演劇は努力賞しか取れませんでした。
その日は私は初めてフィル様にキスされて、のぼせ上がってしまった。
その後に、言われたこともよく覚えていなかった。
ぼうっとしているうちに終わってしまったのだ。
母さんは男爵様と翌日の早朝には王都から帰るとのことで、その日の夕方には王都の屋敷に帰っていった。
「母さん元気でね」
「アンも元気で」
私たちは言葉をかわし、
「母をよろしくお願いします」
と私は男爵様に頭を下げたのだ。
私は母の馬車が遠くなって見えなくなるまで、見送っていた。何故か見送らなければ行けない気がしていたのだ。虫の知らせだったんだろうか?
メルケルらも取り敢えず、疫病の流行る伯爵領に様子を見るために帰るということで、私は殆ど話す暇もなく、翌朝メルケルらは旅立っていった。
もう少し、親身になって色々相談に乗ってあげれば良かったと後悔したのは、後になってからだった。
国境の町に疫病が流行りだしたのが、あっという間に皆に伝わってしまって、一年生で演劇を終えたものは取り敢えず、自分の領地に一旦戻るものが多かった。
イングリッドとエルダは学園祭の最終日まで一緒に居て、その後家族で領地に帰るとのことだった。
二人の領地は王都から1日もかからずに帰れるから、そんなに離れていないけれど、それでも、下手したら来週は居ないかも知れなかった。
私は学園祭の間は、エルダとイングリッドと一緒に模擬店周りや、二人のお兄様達の演劇を見た。
3年生の演劇はシンデレラをモチーフにしているみたいで、素晴らしくて、到底私達の演劇が太刀打ちできるとは思えなかった。結構この世界でも前世の物語があるのだ。ゲームの製作者の影響だろうか。ならば赤毛のアンの物語もあるのではないかと思ったのだが、よく考えたら汽車のない世界で赤毛のアンの話があるわけはなかった。
ヒロイン役は3年生の伯爵令嬢で王子役のクリストフ様に抱きついていたので、エルダが切れていたのだけど・・・・。それを抑えるのに大変だった。
うーん、フィル様は元気にしているだろうか? ピンク頭に抱きつかれていないだろうか? エルダの反応を見て私はふと心配になったのは秘密だ。
演劇の結果発表は最終日の後夜祭の前に発表された。
今回は疫病が流行ったということで、陛下の出席は見送られて学園長が発表した。
「見てて、絶対に一位だからね」
イングリッドの自信はどこから来るのだろう? 私には到底信じられなかった。
「3位、2年A組」
パチパチパチパチ。二年A組は自信があったようで、3位に不満そうだった。
「2位、3年B組」
「やったぜ」
「くっそう」
悔しがる声と喜びの声と半々だ。
「これで一位が決定したわ」
イングリッドが自信満々に言うんだけど。
「第一位は3年A組」
その発表にイングリッドはずっこけていた。
「何故なの? 私達あんなにやったのに、絶対にフィルのせいよ」
イングリッドは切れていたんだけど、クウォリティも演技力も何もかも3年生には勝てていなかったと思うけれど。そもそも私をヒロインに使うのが間違いなのだ。
「そして、今回の演劇で大いに皆を笑わせてくれた1年生A組には努力賞を贈らせていただきます」
「良かったじゃない。賞が取れて」
学園長の発表にエルダが言うんだけど、イングリッドは仏頂面だった。
「おめでとうございます」
イングリッドが喜んだのは表彰台でイェルド様と話しているときくらいだった。
後夜祭のパーティーは我がクラスは残念会の様相だった。
と言ってもヒーローの二人共いないし、盛り上がりには欠けたが。
私もフィル様が居ないので少し寂しかった。
いつも突っかかってくるB組も傲慢王女とピンク頭がいないので静かなものだった。
「アン、父が呼んでいるから少し領地に帰るけれど、帰ってくるまでは学園で大人しくしていてね。王宮の訓練もこの土日はお休みでしょ」
エルダが言ってきた。
「うん、しばらく、二人がいないのが寂しいけれど、学園できちんと勉強しているわ」
私は答えた。
盛り上がりに欠けたパーテイーは適当な所でお開きになった。
A組の女性陣はイングリッドの部屋で夜遅くまで騒いでいたのだが・・・・。
翌朝、貴族たちが家に帰ると寮はガランとしていた。
領地に帰ったものも結構いたのだ。
ぽつんといるのも何だから、私は王宮のガーブリエル様の所にヒールがこの疫病に使えるかどうか、聞きに行こうと思ったのだ。
早速、魔術の塔の前の広場に転移する。
しかし、そこにも誰もいなかった。
魔術の塔の中に入るといつもいる魔術師団長もいなかった。
「アン、どうしたんだ。今日は休みじゃなかったのか」
知り合いの魔術師が声をかけてきてくれた。
「ちょっとガーブリエル様に聞きたいことがあって」
「ガーブリエル様はここ5日くらい見ていないぞ。魔術師団長と一緒に出ておられるみたいだけど」
「そうなんですか」
私はがっかりした。せっかく来たのにいらっしゃらないなんて。
フィル様がいればお邪魔するんだけど、視察に行っておられていない。
無事なんだろうか?
気になるけれど、聞けるような人はいないし、と思ったら偶然会いたくもない女官長にばったりと出会ってしまったのだ。
「これはこれは、アン。最近陛下にまで認められてつけあがっていると噂に聞いていたけれど、本当に我が物顔で王宮を練り歩いているのね」
早速嫌味を言ってくる。
「女官長様に置かれましてはご機嫌麗しう。女官長様の娘さんも元気にやっていらっしゃいますか」
私は聞いた。そう言えば娘も聖女について行っているはずだ。
「娘は一生懸命やっているようよ。殿下は聖女様と隣国の正当な王女様と一緒に、色んなお仕事をされていらっしゃるようよ。遊んでいるあなたとは違うわね」
「現地はけっこう大変なのですか」
思わず私が聞くと、
「さあ、極秘事項を関係のないものに話す訳にはいかないわ」
女官長が言うんだけど、その言葉の端々に棘があるんだげど。
「私は学園にいるようにと殿下に言われましたので」
「まあ、何も出来ないものが現地に行っても仕方がないものね。こうはしておられないわ。私も暇な学生さんのお相手をしている暇はないのよ」
女官長はそう言うと慌てて去っていった。
私はフィル様が元気にやっている事を確認できて、ホッとした。
でも、ホッと出来たのはこの時までだったのだ。
ここまで読んでいたいてありがとうございます。
次話から山場です。
明朝更新予定です。





