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星と月と太陽  作者: 水無月
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初恋

 朝稽古に付き合ってくれた太陽と月也を見送った後、星良はシャワーを浴びて汗を流すと、母の用意してくれた朝食をがつがつと食べた。自分の気持ちがクリアになったら、妙にお腹がすいたのだ。


 母が呆れるほど朝食をたっぷり食べ、自分の部屋に戻ると、まだ8時過ぎだった。


 ベッドの上にごろんと横になる。目を閉じると、瞼の裏に太陽の微笑みが浮かんだ。


 ふわりと心が温まると同時に、チクリと鋭く痛む。


 自分に向けられる笑顔の嬉しさと、いつか太陽の最高の笑顔が他の人に独占されてしまうかもしれない不安。


 目を開けて、星良はふぅっと溜息をつく。


 癒されて、でも、傷つきもする。この矛盾した様な気持ちが『恋』と言うものなのかもしれないと、一人勝手に納得してみる。


 今までは、心が落ち着くだけだったのだ。不安が一緒に訪れることなどなかった。


 きっと、この違いが友情と恋との違いだ。


「うーん……」


 呻きながら、星良はごろりと転がって身体の向きを変える。


 太陽への気持ちが、家族や親友としての気持ち以上だと気付いても、まずどうするべきかがわからない。


 客観的に見て、そこらへんの彼氏彼女よりもお互いの事を理解しているし、一緒にいる時間はもともと長い。これ以上どうしろというのか……というか、どうしたいのかがよくわからない。


 他の人にとられたくないといっても、太陽の交友関係を自分がとやかく言うのは嫌だ。そんな女にはなりたくない。


 そして、自分がひかりと距離を置く事も考えたくない。たとえ自分とひかりが一緒にいることが、結果的にひかりと太陽が一緒に遊ぶ事になるとしてもだ。


「……んー」


 枕を抱きかかえて唸る。


 これが『恋』だと気付いてまだ数時間。既になんて面倒くさい感情だと思いはじめていた。


 太陽とひかりの距離がこれ以上近づくのは嫌だ。自分よりも、太陽に近い存在になってほしくない。


 でも、自分とひかりが共にいれば、それだけ太陽はひかりといる時間が増えて、ひかりに惹かれていく可能性は高くなるわけで、それは自分にとって不安がますわけで……。


「だーーっ‼︎」


 頭の中がぐしゃぐしゃになっていくのが耐えられず、星良はがばっと起き上がると、ドアに思い切り枕を投げつけた。ちょっとすっきりした代わりに、階下から母のうるさいという声が響く。


 星良は溜息をつきながら枕をとりにベッドをおり、それを片手に持ってベッドに戻りつつ、机の上の携帯をとった。


 ベッドの上に座り、画面を開く。


 少し逡巡したあと、メッセージを打ち始めた。



『さっきはありがとう。おかげで、すっきりした』



 そこまで打って送信し、一度手を止める。だが、きゅっと唇を結んだ後、意を決したように続きを打った。



『大好きだよ、太陽』



 迷わぬうちに、勢いで送信ボタンを押す。そして、ベッドに倒れ込んだ。


 枕に顔をうずめ、バタバタと足を無意味に動かさずにいられいほどこそばゆい。いくら仲がいいと言っても、今までそんなストレートな言葉を、友達としてでもメールに打ったことなどなかったのだ。


 よっぽど運動しない限り息切れなどしないのに、何故かぜーぜーする。


 慣れない事をするものではない。


 そう思いはじめた時、携帯がなった。


 太陽からの返信に違いない。


 なんとなく内容は想像がついていたのだが、少しドキドキしながら確認をする。



『そんな珍しい言葉が出てくるほどお役に立てたのならよかった。月也にもちゃんとお礼言っておくんだぞ』



 星良の思い切った言葉は、珍しい感謝の表現としてとらえられたようだ。返信の速さからして『大好き』発言をどうとらえるか迷った様子はない。


 どうせそんなことだろうと予測してはいたが、知らずに溜息がもれた。


 しかし、直ぐに次のメッセージが送られてきて、思わず顔がほころんだ。


『オレも星良のこと、大好きだよ』


 お気楽な笑顔の絵文字つき。


 間違いなく、幼馴染として、あくまで友情としての大好きだとわかるのだが、それでも顔がにやけてしまった。


 嬉しいものは嬉しい。


 星良はしばらく、枕を抱きしめてゴロゴロしながら頬が緩みっぱなしだった。


 だが、それも長くは続かなかった。


 思い切って試してみた結果、予想通り、ある意味とても面倒な状態だとわかっただけなのだ。


 おそらく……いや、かなりの高確率で、太陽は自分よりも恋愛感情に疎い。


 今まで太陽がたくさんの女の子に告白されてきたのを知っている。が、告白された数=恋愛経験豊富なわけではない。毎度毎度、告白されるまで相手の気持ちに気付いたことはなかったようだ。いつも太陽が丁寧にお断りした後に、星良がどうだったか尋ねると、何故告白されたことを知っているのか本気で驚いていた。見ていたら誰でもわかるほど、太陽以外には周知のことであっても、本人はいつも気付かないのだ。


 もしかすると、ひかりへの想いも本人はまだ気付いていないかもしれない。他の人と対する時とは無意識に違う態度と眼差しになっているのを、自覚していない可能性が高い。


 星良が知る限り、そんな太陽はこれが初めてだからだ。


 たぶん、幼少期から異性に人気のあった太陽の、遅すぎる初恋なのだ。


 そしてそんな鈍すぎる太陽は、たとえメールではなく、面と向かって真面目に好きだと伝えても、メールの返事と同じく「オレも好きだよ」とさらりと答える事が星良には目に見えるようだった。


 きっと、伝わらない。


 今までの『好き』とは種類が代わった事に、太陽は気付いてくれない。


 仲が良すぎるからこそ、普通の告白ではおそらくダメなのだ。



「だからといって、どうしたもんか……」


 思わず独り言がもれる。


 自分だって、恋愛経験と言えるようなものは今までないのだ。


 恋をしたらどうしたらいいかなんて、知らない。


 どうしたら相手に意識してもらえるかなんて、わからない。


 女友達の恋愛話を聞き流していた事を、今更ながら後悔する。


 みんな、どうしていたのだろう。どうしたいと、どうしてほしいと願っていたのだろう。


 枕を抱きしめ、天井を睨んでいた星良の脳裏に、星良の中で可愛らしい女の子の見本として、ひかりが浮かんだ。


 きっとひかりなら、所謂普通の恋愛観念を知っていそうな気がする。


 今は他に、そんな事を聞ける相手が思い浮かばない。聞いても笑われるだけだろう。


 しかし、太陽が想っているだろう相手に聞くのもいかがなものか……。


 いや……、好きな人が出来たら報告すると約束したわけだし、太陽の気持ちも勝手に自分が想像しているわけで決定しているわけではないし、太陽の気持ちを伏せてひかりに相談すれば…………。



「っだーーーーーっ‼︎」


 自分の思考に耐えきれず、再び癇癪を起して起き上がりざまに枕をドアに叩きつける。


 それでもおさまらず、布団に思い切りドスッと正拳突きをくらわすと、階下から再び母の怒鳴り声が響いた。


 星良は溜息をつくと、ばたりとベッドに倒れ込んだ。


 正直、どんな厳しい鍛錬よりも疲れる。


 これ以上考えるのを諦め……というより、脳がそれを拒否したらしく、星良はいつの間にか眠りの世界に誘われていた。


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