閑話 暴走してしまった王太子
エピローグの少し前のお話です。
ブルーノをなんとか逃走させて、意識を取り戻してから私はどんどん良くなってきた。
もっとも、ブルーノにやられた傷は即座にヒールで治したので、元々寝ている必要はなかったのだ。
エルダとかイングリッドが大事を取れと言うからベッドに横になっているだけで。でも、それ以上にやらなければいけない仕事はあるはずだった。
今はイェルド様とクリストフ様、それにフィル様を中心に回してくれているみたいだけど。
「エルダ、あなたの公爵家、あなたとイェルド様、二人共出てきてよかったの?」
私は気になって聞いていた。オールソン公爵家の子供はエルダとイェルド様の二人しかいないのだ。二人共公爵家と縁を切って出てきたってそれで公爵家は良いのだろうか?
「アンはそんな事は気にしないで良いのよ。私達がいなくなっても親戚から養子を取れば良いのだから」
「でもそれじゃ、お父様もお母様も納得されないでしょう?」
「父はどうでもいいわ。私の親友のアンの危機を教えてくれなかったんだから。私は絶対に許さないんだから」
エルダは公爵様には怒っているみたいだだった。
「私が出てきても、兄は残ると思ったのよ」
「なんでイェルド様は出て来られたの?」
「私達が何するか判らなかからですって」
ブスッとしてエルダが言った。
「それだけ心配されているということじゃない」
私が言うと
「イングリッドが心配なのよね。とんでもないことするから」
訳知り顔でエルダが言うんだけど・・・・。
「何を人のせいにするのよ。あなたも人のことは言えないでしょ」
入ってきたイングリッドが言った。
「そんな事ないわよ。あなたと比べたら天地雲泥の差よ」
「よく言うわね。クリスティーン様と同じ甲冑着て戦おうとしたくせに」
「当然のことでしょ。アンのために戦おうとしたのよ」
「甲冑の重みで潰されて、歩けなかったのに?」
馬鹿にしてイングリッドが言った。
「慣れなかっただけよ」
「よく言うわね」
ムッとして言うエルダに、呆れてイングリッドが言った。
「私、兄からは絶対にエルダに鎧は着せるなって言われているんだけど」
「よく人のことが言えるわね。家から宝剣を持ち出そうとして家の壁に穴を開けたのはイングリッドじゃない」
エルダが逆襲した。
「ちょっと、手が滑っただけよ。壁に小さな穴が開いただけじゃない」
「へええええ! どうしたら、屋敷の壁に穴が空くのよ」
「ふんっ」
二人はお互いに睨み合った。
「あっ、いたいた、エルダ、クリストフが呼んでいたぞ」
そこへフィル様が入って来た。
「えっ、クリス様が」
「なんでも、鎧がどうのこうのって言っていたけれと」
「ちょっとイングリッド、クリス様になにか余計なこと言ったのね」
エルダが憤怒の形相でイングリッドを睨みつけた。
「何も言っていないわよ」
「良いわ。クリス様にイングリッドのこと色々聞くわ」
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ」
エルダの後を追って慌てたイングリッドが飛び出していった。
「あの二人は相変わらずなんだな」
「そうみたいです」
フィル様の呆れた顔に私は思わず頷いた。
フィル様はそんな私を見て、姿勢を直した。
「アン、ブルーノの攻撃に間に合わなくて君を守れなくて申し訳なかった」
フィル様がいきなり謝ってくれたんだけど。
「それは仕方がないですよ。私達が転移していったんですから。それを追いかけるなんて不可能です」
「でも、俺は君を守りたかった」
「そう考えて頂いただけで、私は嬉しいです」
フィル様の真剣な声に私は喜んでいった。
「アン、俺はぜひとも君の力になりたい」
更にそうフィル様は言ってくれるんだけど、
「有難うございます。フィル様。でも、オースティン王国の王太子殿下であるフィル様を、これ以上危険な目に合わせるわけには行きません」
私は思っていたことを言った。
「何を言っているんだ。アン。俺はとっくに、オースティン王国の王位継承権は放棄しているんだ」
「えっ、そうなのですか? クリスティーン様からはフィル様お一人がオースティン王国の地位にしがみ、いえ、そのままだとお伺いしましたので」
「あいつ、余計なことを」
「なにかおっしゃいましたか」
フィル様の言った事がよく聞き取れなくて私は聞き返していた。
「いや、何でも無い。だからここでアンに見捨てられても俺は行くところがどこにもないのだ」
「でも、そんな、ブルーノの力は絶大ですし、私達で勝てる保証はなにもないのです」
「そう、敗けたら私も行く場がないのは君と同じだ」
フィル様はそう言い切るんだけど。でも、隣国の王太子にそんな危険なことをやらす訳にはいかない。
「でも、フィル様」
「アン、俺は君の婚約者だ。君が命がけの危険を犯す時に私が傍に居なくてどうするんだ」
フィル様は私を見ていってくれるんだけど。それはとても嬉しいけれど、私はフィル様が好きだ。だから、フィル様には安全な所にいて欲しい。
「でも」
「死ぬ時は一緒だよ。アン」
「えっ」
私はその言葉に固まってしまった。フィル様にそこまで思ってもらっていると知って私は嬉しかった。しかし、
「でも」
「デモは禁止だ。俺は今まで王太子としてきた実績がある。ぜひともアンネローゼ殿下の補佐官として君の役に立ちたい」
「でも・・・・」
私は更に心を鬼にして断ろうとしたのだ。とても嬉しい申し出だったが、愛しのフィル様を危険に晒す訳にはいかない。
そう言おうとした私の唇をフィル様がキスで塞いでいたのだ。
そんな、嘘ーーーー。
私は真っ赤になってしまった。
それも今回は長い。
フィル様に両肩をしっかりとつかまれて私は逃げられなかった。
頭がぼうーーーっとしてくる。
「アン、君が好きだ。だから俺を見捨てるようなことは言わないで」
私は呆然と、フィル様を見た。
その私の唇が再度フィル様に奪われたのだ。
私は何が起こったかもよく判っていなかった。
そして、そのまま、もつれ合うように、フィル様は私を押し倒したのだ。
ええええ!
ベッドの上にフィル様に押し倒された・・・・私はあまりのことに頭が完全に回っていなかった。
フィル様に何度も唇を吸われて私は完全に呆けてしまっていたのだ。
そして、その時だ。
ダーーーーン
という音と共に
「フィル、クリス様は呼んでいないって・・・・・」
扉を蹴り開けたエルダが、ベッドの上の私達二人を見て固まってしまった。
「ええええ!」
後ろから駆け込んできたイングリッドも固まってしまっていた。
「いや、イングリッド、これには訳が」
慌ててフィル様は言い訳しようとしたが、
「ちょっと、フィル、何、病人のアンを押し倒しているのよ」
我に返ったイングリッドはフィル様を私の上から弾き飛ばしてくれたのだ。
「ちょっとアン、大丈夫」
私は呆けたようになっていて、返事も出来なかった。
直ちにフィル様は私の部屋から叩き出されて、怒り狂った二人によってしばらく私に会うこともままならなくなってしまったのだった。
現在 続編どうするか考案中です。
しばしお待ち下さい。





