ミミとククの出会い
拙作の各種宇宙シリーズのネタバレ。
鉄拳ラビシリーズの重要人物である、ミミことミ・モルガンと警察署長の前日談。
ですが、別にシリーズを知らなくても読める内容です。
「あー……やっちゃったかぁ」
荒野のど真ん中。
見渡す限りに壊れた機械やその破片が飛び散り、一部は地面にもめり込んでいる中。
生きる人間など誰もいないと思われるその中で、ぼろぼろの人間がひとり空を見ていた。
彼女──ヘルメットのようなものをかぶっていて容姿はわからないが、小柄な女性だろう事がうかがえる──。
「ああうん、置き去りよね……そりゃそうか」
空はただの青空だが、彼女の目にはその空の向こう──撤退していく友軍の艦隊が見えているようだった。
見捨てられた?
いやいや違う。
本来、墜落程度では壊れるわけもない、乗組員の生存データを送る装置を止めてあったのだ。
他ならぬ彼女自身が……まぁ「隠れるため」という理由はあったのだが。
つまり、ぶっちゃけると今の状況は自業自得であった。
「誰も生きちゃいないのに、助けがくるわけないもんね……ウフフ」
とんでもない大失態なのだけど、彼女はそれを別に悔やんではいなかった。
「ふう……まぁいっか、ちょっと疲れちゃった」
そういうと彼女は、そのまま目を閉じた。
猛獣などがいる地域ではないが、食料も何もない過酷な荒野のど真ん中……このままいれば暑さか寒さ、あるいは飢餓が彼女の命を奪うだろう。
だが元々彼女は事情があり、生存への執着が弱い。
彼女は気にした風もなく、やがてそのまま眠ってしまったのだった。
◆ ◆ ◆
どこまでも続く青空を、一機の救命艇が飛んでいた。
そのサイドにはこの地方の文字で『ロディアーヌ警察』と大きく書かれている。
「生存者がいるって本当なの?」
「無人偵察機が人間をとらえたのです、生命反応もありますし間違いありません」
「よりによって有人艦載機だったのね……そりゃあ、警察に連絡もくるわ。
戦闘ドロイドの可能性は?」
「そっちの可能性があったら、うちでなくルークに通報されたでしょうね。
実際、発見した偵察機も廃品回収業者のものですし。
人間と判明したから、これは警察の領分と考えたそうです」
「人間でも軍人だったらルークの範疇でしょうに……あいかわらずね彼らは」
「まぁ明らかに軍人なら、改めて彼らに任せればいいだけですからね。
彼らの探査チームや廃品回収業者では、けが人の扱いに限界がありますし」
「すみわけを勝手に決めるなと言いたいのよ私は。
まぁいいわ、念のために無力化の準備を」
「できてます」
「上等!」
それからしばらくして。
「所長、反応ありました!あれです!あのスクラップの右下!」
「えっと……ちょっと待ちなさい、なんか小さくない?」
「間違いありません、あれです!」
「……他にはいないのね?」
「はい」
「わかったわ、おろしてちょうだい」
重力制御で飛ぶ救命艇は、静かに空中に停止した。
そして、小型ユニットを背負って救命胴衣をつけた二人の人間が、ゆっくりと降下してきた。
ひとりは女で、もうひとりは男。
服装から女の地位はおそらく高いと思われた。
「動かないわよ?」
「バイタルは正常、眠っているだけのようです」
「そう」
たぶん女だろう──だが小柄すぎる。
全身を赤いボディスーツで固め、さらにフルフェイスのヘルメットまでつけている。
おそらく高層空軍または宇宙軍の気密服だろう。
「まさか、子供を戦場に送り込んだというの?」
「スティカはそんな事する国じゃありませんよ。単に小柄なだけかと。
波長変わりました、覚醒するようです」
「……」
ビクッと動いた赤い女は、顔をあげて──おそらくふたりを見た。
二人連れの女の方が、スティカ語で話しかけた。
『大丈夫?言葉はわかる?』
『……ちょっと待って。今、ヘルメット解除する』
かわいらしい声で返答がきたかと思うと、ヘルメットが解除され、畳み込まれるようにどこかに消えてしまった。
女たちが持たない謎の技術だったが、そんな事はどうでもいい。
「まさか、本当に子ども!?」
「あらかわいい、素敵な美少女さんね」
思わずロディアーヌ語で感想をもらした二人だったが、
「ン……ロディのこトバ、イト……少し」
『あらごめんなさい、でも無理しなくていいのよ?
