ)です!」


 池の水が急速に冷やされ凍結していく。逃れようとしたが足を取られ、徐々に全身が氷で包まれていく。全て計算づくか。


「凍てつけ、凍てつけ、彼の者に永久(とわ)の静寂を与えよ」


 身動きが取れない。全身氷で閉じ込められてしまったようだ。意識が遠のく。

 ハンスの奴、こんなに優れた魔法使いだったなんてな。その秘めた能力と敵意に気づけなかったことが敗因か。父上、跡を継げそうにありません。母上、早くにそちらへ行くことになってしまいそうです。どうかお許しください……。




カチワリア③


 何が起きたかすぐには分かりませんでしたわ。森の一角に火の手が上がり、駆けつけてみればハクバーン王子が氷漬けになっているではありませんか。


「王子様!」


 周りも見えなくなって駆け出す私でしたけど、突如感じた殺気には体が自然と反応しましてよ。

 飛んできた火球に身を翻して回避。よく見ればやや離れた位置に、いかにも怪しい男が立っているではありませんこと。


「今のを避けるか、噂のドゥイナーカ嬢よ」

「……貴方が王子様をこんな目に遭わせましたの?」

「だとしたら?」

「ぶっ潰しますわ」


 相手が急速に殺気を放つのが分かりましたわ。


「面倒事に関わらなければ生きて田舎に帰れたものを!」


 男は両手に炎を燃やすと次々と放ってきましたわ。けど――


「フアッ!!!!!!!!!!!!」


 呼気を強めて両の掌を回転、強力な風圧の壁を生み出しシャットアウトですわ。私が戦ってきた魔族たちに比べれば並の使い手ですわね。


「貴様っ!?」

「覚悟はよろしくって?」

「……だが王子は死ぬ。貴様にその氷を融かす魔法は使えまい?」


 あら、この刺客さんは私が魔法音痴であることご存知のようね。ですが構いませんわ。私は棺のように王子を包む氷に近づき、そっと拳を触れますの。


「確かに私はろくな魔法が使えません」


 けれどお父様が言っておりましたわ。――大抵のことは筋肉が解決してくれると!


「シャアッ!」


 全身の筋肉を駆動させて拳を突き出しますと、たちまち氷にヒビが入り陶片のようにバラバラと砕け散りましたわ。


「な」


 言葉も無い刺客さんは放っておきますのよ。気絶した王子様を抱きかかえ池の畔に安置した私は、いよいよ戦うときを迎えましたわ。


「……驚いた。ドゥイナーカ辺境伯の武勇伝は有名だが、娘までこんなバーバリアンだったとはな」

「あら、不適切な表現ですのねぇ」

「バーバリアン呼ばわりが不快なら(しと)やかに死んでほしいものだ、お嬢さん」

「……」


 腹の底から衝動がこみ上げてきますわね。


「エフッ」

「……?」

「エフッ、エフッ」


 哀れな相手を嘲笑いたくなる衝動がこみ上げて来ますわ。さっきの氷割り程度で私をバーバリアン呼ばわりなんて、貴方もよほど育ちが良いですのね。


「これが」


 ――敵前で堂々たるマッスルポーズ


「ドゥイナーカ家が誇る」


 ――腹の底に力を込めて魔力を高め


「筋肉魔法ですわ!」


 私の体は急速に膨張。制服に虎柄のごとく裂け目が広がり、下から鎧のようになった筋肉が顕わになりますわ。


「……オーガ」


 一言だけ呟いて固まってしまった刺客さん。私は破けた袖を破り捨て、破裂した靴も放り出しますと一歩、二歩とにじり寄りますの。骨格レベルで膨張した私からすれば子供のようになってしまった刺客さん。ですが王子様を害そうとしたこの方を許すわけには参りませんわ。


