6 かくれんぼはもう終わり
「あの時……、つまりそれは……、なら、いまこの状況は……」
自問自答をくり返すうちに、疑惑の答えが一つずつ見つかっていく。
俺の導き出した答えはひどく簡単で、しかも腹のたつものだった。
ふざけんな、コイツめ。
「おい」
俺は理沙を正面からにらみつけた。
「真魚はどこにいる、案内しろ」
「な、何よいきなり!」
「お前、ワトスン役には向いてねえよ、ヒント与えすぎ、それに都合よすぎだ」
まるで待ちかまえていたかのようなタイミングで再会したこと。
病室の異常さに驚かなかったこと。
家に入ってからは俺をはげまし続け、かなり強引に真魚の部屋につれてきた。
やたらと手ぎわよくノートパソコンを見つけ出したりもした。
それらがすべて偶然? そんなわけあるか!
「真魚を外につれだしたのは俺のお袋だな、そうだろ?」
「は、はあ? 意味わかんない」
「真魚の病室に行くためには、ナースセンターの前を通らなければいけない。
人の目はあるていど誤魔化せてもカメラの目を誤魔化すのはむりだ。
そして非常口だが、ふだんは内側から鍵をかけているって話だったな。
つまり外部の人間が真魚をつれ出すためには、最低でも一回はナースセンターの前をとおって、鍵を開けにいかなければいけないってことだ」
真魚が自分ひとりの力で病院をぬけ出したという線も無いだろう。
お袋は『ちょっと』目をはなしたすきにいなくなったと言っていたのだ。
倒れて入院したばかりの病人が、『ちょっと』のあいだに誰にも見つからずにすばやく非常階段から逃げ出した?
そんなのほぼ無理だろう。
お袋が協力者ですべて実行したとしたら、はるかに簡単じゃないか。
お袋まであんないかれた『計画』に参加するなんて考えたくはなかったが……、いままでの溺愛ぶりとネットで崇拝されているさまを思えば、悲しいことに否定しきれないのである。
「どうだ、俺の推理は間違っているか」
「………………」
理沙は無表情でだまっていた。
「お前らの仲間にはちゃんと医者がいるのか!? 真魚の具合が急に悪くなったりしたらどうするつもりだ!」
「……でも」
この『でも』は、自分が犯人グループの一味であると自白したのも同然だった。
だが理沙はそれでもかたくなに真魚の居場所を白状しない。
「今回のことは、突然いなくなったりしたのは、あいつが考えたゲームなんだろ? 真魚が最期に俺と遊びたいって、そう思ってやった『かくれんぼ』みたいなもんなんだろ、違うか!?」
これは推理とはいえない、ただの勘だ。
でも家族だから、兄妹だからこそ感じられる勘だ。
でも理沙は否定しない。
うなだれて黙っている姿をみて、俺は正解なのだと確信した。
「だったらゲームはもう終わりだ、こんなの、命がけでやることじゃない!」
「…………ん」
理沙は小さくうなずくとスマートフォンをとりだす。
俺が連絡してもまったく出なかったくせに、理沙からの電話にはすぐに反応があった。
数秒の間をおいて、理沙はあきらめたように話しだす。
「ゴメン、失敗した。途中でバレちゃったよ」
カリカリ頭をかいている理沙にむかって、俺は電話をかすように要求した。
「真魚か」
電話の向こうから女の息づかいが聞こえる。
「ゲームは終わりだ、大事な話があるからすぐ帰って来い。それとも迎えに行くか?」
「……かんたんすぎたかな、みんなでもっといろいろよういしたのに」
数ヶ月ぶりの妹の声。
しかしあまりにも能天気な発言に、つい怒りがこみあげる。
「こういうことは、二度とするな、どれだけ心配したと思っているんだ!」
おさえてもおさえきれない怒りが、つい語気を強くしてしまう。
「ごめんね、みさきでまってる」
一方的にそれだけ言うと、真魚は電話を切ってしまった。
「おっ、おい、真魚、おい!」
みさきってなんだ。
