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3 なぐさめてくれている……いや違うなたぶん

 ほどなくして看護婦がやって来て、騒ぎはいよいよ大きくなっていった。

 先日倒れたばかりの重病人、しかも未成年者が白昼堂々と失踪しっそうしてしまったというのだ。


 ナースセンターの前を通る姿は目撃されていない。

 防犯カメラにもうつっていなかったらしい。

 病室のそばにある非常口の鍵が開いていたため、そこから出たのではないか、という話だった。

 でも重病人がどうして人の目をさけるようなまねをするんだ。


 まさか誰かが強引に……。

 誘拐? 事故? 家出? あるいは、自殺?

 あらゆる可能性が脳裏をよぎる。


 院内放送が大きく響きわたり、駆けつけた病院関係者たちが院内をくまなく探してくれた。

 だが見つからない。

 事態を重くみた両親が警察に通報、妹の捜索を依頼する。

 それでも見つからない。

 真魚は、俺の妹は、再会する間もなくこつ然と姿を消してしまったのだ。


 亀に異常なほど執着しているというのが、実に不吉だった。

 まさかとは思うが例の変死事件みたいに、亀を縛りつけて死んでたりしないだろうな。

 そんなのは御免だぞ。俺はお前を見舞うためにわざわざ帰ってきたんだからな……?







 このまま病院で騒いでいたのでは他の患者に迷惑がかかるというわけで、俺はひとまず実家に帰ることになった。

 両親は警察署に行ってこまかい状況を説明する必要がある。

 俺は自宅のボロっちい一軒家に待機して連絡をまてとのことだった。

 現在の時刻は午後七時。

 もう四、五時間はたとうというのに、いまだ真魚は見つかっていない。

 俺はリビングのソファーに腰かけながらため息をついた。


 久しぶりの我が家だというのに最悪の気分だ。

 生きるか死ぬかの重病人が行方不明。

 こんなに不安な話は他になかった。


「ねえ浤」


 なんとなく家までついてきてしまった理沙が、俺の服を引っ張る。


「そんなに暗い顔しないで、TVでも観ない?」

「観たけりゃ勝手に観ろよ」


 そっけない返事に、彼女は頭をかきむしる。


「あー、じゃあご飯食べよう、浤まで体こわしちゃうよ」

「何にも食べたくない、むしろ気持ち悪くて吐きそうだ」

「それじゃあ、えーと、えーと……」

「もういいよ、かまわないでくれ」


 俺を元気付けようとしているのは分かるが、正直うっとうしいとしか思えない。


「そろそろ帰ったほうがいいんじゃないか。家族が心配するぞ」

「じゃあ家まで送ってよ」

「一人で帰れよ、俺はここを離れられないんだから」

「えーっ、もう夜じゃん、真っ暗だよ、か弱い女の子に一人で帰れっての?」


 理沙は露骨に顔をしかめていた。


「大丈夫だ。

 男に襲われたら股間を蹴りあげろ、さらに鼻を叩きつぶせ、とどめに目玉をえぐれ。

 お前ならやれる、自分を信じろ、正義はお前とともにある」

「適当なこと言うんじゃないよ、もう!」


 俺の肩を乱暴に突き飛ばし、理沙はスマホを取り出した。


「あー兄貴?