「く、来るな! 冥府の炎よ、この者を」

「口上が長いですわ」


 ――パンッ


 張り手一閃、気持ち良い音が辺りに響きましたわ。刺客さんは砲丸の如く天に舞い上がり、すぐ黒い点になって消えてしまいましたの。


「いけませんわね……」


 私としたことが、つい手加減するのを忘れてしまいましたわ。これでは相手の正体なども聞き出せません。またこんな粗相をしていては淑女失格ですわね。


 けど今はそれどころじゃありませんわ。急ぎ王子様の元へ戻り息を確認。かすかに呼吸をしてらっしゃいますわ。王子様を優しく抱えた私は即座にダッシュ、医務室へお連れ致しますの。


 眠りについている王子様。今はその目を開かないで。こんなゴリマッチョな私は見られたくないから。でも無事で目覚めたら、また素敵な笑顔で魔法院に戻ってきてくださいまし。




ハクバーン④


 一日が過ぎた。僕を襲った暗殺者――ハンスの行方は分からない。僕がどうして助かったのかも謎だ。

 目が覚めたら寝台で寝かされていた。誰かが医務室まで運んでくれたらしいが、その様子を見た者はいないという。


「王子、このような物が見つかりました」


 今は争いのあった現場を検分している。今回は明確な王子への暗殺未遂とあって、宮廷から兵士が駆けつけ調べに当たっている。

 魔法院の女性用制服の破片、及び靴。明らかに現場に第三者がいたのだ。


 僕はどうにか記憶を辿ろうとする。最近そんなことが多いな。

 あの時ぼんやりとした意識の中で、誰かが僕を抱えて運んでくれていた。顔は……思い出せない。ただガッシリとした腕で僕を大事に抱えてくれていた感触が、この身に刻まれている。


(……温かかった)


 女性用の靴などが見つかっているから女性が助けてくれたのだろうか。あんな温もりは幼い頃に母親に抱かれて以来だった。今は亡き母。しかし僕はもう大人だ。男一人抱えて運べる女性など……。


 破れた靴。力で引きちぎられたような跡。いやむしろ内側から弾けたような……。




カチワリア④


 困ったことになりましたわ……。


 私は今日も日課のトレーニングをしにトレーニングルームを訪れましたわ。そうしたら大変、うら若き乙女の方々が一心不乱に汗を流しておりますの。今までほとんど使う人がいなかったのに今は淑女でごった返しておりますわ。


 原因は明白、先日の王子様が発した布告ですわ。


『この破れた靴と同じ物を、足の筋力だけで弾けさせることができる者を探している』


 王子様が示したのは私が先日弾けさせた靴でしたわ。王子様のことで頭がいっぱいだった私、うっかりでしたわ。


 問題はその後、「王子様が結婚相手を選ぼうとしている」だなんて噂が流れたら状況が激変。皆様信じ込んで精力的に肉体を鍛え始めたのですわ。しかも筋力だけでは足りないので筋肉魔法まで研究しておりますの。


「あらぁ、カチワリアさんも良い肉体しておりますのね?」

「お、おほほ。辺境では体を使うことが多いですのよ」

「けど私達も負けてませんわよ!」


 静かにトレーニングができませんわ……。でも考えようによっては、この状況が続けば私が隠れマッチョでも、筋肉魔法の使い手でも、不自然ではなくなるかもしれませんが。


「あら、ハクバーン王子様!」

「……!?」


 誰かがトレーニングルームに入ってくる王子様を見つけると、皆様一斉に顔つきが変わりましたわ。横目で王子様を見つつ鍛錬に励む淑女の方々。まるで獲物を狙う獣のような視線。この状況に王子様も何故こうなったと言いたげな表情。


 ふと私と王子様の視線が合いそうになり、さっと目を伏せますの。まだ靴の持ち主が私だとはバレていないと思いますけれど。

 あれから王子様とは距離を取って挨拶すら交わしておりませんわ。でもそれでいいの。元々私と王子様の縁は交わるものではないのですから。


 そろそろいいかと顔を上げたら。……どうしましょう。王子様がまだ私の方を見ておりましたわ。視線と視線がクロスカウンター。


 私この都に来て贅沢は言いませんわ。でもこの刹那の幸運だけでも放したくなくて、しばらくそのまま王子様の視線を受け止めていましたわ。

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