怒った友達が王太子にいたずらしていて、それを治そうとした聖女は出来なくて恥をかいてしまいました
結局、モブにすらなれなかった平民の私が、これからは一人でやっていこうとしたのだが、強引なエルダとイングリッドの前にあっさりと潰されてしまった。
でも、本当に良いんだろうか? この二人は公爵と侯爵の令嬢と学園の女性の最高峰にいるのだ。二人の兄も当然公爵と侯爵令息だし、なおかつ生徒会長と副会長なのだ。それなのに単なる平民の私が一緒にいて良いものなのか?
でも、そんなの関係ないみたいに、強引に二人に挟まれて、その日も私には敷居の高いAクラスに登校した。
「おはようございます」
クラスに入ると皆二人に挨拶してくるし。
「おはよう」
二人はのほほんとしている。
「おはようございます」
私も必死に返すんだけど、皆こちらはあまり見てくれない。
露骨に嫌な顔出来ないのはエルダとイングリッドがいるからだ。
はあああっ
私はとても気が重いんだけど。
それに、フィル様に会ったらなんて言おう?
一応昨日のことはお礼言ったほうが良いよね。
でも、私をいじめた子もこの中にいるので、あんまり変な言い方するとまたひんしゅく買うし・・・・
私が悩んでいる時だ。
「えっ」
「嘘ーーーー」
「ど、どうなっているの?」
周りが騒々しくなった。
フィル様一行が、いらっしゃったみたいだ。でも、なんか変?
「おはよう・・・・・・・」
私は挨拶しようとフィル様の顔を見て固まってしまった。
「片目パンダ?」
私はフィル様の顔を見て思わず言ってしまったのだ。
フィル様の片目の周りが黒くなっていたのだ。
「ぷっ」
それを聞いて男たちが吹き出した。
「す、凄いアン」
「本当だ。片目パンダだ」
「えっ、いや、ごめんなさい。どうされたんですか。その顔」
「いや、アンさんに近づきすぎだってイングリッドに殴られたんだ」
「えっ、そ、そんな私のせいで」
私は驚くと同時に慌てた。そんな、それって知れたら大変なことになるのでは?
「良いのよ。アン、気にしなくて。悪いのはこいつだから」
そこへイングリッドがやってきて何でも無いことのように言った。
ええええっ。下手したら不敬罪で牢屋域ではないのか?
「あ、あなた、フィル様を殴ったの?」
「だって、こいつにはアンネローゼ様っていう婚約者がいるのに、アンに抱きついたのよ」
いや、ちょっと待って。それ、ここで言うな。昨日いなかったやつもいるだろう。私は焦った。
「アンは私達貴族と違って貴族の男に免疫がないんだから。その純粋培養のアンになんてことしてくれるのよ。そんな女たらしのフィルに天誅を下してやったの」
「いや、お前、さすがにこの片目パンダはまずいだろう」
「ふんっ。こんなか弱い女に殴られるフィルが悪いのよ」
周りは微妙な表情で二人を見ていたが、イングリッドはどこ吹く風だ!
うそっ、そんなので許されるの?
私には信じられなかった。学園皆平等だから、子供の喧嘩として処理されるのだろうか?
「だから、こんな女たらしのフィルは無視して良いからね」
とイングリッドは言い切ってくれたのだ。
それからすぐに授業が始まって、私はフィル様にお礼も言えなかった。
先生達はフィル様の顔を見てギョっとするが、触らぬ神に祟りなしと誰も何も言わなかった。本当だ。許されるんだ。
休み時間はイングリッドがすぐに来るし、昼休みはさっさとイングリッドに連れ出されたのだ。
そして、また、私はエルダとイングリッド兄妹のクロスカップルに対して、ベッティル様とならんでお邪魔虫の位置に座っていた。
「何か大変だったみたいだね」
ベッティル様が私に同情してくれた。
「殿下は皆から狙われているからね」
ベッティル様の言葉通り、今日は私達がいないから、フィル様らは男4人で座っていらっしゃった。それを見て貴族の女どもがお互いに牽制し合っているのだ。
「それに比べて俺は高々伯爵令息だから、そこまで人気無いよ。アンさんが良ければ俺なんかどう?」
ベッティル様が私なんかに声をかけてくれる。他に声なんてかけてもらったことは無いので少しだけ嬉しかった。
「ブブーーー。女たらしのベッティル様はダメよ」
横からイングリッドが断ってくれた。そうか、ベッティル様は女たらしなんだ。
私がそう思った時だ。
フィル様の隣の席に貴族達の隙をついて聖女がさっと座ってくれたのだ。
他の貴族の人達が驚いてと言うかムっとして聖女を見る。
「で、殿下、その顔はどうされたのですか?」
しかし、ピンク頭は他の女性陣など無視して、フィル様に大声で聞いていた。
「しぃぃぃ! 静かに。少し喧嘩をしてしまってね」