岬か? こんな遅い時間に海にいるのかあいつは。
俺は真魚の部屋から飛び出し、リビングに投げ出してあった上着をつかみ上げる。
「もしかしてアレか、サスペンスドラマの真似か、断崖絶壁の上で悲劇のヒロインを気取るつもりかあのバカ!」
「そうじゃないよ」
理沙の声は、感情を押し殺したように冷ややかものだった。
「今夜やるつもりなんだよ真魚ちゃんは。『計画』を実行するつもりなんだ、きっと」
「なにをバカな……」
さっきから俺はバカ、バカと同じことばかり言っている。
本当にバカみたいなのは俺の方かもしれない。
「真魚ちゃんはマジだよ。
悪ふざけなんかじゃない、本気なの。
本気だから周りの人たちも付き合いたくなっちゃうんだよ」
俺はもう返す言葉すらわからなくなり、だまって上着にそでを通すしかなかった。
海岸沿いに、立ち入り禁止になっている岬がある。
禁止とはいっても形式的なもので、釣り人や海水浴客がしょっちゅう無断で侵入しているかくれた遊び場みたいな場所だ。
俺も昔は真魚をこっそり連れ込んだりして、あとでお袋に顔面を引っぱたかれたこともあったっけ。
そんな場所に、今度は真魚から呼び出しをうけたわけだ。
立ち入り禁止区域だけあって近くに街灯などはなく、数百メートルもはなれた場所からのわずかな明かりだけが付近を照らしている。
ほぼ暗闇といっていい。
鳶雄さんのパトカーで連れてきてもらった俺たちは、緊張した顔で闇夜の奥をうかがっていた。
「準備はいいかい浤くん?」
鳶雄さんの声にうなずく俺。
だが暗い車内でうなずいたって見えるわけがないと気付き、返事を口にする。
「はい、いつでもいけます」
俺がドアを開けようとすると、鳶雄さんは助手席にいた理沙に話しかけた。
「なあ、お前本当に大丈夫なんだろうな?」
「しつっこいなー、あたしゃ単なる協力者だって、何度も言ってるっしょ!」
「でもよ、お前さ、兄貴の俺にまで嘘ついてたんだから……」
「あたしゃ明日も朝から『皮ごとバナナ』作んなきゃいけないの!
あの連中ほど人生捨てちゃいないんだよ!」
大声で鳶雄さんをだまらせ、理沙はとっととパトカーから降りてしまった。
「ったくよぉ」
鳶雄さんは困った表情で目線を送ってきた。
気持ちは俺にも分かる。
実の妹がこんな馬鹿げた計画に参加していたなんて、俺だって考えたくない。
理沙が真魚の計画に協力した理由。
それは会社で上司にひどいセクハラをうけて辞めるはめになったから、だそうだ。
高卒後すぐに勤めはじめた職場で、あいつは既婚の上司から愛人にならないかと誘われたのだとか。
短気な理沙は遠慮なく怒り狂い、その上司をこっぴどく振った。
それでその上司がクビになるとか、愛人話そのものがなかったことになるとか、そういう展開を理沙は想像していたのだが、事態はまったく逆だった。
なにをどう根回ししたのか理沙のほうが悪役になってしまい、周囲からいわれもないイジメを受けるようになってしまったのだ。
もともとコネもないのに入社してきた平凡な小娘。
上司を敵にまわしてまで味方をしてくれるものは誰もおらず、ヤリマンあつかいされてひたすら嫌がらせをうける日々。
耐えかねた理沙はセクハラ上司の顔面をボッコボコにブン殴って会社を辞めてしまった。
世の中の理不尽さにうちのめされた可憐な乙女(本人談)は、人生に嫌気がさして真魚たちの計画に協力することを決意した……のだそうだ。
説明をきいても俺が納得できないでいると。
「浤には絶対わかんないよ、人生つまづいたことのない奴には、私の気持ちも真魚ちゃんたちの気持ちもわかんない。
理屈じゃないの、気持ちの問題なんだよ。
もう何もかも考えるのウゼーって、心の底からそう思っちゃうの。
そういう人たちに共感しちゃうの!」
ここに到着するまでの道中でそう言われてしまったのだった。