 いま浤の家にいるんだけどさ、むかえにきてよ。

 仕事中? いーじゃん堅いこと言いっこなし、待ってるからね!」


 理沙は一方的に言い捨てると電話を切ってしまう。

 俺があっけにとられていると。


「何、なんか文句あるの」

「い、いや、お兄さん迷惑だろうなーと思って」

「しょーがないじゃん。浤は冷酷非道な人でなしだし、他に頼める人なんかいないし」


 二十歳になってもまだ男ができないのか。

 黙っていればまあまあ美人なのに。

 出会いも豊富であろう二十歳のOL。

 それなのにいまだ手付かずとは、ひとえに性格がわざわいしているのだろう。


「……今なんか失礼なこと考えていたでしょ」

「べっつにー」


 ブーブーやかましい文句を聞き流し続けているうちに、俺はそれなりに元気を取り戻していた。

 もしかして理沙のおかげだろうか。

 少しだけ、感謝の想いがこみあげてくる。

 だが、えんえんと続く愚痴の前に、そんな感謝の思いもどこかに吹き飛んでいった。


「なんだかなー、あたしってホント男運ないわー、あり得んほどないわー」


 うまくいかない理由を周りのせいにしているうちは成長できないって、何かで読んだな。


「浤は冷血人間だし、兄貴はトロいし、上司は――」


 突然、理沙は言葉を切った。


「どしたよ?」

「いや、別に」


 理沙はやけにつらそうな顔をしていた。会社の上司になにか嫌がらせでもされたのだろうか。


「なんだ、変なところで話を切るなよ、気になるじゃねえか」


 理沙は気まずそうな口調で、小さくこぼした。


「あの会社、ちょっと前に辞めちゃったんだ」

「えっ」

「今はハマザキのパン工場で『皮ごとバナナ』作っているの、ショボイ時給でさ」

「そ、そうなのか」


 驚いた。

 たしかこいつが就職できたのは誰でも知っているような有名企業の支社で、そうそう行けるような所じゃなかったはずだ。

 給料だって良かっただろうに、もったいない。

 そういえば平日昼間に私服でばったり遭遇、というのも不自然な話だったな。

 理沙が今でもOLだったなら、今日の再会もありえない出来事だったわけだ。


「大学生の浤がうらやましいわー、ボウヤは悩みが少なそうでいいわねー」

「お前に子どもあつかいされる筋合いはねーよ」


 フッと、理沙は鼻で笑った。


「そんなセリフを言っちゃうところがすでにボウヤなのさ。

 お姉さんにはもう恥ずかしくて言えなくなっちゃったよぅ……」


 モノマネなのか何なのか、ヘンな抑揚よくようをつけて語る。

 だがただのアホにしか見えない。

 そんなこんなで時間を潰しているうちに、車の走行音が遠くから近づいてきた。

 我が家の前で音は止まり、続いてバン! と乱暴にドアを閉める音が響く。

 そして玄関の呼び鈴が鳴った。


「おー、来た来た、兄貴が来た」


 俺が出るまでもなく理沙が小走りで玄関に向かう。

 そのまま出て行くのかと思ったが、俺の意にはんし二人一緒になってこちらに戻ってきた。


「やー、浤くんおひさー、大変なことになっちゃったねー」


 間延まのびしたしゃべり方で登場したのは、なんと制服姿の警察官だった。


「わりいんだけどさ、まだ真魚ちゃん見つからねーんだわ、もうちょっと待っててなー?」


 帽子をぬぎソファーにどっかり座る彼の顔には、たしかに見覚えがある。

 名前は、たしか鳶雄とびおさん。

 風のうわさで公務員になったと聞いていたが、まさか警察官だったとは。


「驚いたか浤、へっへー」


 なぜか理沙が得意げに笑う。


「さあ兄貴、このいたいけな婦女子を粗末にあつかうロクデナシをしょっぴいてやってよ!」


 トンチンカンなことを言いだすアホ女。

 兄貴もノリノリで俺をいじめにかかってくるのかと思いきや、案外こっちはノリが悪かった。


「ああん、ダメダメ、こっちは忙しくて忙しくて、それどころじゃねーっつうの」


 右手をピラピラふりながら、鳶雄さんは愚痴ぐちった。


「公僕はつれえよー、何か事件が起こっちまうと、朝だろうと夜だろうと仕事仕事仕事……。

 おっといけねぇ」


 ふと思い出したように俺の顔を見て、鳶雄さんは首をすくめた。


「いや、だからっつって手を抜いたりしているわけじゃねえから、安心してくれよ!

 真魚ちゃんは俺たちが必ず見つけてやっからよ!」

「そうそう、兄貴以外はみんなまともでマジメな人ばっかりだもんねー」

「おうよ俺以外はみんなまともでマジメ……おい! 俺もマジメだっつうの!」


 ベタベタな漫才をくりひろげるバカ兄妹。

 こういう人に対してあんまり堅苦かたくるしいのもふさわしくないとは思ったが、一応けじめとして俺は頭を下げた。


「ご迷惑をおかけしてすいません。妹のこと、よろしくお願いします」

「お、おうっ、全力を尽くします!」


 あわてて敬礼をする彼の姿は格好悪かったが、とりあえず実直そうではあった。


「ま、そんなわけだからよ、俺は仕事に戻らなきゃいけねえ。じゃあな浤くん!」


 帽子をひっつかみ、鳶雄さんは威勢よく立ち上がる。

 そのままドカドカと大きな足音を立てて玄関に向かうが、途中で理沙のツッコミをくらった。


「こらーっ、私を送ってくれるんじゃなかったのかボケ兄貴!」

「あ、忘れてた」


 右手で自分の頭をコツンと殴るしぐさを見て、やっぱりこの人は漫才師だと思った。

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