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妖刀相続

作者: 高天美稲

「妖刀鑑定」の専門家とその弟子の、妖刀鑑定の顛末は。

「日本刀」をテーマにした小説の習作です。

 「大きい家ですね。三方先生、今回はここの人が依頼主ですか?」

 古めかしくも、手入れの行き届いている大きな門の前で、山下は隣にいる和服の男にそう言った。


 「昨日、依頼があってね。急ではあったが、ちょうど暇な時でよかったよ」

 三方と呼ばれた男は、頷いてから答える。


 「宗像孝蔵、氏……不動産業で有名らしいですね。なんでも戦後、一代で成功を収めたとか」

 山下が表札の文字を読みあげながら話す。


 「ああ。最近亡くなったとは聞いているけどね」

 「さすがですよね……。その名に恥じない構えの家、ってところでしょうか」

 「…………」


 不意に、三方が黙りこんだ。


 「……先生?」

 「……山下君」


 二人の言葉が重なった。

 山下が顔を向けると、三方がやや強い視線でこちらを見ている。


 (……まずい)


 山下は思わず身を固めた。

 これは間違いなく、気難しい雇用主が小言や注意をする時の態度だ。


 「今回、我々は『鑑定』のためにここに来ているんだ。物見遊山で出向いているわけではない……それは、分かっているよね?」


 声音はどこまでも穏やかなのに、どことなく威圧するような気配を放っている。


 「あ……はい」


 さすがの山下も、黙るしかなかった。


 「……分かればいい。では、呼び鈴を鳴らすよ」




 三方と山下が通されたのは、十畳ほどの和室だった。


 (……空気が違うな……)


 純和風の造りであるだけでなく、庭の造りや室内の調度品の配置は完璧に近いほどに調和が取れており、そのせいなのか肌に触れる感覚も外のものとはあきらかに違っている。


 (この屋敷を買い取って、今のように直したのが前当主だったか……)

 山下は可能な限り調べあげた「顧客」の情報を思い出す。


 (……旧士族出身の実業家で戦時中は内外の事業でひと財産築きあげ、戦後の混乱を切り抜けた後に買い上げた旧華族の邸宅を改築し、自身のコレクションを蒐集したとか……)


 「顧客のことは深く知ろうとするな」。


 雇い主兼師匠の三方からずっと言われていることだ。

 とはいえ最低限調べたことでもついつい考えてしまうのは、仕事上で身についてしまった「悪癖」かもしれない。


 (『成り上がり』と陰口を叩かれることもあったようだが、本人は相当な教養もあったらしいし、ただの『成金』じゃなかったってことか……)


 ふと、そんなふうに思い巡らしたとき。

 

 「――お待たせして申し訳ありません」


 奥の唐紙が開く音がして、二十代半ばと思われる女性が室内に入る。


 「今日はお忙しい中、お越しいただきありがとうございます。私、宗像の孫の玲子と申します」

 言いつつ女性が向かいに端座し、一礼した。


 「お祖父様が亡くなられて、今日で二週間でしたね……。お悔やみ申し上げます」

 三方が頭を下げ、山下もそれに倣う。


 (宗像玲子。……孝蔵氏のご長男の一人娘か)

 頭を上げたところで、山下は向かいの女性の顔をそろりと見る。


 「恐れ入ります。……昨日の今日でお願いすることになってしまいまして」

 玲子と名乗った女性は恐縮したように目を瞬かせるが、


 「本当はもう少し落ち着いてからご連絡をと思っていたのです。ただ、その……」

 言いかけたところで、口をつぐんでしまう。


 「祖父が私に遺した刀が、その……『妖刀』だと聞きましたもので……」

 「お祖父様が貴女に託された刀が、ということでしょうか?」


 三方の問いに、玲子は首を縦に振った。


 「ご存じかもしれませんが祖父は生前、古いものをよく集めていました。私も子供のころからよく、色々なものを見せてもらったものです。例の刀もその時に見せてもらったのが最初でして、由緒がある刀とだけ、教わっていました」


 「『妖刀』だとは聞いていなかったということですか?」

 「はい。特にそういう話は聞かなかったと思います」


 答える彼女の様子に、揺らぎはない。


 「いつ、『妖刀』だとお知りになったのでしょう」

 「祖父が亡くなって、遺言で私に渡すと伝わってからです。その時に親戚の一人が『それはいわくつきの妖刀だから、手放した方がいいのでは』と話しておりましたので……。念のために刀の由来を調べてみたのですが、確かに持っていた人が非業の死を遂げたとか、そういった伝承があるらしいということを知りました。そしてその過程で、三方先生のお名前を聞いたのです。妖刀を専門に鑑定されていて、お引き取りもなされるお方だと」

 「なるほど。それで私に」


 三方はそこで、合点がいったとばかりに頷いた。


 (親戚、ねえ)


 山下は内心、そうこぼしていた。

 祖父が亡くなった今、宗像家の遺産の大半は玲子の父親が相続することになっている。

 しかし、祖父の「コレクション」に関しては今も一部は相続だか所得だかの権利について親族間で「話し合い」が行われているらしい――というところまでは、山下はどうにか情報として把握していた。


 (『妖刀』の相続はこの人に指名されたってわけか。で、その刀の価値を見積もっている親戚の誰かが、詳細を知らない彼女に焚きつけている……そんなところか)


 なんにせよ。とんだ相続争いと言わざるをえなかった。


 「それで……貴女は、どうなされたいとお考えですか? 手放したいか、そうでないか」

 「私がどうしたい、ですか?」

 「ええ。『妖刀』であっても手元に置きたいのか、ということです」

 「…………」


 玲子は視線を落とした。膝の上に置かれた両手が、ぎゅっと拳を作るように握られている。


 (……そりゃあ、そうだよな。彼女が持ってる『妖刀』を、親戚が虎視眈々と狙ってるんだから)


 ――が。

 しばらくすると、彼女は顔を上げ、真っ直ぐに三方を見つめた。


 「手放したくありません。祖父はこれを大切にしていました。なので、託された以上はきちんと持っていたいのです。……祖父のようにはできなくても」


 しばし、三方と玲子が見つめ合う。

 先に視線をそらしたのは、三方だった。


 (……お?)


