母と食事している所にフィル様が現地に聖女らと行くことが決まったとお別れを言いに来られました。
フィル様らが王宮に行った後、私は取り敢えず、予定通り母と食事をすることにした。
学園の直ぐ側に生徒の親が来た時に泊まれる小綺麗なホテルがあるのだ。メリーに相談してその食堂を予約したのだ。
まあ、平民の私達でも、少し贅沢をすれば届く価格かないう感じのホテルだった。エルダとかイングリッドと違ってさすがメリー、庶民の感覚が判っている。
そこに母と一緒に歩いて行った。ホテルは校門を出たすぐのところにあった。
こじんまりしたホテルだった。そこそこの貴族は王都に屋敷があるから必要ないし、平民の親用のホテルなんだろう。今日は学園祭ということで満員なのだそうだが、普段は空いているそうだ。
今日はレストランもそこそこ混んでいた。
「どうだい、学園は?」
「うーん、最初はクラスにお貴族様しか居なくて驚いたけれど、なんとか慣れた」
「だから言っただろう。学園なんて行ったら大変だって」
母がそれ見たことかという感じで言うんだけど。
ひところは頑なに私の侍女としてしか話してくれなかったのだが、イングリツドの母が色々言ってくれたみたいで、最近やっと昔のように話してくれるようになったのだ。
「まあ、でも、あなたはもとはそういうところで生活していかなければいけない人なんだから」
母がボソリと言った。いけない。これは母が侍女モードになる前触れだ。
「何言っているのよ。私は母さんの娘の平民のアンなんだから」
私はそういうと、出て来た食事を食べだした。
出てくる食事は美味しかった。
食事を取りながら私たちは色んな話をした。領地のことも。マーヤさんの所でまた、子供が出来たこと、男爵様のところの新しい庭師の話。新しい侍女が入った事。男爵様のところのりんごをもらったらとても美味しかったことなどなど。
「今回持ってこようかとも思ったんだげと、荷物になるから、また送るわ」
母が楽しそうに話してくれた。なんか男爵様の話題が多いようなきがするんだけど、気のせいだろうか。母と男爵様は王立学園の時からの知り合いみたいだし、この16年間私を匿ってくれた仲なのだから親しくしているのも当然なんだけど。
「それよりも、お前は殿下とのこと、それでいいのかい? 今まで貴族らしい生活をほとんどさせていないから、王宮で生きて行くのは大変なんじゃないかい」
母が私を心配して尋ねてくれた。
「でも、立ち居振る舞いはきっちり出来ているって言われているから、母さんの教育の賜物よ」
私が笑って言った。
「陛下はああおっしゃってくれたけれど、色々あるんじゃないかと思うんだけど」
母はなおかつ心配して言ってくれた。
「それはあると思うわ。王妃様はまだ反対みたいだし」
「いざとなったら帰っておいでよ。母さんの元へ」
「でも、母さん。母さんも私の事よりもそろそろ自分のことを考えたら」
「えっ」
私の言葉に母は驚いた顔をした。
「男爵様とうまくいっているんじゃないの?」
「な、何を言うのよ。ヤーコブ様は昔からのお付き合いある方で、アンネ様のご友人だから」
母はしばらく固まっていたが、慌てて釈明しだした。
「でも、ガーブリエル様に必死にヤーコブ様を治してほしいってお願いしたって聞いたわ」
「それはヤーコブ様が私を庇って攻撃されたから」
「それはそうだけど、男爵様も母さんを庇うほどには愛してくれているはずだし。もう私の事は気にしなくていいのよ。母さんも自分の幸せを選んでほしいの」
「そんなわけには行かないよ。あなたはアンネ様から託された大切な娘なんだから」
「私の事は気にしなくていいのよ。最悪、行くところがなかったら王宮魔術師になるから。ガーブリエル様からもヴィルマル様からも誘われているから」
「ちょっと、アン、何、俺から逃げようとしているのかな」
その時、不意に後ろから声をかけられた。
「フィ、フィル様」
私達は慌てて立上った。周りも騒然とする。王太子がやってきたから、驚いたのだ。皆、改まって、フィル様と私を見た。
「王太子殿下じゃないか。一緒にいるのは誰よ」
「アンネローゼ様よ。スカンディーナの元王族の」
ささやき声があちこちで上がる。
「ちょっと、外に出ようか」
周りの注目を浴びて私は頷いた。
「シャーリーさん。申し訳ないですが、アンを少しお借りしますね」
フィル様は母に断ると私の手を取って外に連れ出してくれた。
「アン、申し訳ないが、国境にて疫病が流行リ出したようだ。スカンディーナから入ってきたらしい」
外に出るなりフィル様が言った。
「ヴァルドネル伯爵領にて流行っている疫病ですか」
「そのようだ。聖女と隣国の王女といっしょに行くことになった」
「テレーサ様とですか」
私は驚いた。聖女が行くのは判るが、隣国の王女が何故一緒にいくのだ?
「何でも、侍女が視察に行って感染したらしい」
「侍女がですか」
「自国ではやっているので、気になって国境の街に見に行かせたらしい」
「そうなんですか」
なんか、ちょっと変な気がするんだが、気にするところではないのだろうか?
「それに開発途上の薬も持っているらしい。役に立てばということだが」
「それならば私もご一緒してはいけませんか。役に立つことはあると思います」
私は申し出た。後ろにいて、心配するのは嫌だし、ヒールも使えるので最悪なんらかの役に立つかもしれない。
「でも、アン、それは危険だ。俺としてはここで待っていてほしい」
「でも、聖女も隣国の王女も一緒に行かれるんですよね」
「それは大丈夫。二人とは一緒には居ないようにするから」
フィル様が言うんだけど、そういう問題ではなくて・・・・
「いや、でも、それは難しいのでは」
「出来る限りそうする。だからアンはここで待っていてほしい」
フィル様に目を覗き込まれて頼まれたらそれを断るのは難しかった。
仕方なしに私は頷いた。
「でも。アンが嫉妬してくれてとても嬉しい」
「えっ、嫉妬じゃなくて、フィル様のお役に立ちたいと思っただけ・・・・」
私の言葉はフィル様が突然頬に口づけしてくれたことで凍ってしまった。
ええええ! フィル様が口づけしてくれた。嘘ーーーー!
ファーストキスだ。それもいきなりだったので、真っ赤になって私は完全に固まってしまったのだ。
「アンのその言葉だけで十分だよ。絶対に無事に帰ってくるからちゃんと待っていてくれるかい」
「はい」
私は消え入りそうな声で応えた。
私は本当に幸せだった。
しかし、この時、私は無理やりにでもついていけばよかったのだ。そうしたらあんなことは防げたかもしれないのに・・・・。
そう、この時、私はあまりにも幸せすぎて、頭がよく回っていなかったのだ。
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