フィル様は慌てて誤魔化す。そうよね。まさかイングリッドに殴られてこうなったとは言えないだろう。
「そうなんですか?殿下を殴るなんて、とても勇気のある方ですね」
聖女が殴った人間に感心していた。うーん、イングリッドなんだけど。A組の者は全員知っていたが、黙っていた。
「それよりもパウラさん、貴方のヒールで何とかなるのでは」
「そうでした。殿下、お任せ下さい。このような簡単な傷、一瞬で治して見せます」
女官長の娘の言葉に聖女は自身たっぷりに言った。
「じゃあ、お願いするかな」
「はいっ、お任せ下さい!」
ピンク頭は構えると
「ヒール!」
と言って、殿下の顔に向けて、癒し魔術をかける。
しかし、いくら待っても何も変化はなかった。
「あれ、すいません。もう一度やります」
聖女がそう言って
「ヒール!」
と言うが全く変化がなかった。
「そんな、まさか」
慌てて、
「ヒール!」「ヒール?」「ヒール??」
何回もピンク頭がヒールをかけるが、全くフィル様の片目パンダは消えなかった。
「えっ」
「なんだ」
「聖女と言っても全然力がないのか」
「見掛け倒しなのかしら」
周りの生徒たちが疑問を口に出しだしたのだ。
焦りだした聖女は必死にやるが全然消えないのだ。
「そんな馬鹿な」
聖女が焦っている。
「本当に今度の聖女はこんな傷も治せないなんて、どうしようもないわね」
イングリッドが大声で言う。
「本当だな」
「本当に聖女なのか?」
皆疑問に満ちた視線でその様子を見ていた。
「ちょっと殿下、私急用を思い出しましたので。ちょっと失礼しますわ」
やばいと思ったのか聖女は何と逃げて行ったのだ。
「何あれ、あれで本当に聖女なの」
イングリッドの大きな声が食堂中に響いたのだった。
私もそう思ったんだけど、やっぱり性格が悪いと、ヒールの効きも悪くなるのだろうか?
「イングリッド、お前の仕業だろう」
イングリッドの斜め前に座っていらっしゃるクリストフ様が呆れておっしゃられた。
「あっ、本当だ。俺もやられたことがある」
ベッティル様が言われる。
「えっ、イングリッドってベッティル様まで殴ったのですか」
私は驚いてベッティル様に聞いた。
「えっ、殴られてはいないけど」
「ちょっと待って。アン嬢。ということはイングリッドは王太子殿下を殴ったってことか」
イングリッドの兄の視線が怖いんだけど。
「何言っているのお兄様。アンに酷いことをしたから天誅を下しただけよ」
「お前な。それよりも、午前中、殿下にあの格好で授業を受けさせたんだよな」
クリストフ様は頭を押さえていた。
「今すぐに直してこい」
「ええええ! お兄様。フィルは片目パンダでとても可愛いわ」
「今すぐにだ。でないとお前のバラされたい過去をイェルドにバラすぞ」
「えっ、そんなお兄様・・・・判りました。すぐにやります」
イングリッドは慌てて立上った。
そうか、イングリッドの弱点はイェルド会長か。今度から言われた会長にバラすといえば良いのか。私は良いことを聞いたと思った。
「フィル。聖女があんなじゃ、どうしようもないわね。仕方がないから私が直してあげるわ」
「えっ、ちょっと待て。もっとひどくなるんじゃないだろうな」
胡散臭そうにフィル様がイングリッドを見た。
「良いのよ。信じないなら。今度は両目パンダにしてあげるから」
「判った。それは止めてくれ」
フィル様が手を挙げた。
「仕方がないわね。行くわよ」
イングリッドはフィル様の目に手を当てると
「ヒール」
と高々と声を上げたのだ。
しばらくそのまま手を添えている。
「ん、手をどけないのは何故だ」
アルフが聞く。
「えっ、もっと酷くなったのか」
「酷くするわよ」
フィル様の声にイングリッドがムッとする。
「ほら」
手をどけるとフィル様は元の顔に戻っていた。
「えっ、嘘!」
「ほ、本当だ。イングリッドが癒やし魔術を使えた」
「えええ、本当かよ」
「そんな訳ないだろう」
男どもは驚いていた。
「ふふふ、私が本気を出せばこんなものよ。あんなエセ聖女よりも余程能力はあるのよ」
高らかにイングリッドは宣言していた。
それを聞いていたクリストフ様とエルダは頭を押さえていた。
「えっ、どうしたの?」
「後で教えてあげるわ」
エルダが呆れて言った。
後で教えてもらったのだが、イングリッドは水魔術でフィル様の目の周りに色をつけていたのだ。だから、いくら聖女がヒールしても効かないわけだ。そして、最後にイングリッドはヒールと叫んでフィル様につけた色を消したのだ。
これを知らない他の面々はしばらくはヒールの能力はイングリツドの方が聖女より上だと思ってしまったのだった。聖女のメンツが地に落ちた瞬間だった。





