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暗いアスファルトを踏み鳴らすと、A号線には音が響く。ここまで静かなのは珍しく、今日は邪魔されずにコンビニに行けるかもしれなかった。いつも深夜の四時には家を出るのに、徒歩十分圏内のコンビニのはずなのに、到着するのは九時になる。
「……今日は、いい日だったんだ。久々に休暇も貰えたし、コンビニでは耐死剤に追加して、プッチンプリンを買おうと思っていたんだ」
ぱきぱきと目の前の光景が割れていく。そこだけ局所的にガラスのようで、『発生』の前兆である事は間違いなかった。卵の殻を破るように空間の裂け目から、にょきにょきと人間の手が出てくる。一本、二本、三本……。多いな……。
真っ黒な隙間から『発生』したのは、三匹の胎児の形をした化け物だった。彼らはおぞましくも、自分のへその緒を口に咥えている。ウロボロス、という言葉を思い出した。胴体の半分である下半身は、二本の足ではない。腰の部分からは、腕毛がもうもうと茂った大男の腕が一本繋がっている。
『ぴっ、びい、うきぴぃ、いいい、んあああああああっっぴ、いぴぴ』
どこから聞こえるのかと観察すると、背中の皮が裂けて唇となっていた。そこから発声しているようだが、おおよそ言語とは呼べない鳴き声に過ぎず、何を伝えたいのかさっぱりだ。スマホを取り出し、すぐさま渋沢さんに電話をかける。
「……こちら、島崎。三体の胎児のような怪異体と遭遇」
こういう事態は日常茶飯事で、特に珍しくもない。三等以上の捜索員なら報告なしに戦闘することが許されるが、形状が稀だったりすると通達が必要になる。胎児の形状はレアだが、激レアではない。数秒空いてノイズが混じりはじめ、低いバリトンボイスで渋沢さんが返答した。
『あー、えー通達ご苦労。サンプルとして持ち替えれば良し。出来なかったら駆逐してくれ。えーっと多分、死体は別部隊が回収するから』
「了解。てかこんな悪趣味な怪異体、誰も使わねぇだろ……」
のそのそと三本の手足で寄ってくる赤子未満の怪異体。可哀想だが仕方ない。ネクタイを締めて殺意を固める。どうやらサンプルが欲しいようだし、大部分の欠損は無しでいこう。こういう殺し方はしたくないが……。俺は彼らの足元に集中し、指を向け……。
『刺せ』
突如、信号機が生える。三本のそれらは彼らの腹を貫いた。
『ぴびいいいい!!!ぴい、あっいひ!!い、ぴいひ、ひひいいいぴっ……」
腹から背中の口まで貫かれている。すぐに悲鳴は聞こえなくなった。赤黒い血が電柱をつたって、地面にしたたる。血溜まりがアスファルトを汚していった。それを見ると、いつも憂鬱になる。給料がいいなんて理由で、どうして血みどろの日常に身を置いているのか、自分でも分からない。
何度も殺しているが、どんな形状であれ、元々人間だった生物に攻撃するのは慣れない。
「……アイスも食べよう」
そう決心して、A号線を歩いていった。そういえば休暇が休暇として働いたことなんて一度も無かった。気分が重い生活。買い食いできるだけの自由があって、閉鎖的な地下よりもずっといいが、勿論楽しくはない。ある意味普通で、このまま何の起伏もない人生でも、きっと悪くないと思う。俺はこの程度でいい。
そう、このまま苦労してアイスを食えるくらいが丁度いi「アンドロギュノスッッッッ!!!!!!!!!!!!!!」
「…………えぇ?」
目の前のアスファルトが割れた。いきなり襲った衝撃に体が遅れて驚く。穴の中心には人? ぽい影が見える。土埃で正体は分からない。警戒して観察するが、捉えきれないスピードでここに来たわけだから、戦闘になったら逃走も勝利も無理だろう。
「セックスしてぇ…………」
全裸の男だった。警戒したのがアホらしい。