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7 真魚のきもち

「よし、俺たちも行こうぜこうくん」

「は、はい」 


 鳶雄とびおさんにうながされ、俺も外に出た。


「うっ……」


 ドアを開けた瞬間、夜の潮風しおかぜが冷たくおそいかかってきた。

 春とはいえ、吹きつける風は強くて肌寒い。

 病人のくせにこんな場所を選ぶのだから、真魚のバカさ加減も相当なものだ。

 俺たちはみさきの中ほどに向かって歩き出した。

 誰かいる。

 それも一人や二人ではない、はっきりとは分からないが二十人以上いそうだ。


「真魚! 俺だ! むかえに来たぞ!」


 闇の中にたたずむ集団に向かって、俺が大声で呼びかける。

 すると相手側からまぶしい光が起こり、車椅子くるまいすにのった真魚の姿が浮かび上がった。

 真魚の後ろには大きなワゴン車と数十人の大人たちの姿。

 光の正体はワゴン車のライトだった。


「こんばんはおにいちゃん。

 すごいね、こんなにはやくみつかっちゃうなんて」


 車椅子の真魚はゲッソリとやせこけていて、思わず胸が痛んだ。

 以前は多少のお世辞まじりに薄幸の美少女とよんでいた妹だが、今では手も顔も骨と皮だけになっていてまるでゾンビだ。

 こんな姿に変わり果ててしまったから、今回の『計画』を実行にうつそうなどと考えたのだろう。

 気持ちは分かる、分かるが、しかし兄として絶対に許すわけにはいかない。


「病院に帰るぞ、こんな所にいちゃいけない、こんな連中のそばにいちゃいけない」


 こんな連中とそう言った次の瞬間、俺の足元に何かが飛んできた。

 真魚の後ろに立っていた大人たちが、俺に向かって石を投げつけてきたのだ。


「帰るのはお前だ!」

「えらそうに、世間知らずのクソガキが!」

「あんたなんかにわかるもんですか!」


 それは老若男女、さまざまな人間の群れだった。

 石を投げてくる人。

 わけの分からないことをわめいている人。

 ものすごい憎しみの目でこちらをにらんでいる人。

 ただただ無気力につっ立っているだけの人。


 彼ら『真魚』の信者たちは、全員が何らかの理由でこの世に絶望している人たちだった。

 借金、失恋、死別、失業、裏切り、挫折、虐待、障害など、ありとあらゆる人生の不幸を味わい、生きる目的を見失った人たちの群れ。

 彼らは八つ当たりのように俺を責めたてた。


「ちょっ、ちょっと、やめ……」


 おもわぬ攻撃にひるんだ俺は、後ろに下がらざるをえない。

 顔面めがけて容赦ようしゃなく石が飛んでくる。

 生まれてはじめて味わわされた投石と怒声のあらしは、俺に恐怖心をえ付けるにはじゅうぶんすぎた。


「やめて、みんなやめて!」


 真魚が叫んでくれたおかげで、俺はようやく嵐から逃れることができた。


「おにいちゃん、真魚はかえらないよ」

「だ、だけどお前」

「真魚はいくの。ここのみんなと亀にのって竜宮城りゅうぐうじょうへいくの」


 その言葉を聞いて、俺は泣きたくなった。

 ああやっぱり『真魚』と名乗っていたのは、ここにいる真魚だったのだ。

 奇跡的な確率で起こってしまった不幸な偶然なのではないかという最後の希望が、無残にくだかれてしまった瞬間だった。


「真魚はね、みんなといっしょに竜宮城にいって『いがくのはってん』をまつの。

 真魚がけんこうになれるじだいがくるまで、あっちでまつの。

 竜宮城ならきっとすぐだよ。

『うらしまたろう』はおにいちゃんもしっているよね?」

「お前はアホかーーーーッ!!」


 心の底から俺は叫んだ。


「十四にもなってなに言ってんだお前は!

 竜宮城なんて存在しねえよ!」

「そんなことないよ。

 きっとあるって、真魚はしんじてる」

「うるせえッ、バカ言ってないでこっちに来い!」

「むり」

「無理じゃねえよ!

 お前、自分の身体がどういう状態なのか分かんねえのか!?」

「わかってないのは、おにいちゃんのほうだよ」

「何がだよ、俺がなに分かってねえって言うんだ!

 入院を続けて、体力の回復を待つんだろ!

 そうして家へ帰って、それこそ医学の発展を待つんだよ、それが当たり前じゃないか、何が分かってねえって言うんだ!」


 正論を突きつける俺に対し真魚はため息をついた。

 絶望感そのものを吐き出したような、深い深いため息だった。


「あのねおにいちゃん、ごめんね、真魚はこれからいやなことをいうね」

「はあっ?」


 つづく真魚の言葉は、俺の心まで絶望させるに足るものだった。


「真魚をなおせるくらい『いがくがはってん』したとき、真魚はきっとしんでるよ。

 真魚はもう、ちょっとだけしかいきられないよ。

 真魚をみてわかんない?」


 真魚は両手を開いて、やせおとろえた自分の身体を見せつけてきた。

 ガリガリにやせた身体からは、確かに生気が感じられない。

 もはや死にかけの老婆のようだ。


「おにいちゃんがそんなこというのは、いっぱいいきられるひとだからだよ。

 あしたもあさっても、らいねんもさらいねんもげんきなひとだからだよ!

 真魚がしんだあとで『いがくがはってん』したって、そんなのいみないよ!!」


 後半の言葉は涙声だった。真魚は泣きながら叫んでいた。


「真魚はばかだけど、がっこうにもぜんぜんいってないけど、それでもいっしょうけんめいかんがえたんだよ。

 おにいちゃんは真魚のパソコンみたんだよね?

 もういちどみんなで『かいすいよく』にいきたかったの。

 みんなでもういちど『たのしいね』っていいたかったの。

『またこようね』ってわらいたかったの。

 どうしたらいけるかって、まいにちかんがえたんだよ。

 おかあさんとおとうさんにも、はじめはすごくはんたいされたけど、がんばってせっとくしたんだよ」

「な……に……?」


 聞き捨てならない言葉を聞いて、俺は目をみはった。

 真魚を照らすライトの奥から、俺たちの両親が姿をあらわす。

 お袋だけでなく、親父まで。


「お、親父、あんたまで、こんな馬鹿なことを!」


 親父は俺から目をそらし、うなだれたまま話しだした。


「もちろん反対はしたさ、何度も。

 努力だってしたんだ。

 けど医者にまで心の準備をしろなんて言われてなぁ。だからなぁ。

 人生の最後くらい好きにさせてやろうかって……」


 うつむきながら小声で語る親父とは反対に、お袋は冷淡れいたんにふんぞりかえっていた。


「真魚の気持ちを分かってあげなさい、お兄ちゃんでしょ」


 その一言を聞いた瞬間、俺の中でプツンと何かが切れた。


「またそれかよ! あんたらいっつもそれだ!

 あんたらなんか親じゃねえ! 真魚の親であっても俺の親じゃねえッ!」


 俺の爆発をひと通り聞き終えると、真魚が立ち上がった。

 いつの間にか、両手で生きた亀を抱きかかえている。


「ごめんね。真魚はおにいちゃんのことがだいすきなのに、いやなきもちにばかりさせちゃうね。

 真魚はいやなこだね、ごめんね」


 そう言うとフラフラとした足どりでがけに向かって歩き出した。

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