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星と月と太陽  作者: 水無月
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動揺

気がついたのが夏休みでよかった。



 自宅の縁側でアイスを食べながら、星良はしみじみと思っていた。


 学校がある時だと、太陽とひかりが顔をあわせるところをほぼ毎日見ることになる。二人が楽しげに話す姿は、今はきっと自分の心を揺さぶる。


 だが夏休みの間は、皆で一緒に遊ぶ約束はしているが、そう頻繁ではない。太陽は道場に通う子供たちに毎日のように稽古をつけているし、ひかりは部活が忙しい。


 星良は、その間に自分の気持ちを整えたかった。


 太陽とはほぼ毎日顔を合わせる。


 幼馴染としか、性別を超えた親友としか思っていなかった太陽と、今後どんな関係を築いていきたいのか、自分はどうしたいのか、まずは自分の気持ちを知りたい。


 おそらく初めて知った『恋』というこの気持ちと、どう付き合っていったらいいのか、知りたかった。


「何一人でいいもの食べてんの、星良」


 ぼぅっと中庭を眺めていた星良は、背後からかけられた声に驚き、カップアイスを落としそうになる。慌ててキャッチしたが、少し溶けだしていたアイスが傾いたカップからこぼれ、人差し指にべっとりとついた。


「あー……」


 汚れた指を顔をしかめて見つめている星良の横に、苦笑しながら道着姿の太陽が座る。そして、カップを持った星良の手をとった。


「あ、これ、CMでやってたやつだよな」


 星良が答える前に、太陽はカップを星良の手からとると、星良の指に口付けするかのように、手についたアイスを舐めた。そして、無邪気な笑顔を星良に向ける。


「結構美味いな、これ」


「う、うん」


 星良は、短くそう答える事が精一杯だった。そのまますっくと立ち上がる。


「ちょっ……手、洗ってくる!」


「アイス溶けるよ?」


「食べていい‼︎」


 そう言って、星良はキョトンとした太陽を残し、洗面所に急いで歩いていった。


 太陽に触れられた手が熱い。


 柔らかくて温かな唇の感触が、まだ残っている。


 今までは何とも思わなかった太陽の行為が、今は自分でも音が聞こえるほど、心臓をバクバクいわせていた。


 洗面所の鏡を見ると、耳まで真っ赤に染まっている自分と目があった。太陽の前では平気な顔でいられたか、少し心配になる。


 自分の気持ちに気付いただけで、こんなにも反応が変わる事が驚きだった。


 これが『恋』と『友情』の差なのだろうか。


「稽古の時は触られても平気なのに……」


 一人呟きながら、手を洗うついでにほてりをとる為に冷水で顔をばしゃばしゃと洗う。


 だが、先ほどの感触を思い出すとなかなか顔の熱さがとれず、最後には洗面所に水をため、そこに顔をつけた。目をつぶり、息を止め、顔を覆う冷たい水の感触にだけ意識を向けて、雑念を追い払おうとする。



「……星良さん、さっきから何してんの?」


「っ⁉︎」


 背後から声が聞こえ、星良は驚いて思わず水の中で息を吸ってしまい、水を飲み込んで思いきりむせ込んだ。


 げほげほと苦しそうに咳をする星良の背中を、近づいてきた月也がそっとさする。


「星良さん、大丈夫?」


「あん……たが、いきなり、声、かける、から」


 切れ切れに文句をつけると、道着姿で眼鏡をはずしている月也は肩をすくめた。


「でも、普通声かけたくなるでしょ。手を洗いに行ったはずの星良さんが、物凄い勢いで顔まで洗いはじめたと思ったら、しまいには溜めた水に顔突っ込むんだもん。どうしたかと思うでしょ?」


「それ……は……」


 月也に差し出されたタオルを受け取りながら、星良は口ごもる。


 まさか、『太陽に指にキスをされて動揺していました』とは言えない。


 顔を拭いているから答えられない振りをする星良。


 タオルから顔をあげると、月也を軽く睨んだ。


「っていうか、何であんたがここにいるのよ」


「稽古の休憩中に、道場の水場が込んでたから、母屋に借りに来たんだよ。先に行った太陽が縁側にいて、星良さんは手を洗いに行ったって聞いたから、すぐにあくかと思ってきたんだけど、何か問題あった?」