 三方がそのような仕草をするのは滅多にない。


 「わかりました。でしたら、拝見しましょう。刀を、こちらにお持ちいただけますか?」

 「ありがとうございます。……部屋にありますので、取って参ります」




 「お待たせしました」

 そう言って彼女が持ってきたのは、一振りの日本刀だった。


 「触っても、よろしいですか?」

 「どうぞ。ご存分にお検めください」

 「ありがとうございます。……では」

 三方はそう言って、カバンから懐紙を取り出した。



 三十分近く刀を見てから三方は刀を収め、ゆるりと畳に置いた。


 「これは……ずいぶんと珍しい」


 懐紙をしまいながら、開口一番に感想を述べる。


 「――え、そうなんですか?」

 玲子の態度は、意外な答えと言わんばかりのものだった。


 「これは間違いなく室町から江戸初期の刀のようですね。歴史のあるものとお見受けします。……これをお祖父さまが、どのようなルートで手に入れられたかはご存知ですか?」

 「わかりません。祖父は知っていたと思うのですが、一度も聞いたことがないのです」


 「なるほど……」

 三方は目を伏せ、しばし考え込むような様子だった。


 「……あの、それで……?」

 玲子は不安げに眉を寄せ、おずおずと尋ねる。


 「いや失礼、ご心配には及びません。これはただの日本刀ですよ。あなたがご心配されているような悪い事を起こす力など、ありません」

 「本当ですか!?」

 「はい、間違いありません。もしご不安でしたら、アフターサービスといってはなんですが、何かありましたらいつでもご相談に伺いましょう。……もちろん無償で」

 「……え、あの、それは一体……?」


 玲子は顔を上げ、しばし目を瞬かせた。

 ――まるで、わけがわからないというように。


 「他意はございません。あえて申し上げるなら、お祖父様のご要望に沿いたいだけ……ですね」

 「…………」

 「ですからどうか、大切にお持ちになって差し上げてください。それが宗像様の……お祖父様の望みでしょうから」

 「……っ……」


 そこでようやく、玲子は表情を和らげた。




 「先生、あの刀なんですけど……『妖刀』なんですよね?」


 帰り道で、山下が口を開いた。


 「さすがに君は気づいていたか」


 三方は苦笑いで応じる。


 「何故、引き取らなかったんです? あの方、『妖刀』の扱い方とかについては全然ご存じないようでしたけど」

 「そうだね。特に剣術を習っているとか言うわけでもなさそうだし、刀については本当に一般常識の範囲しか知らないだろう」

 「そうであれば、なおさら分かりません。元の持ち主だったというお祖父さんという人は、どうして彼女に『妖刀』を譲る気になったのか……」


 「彼女には『使えない』。――だからだよ」


 三方はあっさりと言い切った。


 「君の言う通り、確かにあれは『妖刀』だ。ある程度事情を知っているのであれば、祓ったうえで他所に売ることができる。……そう考えてもおかしくはない」

 「…………」

 「だけど彼女にとっては、あれは亡くなったお祖父さんの形見だ。だから、ああ言うしかなかった。『妖刀』ではない、ただの刀だと。山下君は『妖刀』が何なのかは覚えている?」

 「はい。『人知に及ばない、見えない強い力が宿った刀』だと。……先生は最初に、そうおっしゃっていましたよね」


 「そういうことだ」


 山下の回答に、三方は満足げに頷く。


「『妖刀』であろうとなかろうと、そもそも刀というのは、『斬る』という目的のもとに抜かれるものだ。だが彼女はそんなことはしないだろうし、そもそも『妖刀』の力を利用して何かしようと考えるような人間でもあるまいさ」


 山下は答えない。無言で、三方の言葉を待っている。


 「――百金もて伝えて好事の手に入る。佩服すれば以って妖凶をはらうべし」

 不意に三方が暗唱するように呟いた。


 「……え?」

 山下の素っ頓狂な声に、三方は表情を変えずに続ける。


 「『大金でもって好事家の手に渡った。この刀を身につけていればあらゆる災いを払うことができる』……そういう意味だ。日本刀について歌っている昔の漢詩だよ」

 「ええと、あの、つまり……?」

 「『使えない』以上は持っていてもそれで害をもたらすことはないし、その逆もまた然り……害を受けることもないということさ。そう考えたからこそ、亡き宗像氏は孫娘にあの刀を託したんだろう。彼女にとって、あの『妖刀』は『妖刀』ではない……むしろ、あれは『守り刀』さ」


 「…………」


 「まあでも、彼女が持ち主になって本当によかったよ」

 「……そう、ですね」


 「あんな強い力の持っている『妖刀』だ。これが、下手な相手に渡ったのであれば……」


 三方はそこで、溜息をついた。


 「念のため、アフターサービスを申し出たのも――正解だったというわけさね」

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