あなた、お名前わかるかしら?どこから来たのか言える?』
尋問のためでなく、脳の異常などを確認するための問いかけだった。
赤い娘は、少し悩んだ末に言った。
『一応言っておくけど、これでも結婚経験あるわ。子ども扱いはやめて』
『あらごめんなさい、気を付けるわ。それでお名前は?』
『名前……メヌア』
『メヌア?それがあなたの名前?』
『そう、メヌア』
聞き取ってから女は男に目を向けたが、男が眉をしかめた。
「おかしい、スティカ人の名前とは思えません」
「どうして?」
「スティカ語のスラングで、メヌアはおしりの……えーと、あまり女性の前でいうべきでない言葉になります」
「あらら」
そうなのと苦笑する女。メヌアを名乗った娘はためいきをついた。
「わたし、スティカ人……違う」
「え、スティカ人じゃない?」
あーうーと困ったように唸ったあと、娘はスティカ語で説明してきた。
『メヌアはスティカに来る前にもらった名前。
戦役でそこが滅びて、スティカに拾われた』
『そう。スティカではお名前もらわなかったの?』
『リアって呼ばれてたけど、でもそれスティカにいる猫の名前』
『それは』
それは偽名だと言っているようなものだった。
『ちゃんとしたお名前をもらわなかったの?』
『もらう前にこれに乗り込んだ』
そういって、壊れたデバイスをゆびさした。
『乗り込んだ……つまり戦いのためにこれに乗ったわけではないのね?』
『わたし、軍人じゃない』
『ではどうして?』
『変なひとに追いかけられた』
「……あー」
困ったように言う自称メヌアに、女は眉をしかめた。
「どうします?」
「うちの警察法だと、こういう場合は本部送りになるわ」
「本部て……ロディアーヌの外ってことですか?」
「そりゃそうよ。
うちはたしかにロディアーヌの警察として独立しているけど、法的には今でも中央警察の出張所なのよ?
政治的にややこしい案件は中央送りになってしまうわ」
ふむ、と女は娘を見て、そして「うん」とうなずいた。
『ねえあなた』
『なに?』
『あなた、うちの子になる?』
『──え?』
ぽかーんとしている娘に、女は続けた。
『私はク・モルガン。ロディアーヌ警察署長よ。
それで状況を簡単に説明するとね。
あなたの立場がハッキリしない場合、あなたを中央に送らなくちゃいけないんだけど……私たちロディアーヌ警察は独立系で』
『この星の中央?連邦の?』
「……そうよ」
連邦、という言葉で娘が眉をしかめた。
ふたりは「ああ」と納得顔、そして安堵もした。
少し複雑な事情があるのだが、娘が反連邦なら中央に送らない理由ができた。
この星の中央は連邦にズブズブなので、娘の人権確保を理由に渡さない、という選択肢がとれるからだ。
ならば、あとは娘の立場だけだった。
『それで提案なんだけど、私の身内って事にしてしまうわ。
遭難者を見つけたけど、私の遠縁らしいと会話でわかったから保護したと』
『……』
娘はポカーンと女たちを見て、そして苦笑した。
『こじつけ』
『そうよ、こじつけよ。
でもこんなもの、書類ができてしまえばどうにでもなるわ』
『おひとよし』
『悪かったわね。いい子にはそれなりの報いがあるべきと思うだけよ』
『……わたし、いい子じゃないよ?』
そういいつつも、娘の顔は「驚き」から、だんだん「喜び」にかわりつつある。
そして、それに気づいている女たちも便乗してくる。
『うんうん、スティカの船を勝手に使ってここまで来たみたいだしね。それなりに罪はあるのよね。
まぁ、せっかく補導するんだから、そういう手癖の悪いとこはウチでじっくり直してあげるわ』
『……そう、じゃあひとつだけ条件がある』
『条件』
『名前、ちょうだい』
『名前?』
『そう、名前』
そういえば、目の前の娘の名前はメヌア……スティカではもちろん、ここロディアーヌでも女の子の名前としてはちょっと下品すぎる。
女は少し考え、じゃあといった。
『じゃあ、あなたの名前はミ・モルガンにしましょう』
『……モルガン?』
『なに、私の妹なんだから当然でしょ?
それにこれは正式名称であって、呼称は違うわ』
『え?』
だが、娘は反応したのは名前の方ではなかった。
『……妹?』
『そうよ』
『……わたし、が?』
『ええ、そうだけど……妹はイヤ?』
『ううんううん、イヤじゃない!』
その反応にふたりは強い違和感を覚えた。
娘は自分の立場や名前より「妹」という属性に強い関心を持っているようだった。
……実のところ、彼女は故郷で六人もいる姉妹の長女だったし、いつの時代も年長者としての立場を与えられてきた経緯があった。
そう。
『妹』扱いなんて、彼女の長い長い人生の中で、生まれてはじめての事だった。
『……』
『それで、どう?』
『わかった……妹、なる』
『そう?きてくれる?』
『うん』
そういうと、娘は女の服をつかんだ。
それが二人の。
後にミ・モルガンと名乗るようになる「最初の銀の娘」と、ロディアーヌ警察署長ク・モルガンの出会いだった……。
ミミがミミと呼ばれる理由になった事件です。
彼女は当時、初来訪ではなかったのですが、ロディアーヌ語が苦手なのをいい事に、初来訪って事にしています。
軍人でないのは本当の事ですが。
そもそもミミはスティカでは無職、あるいは技術者、でなきゃ専業主婦だったので。