表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

8 すべてが終わったそのあとで

「よ、よせ、やめろ真魚!」


 走って止めようとする俺を、真魚の仲間たちがふさぐ。


「どけよ、どけよこの人殺しどもが!」


 力づくで突破しようとしたが多勢に無勢、寄ってたかってしがみつかれてしまう。


「邪魔するな!

 もう俺らには何も無いんだ、みんな終わってんだ!

 これが俺たちの最期の願いなんだ!」

「君にもいつか分かるよ、かならず分かるよ。

 うまくいかない人のほうがこの世は多いんだよ」

「真魚様はやく!

 私たちもすぐに行くから、はやく行って!」


「勝手なことをぬかすなてめえらーッ!」


 身動きできない俺には、怒鳴ることしかできない。


「そ、そうだッ、先に亀を抱いて死んだオッサンがいただろッ!

 竜宮城になんか行けないんだよ、あきらめろ、な!?」

「ポンキチさんのことかな?

 だいじょうぶだよ。ポンキチさんはぜんぶすててじゆうになりたいっていっていたの。

 だからきっとからだもすてちゃったんだね。

 たぶんさきに竜宮城へいってまっているとおもうよ」

「そんなわけねえだろッ目ェ覚ませ!

 真魚! 真魚ッ!」

「みんなでいっしょにいこうってやくそくしていたのに、きっとがまんできなかったんだね。

 それだけは、ちょっとざんねんだな」


 ダメだ話が通じない。

 こいつの耳にはもう都合の悪い言葉は届かないんだ。

 真魚は岬の先端に立ち、こちらに振り返った。

 

 ほほえみながら目には涙をうかべている。

 いったい何を意味する涙なのか。

 突風が真魚の涙を散らす。

 涙はキラキラと輝きながら闇の中へ消えた。


「こんどあうときは、きっと玉手箱でおじいさんおばあさんだね、おにいちゃん」


 そう言うと真魚は、嘘のようにあっさりと闇夜のむこう側に落ちていった。


「…………そんな」


 つぶやく俺の身体がふっと軽くなった。

 俺を拘束こうそくしていた連中がはなれたのだ。

 だが俺はもう目の前の光景をただぼう然と見つめ続けることしかできなかった。


「い、行くぞ、俺たちも行くぞォーーー!」


 何十人という大人たちが、同じように亀を抱きしめて闇に飛び込んでいく。

 全員が必死の形相ぎょうそうをしていた。

 正気の顔ではなかった。

 まるで暴走するレミングの群れ。

 あるものは悲鳴を上げながら、またあるものは歯が折れるのではないかというほど食いしばりながら、次々とがけから飛びおりていく。

 誰もが必死だった。一生懸命だった。

 彼らは絶望から逃げているのだろうか、それとも希望に向かっているのだろうか。


 分からない、まるで分からない、分かりたくない。


「ま、まって、みんなまって~、ボクも行くから、真魚たん待ってぇ~!

 ギャアアアアア!!」


 最後までグズグズしていた変なデブが飛び込んだあと、岬に残ったのは恐ろしい静寂せいじゃくだけだった。







 結論から言うと、真魚をふくめた数人だけ、どうしても遺体がみつからなかった。

 他は全員溺死体(できしたい)で発見された。

 見つからなかった数人だけは竜宮城にたどり着けたのだろうか?


 そんなバカな、と思いたい。


 遺体が見つかっていないのを理由に、俺たちは真魚の葬式そうしきをしていない。

 もしかしたら両親ははじめからしない予定だったのかもしれないが、今さら意味のないことだから追求しないことにした。

 それよりも大変なのは、このカルト宗教じみた集団自殺事件を取り上げて、ふたたび日本中が大騒ぎしはじめたことだ。

 特に首謀者が美少女(マスコミが美少女だと言い張っている)であり、しかも生死不明になったという点を掘り下げ、まるっきりオモチャのように連日ああだこうだとラチもない議論を勝手にくり広げている。

 俺からしたらバカバカしい限りだ。

 真魚のことを表面的にしか知らない奴らが、やれ家庭環境がどうの社会状況がどうのと、無意味で白々しいにもほどがある。


『真魚』という偶像は日本中が知る存在となり、今や一億二千万人が知ったかぶりの理論をもてあそぶためのオモチャと化している。


 口では悲しい、痛ましいと安っぽいことを言いながら、『真魚』というイメージ上の少女をいじりまわして楽しんでいるのだ。

 便乗して自殺する事件まで発生しているそうだが、そんなアホどものことは知らん。

 いつまでも地元に残っていると俺までマスコミのオモチャにされてしまうので、俺は人目をしのぶ始発列車で東京に逃げ帰ることにしたのだった。


「じゃあ、気をつけてな」

「……うん」


 駅のホームで俺は親父の見送りを受けている。

 お袋は家で寝ているのだろう、いつもと同じすぎて、もはや腹も立たない。


「気が向いたら帰って来い、今度は俺の得意料理を食わしてやる」

「…………うん」


 本職のシェフが作る料理だ、さぞかしうまいのだろうが、今の俺にとっては大して魅力的とも思えなかった。


「親父の得意料理って、何だっけ」

「そうだな色々あるが……、一番は海亀の料理かな。

 めったに食えない希少品だぞ」


 俺は苦笑した。事件が終わってもまだ亀ネタがつきまとってきやがる。


「気をつけてな」


 何度目だか分からない気をつけてなを聞きながら、俺は線路を走ってくる始発電車を見つめた。

 電車が来る。

 これに乗ったら次に帰ってくるのは、いったいいつのことになるだろう?