「……勝手にうち使いすぎ」


 笑いを含んだ眼差しの月也に、かろうじて出た文句を返す。


 だが、月也が太陽にならって神崎家の母屋を勝手知ったる様子で使っているのは今に始まった事ではない。今更文句を言っても、話しを誤魔化したいのが見え見えだった。


 月也と目を合わせていられず、星良の視線が泳ぐと、くすっと笑う月也の声が聞こえた。


「何よ」


 ムッとして睨むと、月也の目が三日月型に細められる。


「ん? 太陽って、天然な所あるよなって思って」


「?」


 不思議そうな顔をした星良を面白そうに見つめながら、月也は言葉を続ける。


「アイスのついた女の子の指にキスするとか、普通できないよね」


 思わぬ言葉に、星良はビクッと肩を揺らす。


「あれがイケてない男だったら気持ち悪がられるだけだけど、太陽くらいいい男で、しかも無邪気な笑顔とか浮かべられたら、そりゃ、ドキッとするよね。得だよなぁ、いい男って」


 道場から母屋に続く渡り廊下から一部始終見えていたのだろう。顔を洗っていた理由を見抜かれていた事に動揺し、思わず赤くなりそうなのを誤魔化す為に、星良は慌てて口を開く。


「べ、別に、キ、キスじゃなくて、ただ、アイスの味見しただけだし」


 どもりながら言い返した星良を見て、月也は横を向くとククッと可笑しそうに笑いはじめた。


「ちょっ、何笑ってんのよ!」


 バシッと肩を叩くと、肩を押さえつつ、まだ笑っている月也。


 星良の怒りのバロメーターが上がってきたのを肌で感じてから、ようやく笑いをおさめて星良を見つめた。


「いや、ごめんなさい。星良さんも、意外と普通の乙女なんだと思ったら、おかしくて」


「おかしいってなに⁉︎ っていうか、意外とってなによ‼︎」


「ただの激鈍格闘家かと思ってた」


「何、それ‼︎」


 憤慨する星良を、柔らかに細めた目で見つめる月也。そしてしみじみとした様子で、星良の両肩にぽんっと手をのせた。


「星良さんと出会って、早数年。よかったよ。ようやく普通の女子に一歩近づけて」


「一歩近づいたって何よ! 最初から普通の女子なんだけど‼︎」


 月也の手を振り払って怒鳴ると、月也は再び可笑しそうに笑いはじめた。


 星良は絞め落としてやろうかと思ったが、ふと、まずい状態だと気づく。


 月也の言動から察するに、月也は自分の気持ちに気づいてしまったのだろう。太陽に対して、今までとは違った想いを抱いている事に。


 ある意味、一番性質が悪い相手だ。太陽とも、ひかりとも親しく、自分をからかう事が趣味の様な相手だ。バレて、いい事があるとは思えない。


「……月也」


 俯きながら静かに名前を呼ぶと、月也は笑うのをやめて星良を見つめた。


「い、言わないでよね、太陽に」


 月也がなかなか返事をしないので、星良は唇を噛んで見上げると、思いがけず優しい眼差しの月也と目があった。


「言う訳ないでしょ。星良さんがようやく気付いたそういう気持ち、大切に育てた方がいいと思うし」


「え……」


 先ほどまで笑っていた人間とは思えない程、穏やかで思いやりのある声に、星良は驚きの声をもらした。


 月也はそんな星良に、柔和な微笑みを返す。


「いつでも相談にのるよ。ま、僕には相談したくないかもしれないけど」


「あ、ありがと」


 いつもと違う月也に戸惑いつつ、礼を言う星良。月也は三日月形に目を細めると、ぽんっと星良の背中を叩いた。


「さ、星良さんはさっさと縁側に戻る。太陽が心配して様子見にくるよ」


「月也は?」


「僕は顔洗わせてもらったら、道場に戻るよ。次の稽古の前に、持ってきたスポーツドリンクで水分補給したいしね」


「そっか。じゃ、稽古頑張って」


「はーい」


 月也に見送られ、太陽の待つ縁側に戻っていく星良。


 色々と動揺し過ぎて、星良を見つめる月也の瞳に、少し寂しげな光が交じっている事には最後まで気づかなかった。


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