 五年や十年は帰る気になれないのではないかと、そんな風に思える。


「理沙は……大丈夫なのかな」


 ふと脳裏に浮かんだ女の名を、俺は口走っていた。


「大丈夫だろう、理沙ちゃんはあれで結構しっかりしている。

 ご家族もついているしな」

「たしかに、な」


 理沙には鳶雄さんがついている。

 理沙の心が不安定になって真魚の後追あとおいをしたくなったとしても、あのにぎやかな兄貴がささえてくれるだろう。

 俺は真魚をささえてやれなかったが、鳶雄さんはきっと理沙をささえてやれるだろう……。


「電車、乗らんのか?」


 気がつけば、目の前のドアが開かれた瞬間だった。


「あ、ああ」


 いかん、心がネガティブになりすぎている。

 はやく立ち直らねば。

 俺は車内に入り、親父の方にふり返る。

 無言で見つめあうこと数瞬。

 ドアは意外となかなか閉まらない。

 田舎のおおらかさだ。

 だれか固定客でも待っているのかな。

 さっさとイスに座るのも薄情なようだし、男同士で見つめあっているのも気持ちが悪い。

 俺はふと思い出したことを口にした。


「そういえば、例の人は結局どうだったんだ?」

「例の人?」

「ええっと、名前を忘れちまった。

 ひとりだけ先に亀を抱いて飛び込んだ人だよ。

 バカ騒ぎの原因になったあの人は、本当のところどうなんだ。

 自殺なのか? 他殺なのか?」


 親父は顔をしかめた。


「……それはわからんよ。ポンキチさんにも、色々と事情があったんだろう」

「そっか、ポンキチってあだ名だったっけ」 


 親父の言葉を聞いて、なにか嫌なものが心の中に芽生めばえた。

 一つだけではない、もっと多くの何かが、俺の中でざわめきだす。


「どうした?」

「い、いや」


 首をふりながらも俺の脳内は、高速で自問自答をくりかえし始めた。

 親父はポンキチってあだ名を即答した。

 それは不自然なことではないか?

 いやそうとも言いきれない。

 グループの連中と親しく関わっていたのなら、自己紹介くらいはされていただろう。

 だがそれでも、迷わず即答できるだろうか?


 ――わからない、判断しかねる。


 そういえば親父も初めのころは、さすがに真魚の計画には反対だったそうだな。

 確か『努力した』とも言っていた。

 当然だな。

 実の娘が妄想に憑りつかれて自殺しようというのだ。

 やめさせようとするに決まっている。


 ――どうやって? 具体的に親父がやった『努力』って、なんだ?


 ――それはきっと、○○○○さんを○○して、真魚に現実を見せたってことじゃないのか?


 いや、いや待て、考えが飛躍しすぎだ。

 いくらなんでもそんな、こんなのは推理じゃない、証拠も何もない、ただの妄想だ。


 ――だが鳶雄さんが暴露した鑑識結果ともつじつまが合う。


 ポンキチさんの足をロープでしばったのは別の人物らしい。

 その別の人物、つまり○○がポンキチさんをうまいこと言って岬にさそい、ロープでしばってつき落としたのではないか?

 もともと飛び込みたがっていた人物なのだ、説得できる可能性は充分にある。

 100%の殺人である必要はないし、100%の自殺である必要もないのだ。

 なぜならば遅かれ早かれ死ぬつもりの人間なのだから。

 ちょっとだけ予定を早めてもらうだけで○○の計画、つまり『ポンキチさんが実際に死ぬのを見せて、真魚に考え直させる』を実行することが可能なのだ。


 つまり、ポンキチさんを殺害、あるいは飛び込み自殺の手伝いをしたのは……!


「なんだ」


 親父の声に、俺はビクッと肩をふるえさせてしまった。


「どうかしたのか」


 俺は無意識に親父の顔をじっと見つめた。

 それに対して親父は表情を消して俺を見つめ返してくる。

 無表情だった。

 先ほどまでは別れを惜しむ父親の顔だったのに、今の親父はあらゆる感情をかくすような、冷たい無表情なのだ。


「言いたいことがあるのなら、言いなさい」


 ゾッとするほど冷たい声だった。

 お袋の冷たさでさえぬるま湯に感じられるほどの。


「な、何にも、ないよ」


 俺は目をそらし、電車の奥に半歩下がった。

 その時ようやく電車のドアが閉まった。

 待ち構えていたかのようにタイミングが良い。

 ゆっくり、ゆっくりと電車が前にすすんで行く。

 十メートルほど進んだところで、俺はガラス越しにおそるおそる親父のほうを見た。

 親父は先ほどいた場所から動かずに、まだ俺を見ている。

 冷たい表情をうかべたまま、親父は口を動かした。



『 ど う し て わ か っ た ? 』



「ウワァーッ!」


 俺は叫んだ。

 違う。違う。

 こんな所は俺の故郷なんかじゃない。

 俺はまちがえて別の場所に来てしまったんだ。きっとそうだ。

 早く帰りたい。誰もが知らん顔をして通り過ぎていく東京に。

 泣いていようが笑っていようが無視してくれる冷淡で寛大な東京に。


 こんな化け物の巣窟そうくつなんてもうまっぴらだ。

 ここが俺のふるさとだなんて、そんなことがあってたまるか。

 俺は誰もいない電車のすみでふるえながら、さわがしいくせに孤独な大都会へと逃げ帰った。                                          

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