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星と月と太陽  作者: 水無月
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優柔不断

 帰りのホームルームで連絡事項を聞きながら、太陽は周りに気づかれぬように小さなため息をついた。


 月也に宣戦布告のような告白を受けてから、他の事に集中できなくなっている。午後の授業は半分も聞いていなかった。今も担任の話が耳に入ってこない。


 月也や星良の気持ちより、自分の気持ちが一番わからない状態だった。



 月也なら星良を幸せにしてくれる。


 そう思ってどこかホッとしている自分がいる。


 星良の一番傍にいるのは自分でありたい。


 誰にも譲りたくないと、強く思う自分がいる。


 じゃれる様な二人を見て、以前のように微笑ましく思えなかった自分に動揺する。思わず目が行ってしまった二人の唇に、胸が焼けつくような痛みを覚えた。


 これは、嫉妬だ。そう自覚する。


 星良を恋愛対象として好きだと未だに言い切れないくせに、ひかりへの想いが断ち切れないくせに、星良を他の誰かに奪われそうになったら一人前に嫉妬する。そんな自分にため息が出る。


 星良の幸せを一番に願いつつも、その想いに応えることも、一番信頼できる友とうまくいくことを願うこともできない。


 いったい、自分は何を望んでいるのか……。


 我が儘に思える自分の気持ちに心が沈み、周囲が見えなくなっていたらしい。


「朝宮くん」


 鈴の音のような可愛い声がすぐ傍で響き、太陽はハッと我に返った。すぐ横にひかりが立ち、太陽を見つめて微笑んでいる。


 星良の気持ちを知ってからずっと、ひかりと二人で話すことがないように気をつけていたのに、星良と月也のことでそこまで気が回らなくなっていたらしい。無意識のうちに帰り支度をしていたが、すっかり油断していた。


 だが、今さら無視などできない。傷つけたくて避けているわけではないのだ。


「何? 久遠さん」


 なるべく平静を装いながら答える。だが、その大きな瞳を見ただけで、気持ちが大きく揺れた。優しい眼差しに、押さえつけていた想いが溢れ出てくる。


 そんな太陽の揺らぎに気づいた様子もなく、ひかりはさらりと艶やかな黒髪を揺らして小首を傾げた。


「何って朝宮くん、ホームルーム聞いてなかった?」


「え?」


 明らかにわかっていない太陽に、微苦笑を浮かべるひかり。そんな表情も可愛いと思ってしまう自分を必死に抑えつつ、太陽は答えを待つようにひかりを見つめた。


「今日、クラス委員で集まらなきゃいけないんだって」


「そっか」


 太陽もひかりもクラス委員。二人一緒に行くのが普通だ。だが、こんな不安定な気持ちの時にひかりと一緒にいるのもためらわれた。


「オレ一人で出るから、久遠さんは部活に行っていいよ」


 なるべく自然に見えるよう提案する太陽。実際、どちらかしか出ないクラスもいるので珍しいことではない。ただ、今までは一緒に出ていたので不自然と言えば不自然だ。


 一瞬、ひかりの瞳が悲しげに揺れた。


 だがすぐに何かをぐっと飲み込むと、ニコリと笑みを浮かべた。


「部活は委員会終わってからで大丈夫だよ。気を使ってくれてありがとう」


「そっか」


 そう返されたら、もう一人で行くとは言い張れない。たぶん、ひかりはわかっている。本当は気を使ったわけでは無いことに。


 ひかりは賢い。自分が避けていることも、避けている理由もきっとわかっている。


 それを知った上で、傷つきながらも変わらずに微笑みかけてくれる。そんなひかりを見て、申し訳なさよりも愛しさが勝る。だからこそ、月也の忠告に従えずに未だにひかりを避けてしまうのだ。


 星良への想いをはっきりさせる前に、この気持ちを抑えきれなくなりそうだから……。


 二人で委員会の集まりがある教室に向かう途中は、当たり障りの無い他愛ない会話をする。クラスメイトのこと、今日の授業のこと、最近読んだ本のこと……。


 以前なら必ず話題にのぼった星良のことも、月也のことも、太陽はもちろん、ひかりも触れなかった。


 表面上は自然な会話に隠れる不自然さ。


 互いに意識している証拠だ。


 今までと変わらぬように見える笑顔のひかりの横顔に、どこか陰を感じて太陽の胸に痛みが走る。


 その陰を落としているのは自分だと思うのは、自惚れではないはずだ。


 近頃、ひかりと星良が一緒にいるところも見かけない。ひかりは友達が多いが、女友達と楽しげに会話していてもどこか寂しげな陰をおびているのは星良と距離ができてしまったこともあるだろう。


 それも、元はといえば自分のせい。


 自分の気持ちをはっきりできないがために、大切な人たちを傷つけている。


 そんな自分が情けない。


 どんなに武道の鍛錬を重ねたところで、心までは守れないのだ。


 それに比べて……と、太陽は親友を想う。


 実際に戦ったら、太陽は月也に圧勝できる。でも、心の強さなら月也の方がきっと上だ。


 今も、星良の心を守っているのは月也の方だと思う。そしてきっと、ひかりのことも気遣っているのは月也の方だ。


 月也が星良に想いを告げたのは、もしかしたらひかりのためでもあるかもしれないとふと思う。


 寂しげな幼馴染みをこれ以上放っておけないというのも、宣戦布告の理由の一つであってもおかしくない。


 それほどに、優柔不断な自分は迷惑をかけているのだ。


 太陽は心の中で溜息をつく。


 隣を歩くひかりを、愛おしいと思う。これが恋なのだとわかってはいる。


 ただ、この恋が星良以上に大切かと問われたら、YESと答える自信は無い。


 一時の恋情かもしれない。


 それだったら、一生共にありたい星良の気持ちに応えてやりたい。星良を恋人として好きになって幸せにしたい。


 そんな葛藤がずっと続いていて、答えを出せずにいる。


 答えが出る前に、ひかりが心変わりしてくれたら……。


 そんなずるい考えもなくはない。そうしたら、ひかりへの想いも断ち切りやすいからだ。想ってくれる事で傷つけるのなら、こんな卑怯な自分を嫌ってくれた方がいい。


 委員会での話を聞きつつ、そんなマイナス思考に陥っていた太陽は、隣に座るひかりが決意を固めたことに気づいていなかった。


 委員会が終わり、それぞれ教室をばらばらと出ていく。ひかりは部活へ、太陽は神崎道場へ向かうので、ここで行き先は別れる。


「それじゃ、部活頑張って」


 特に避ける意思もなく、当たり前のように挨拶した太陽を意を決したようにひかりは見つめた。


「朝宮くん」


 名前を呼ばれ、真っ直ぐに見つめられては、太陽は足を止めるしか無かった。ドクンドクンと心臓が鳴ったが、平静を装ってひかりを見かえす。


「何?」


 尋ねた太陽に、ひかりは小さく息を吸うと、口を開いた。


「今週末、一緒に遊ばない? 部活、休みなの」


「……あ、その日は……」


 思いがけぬ言葉に、咄嗟に断りの言葉が出てこなかった。その隙をつくように、ひかりは言葉を重ねる。


「お願い。一緒に行きたい場所があるの」


 大きな瞳は逃げること無く真っ直ぐに太陽を見つめている。


 星良と太陽の今の状況をわかっている。避けられている事も気づいている。


 その上で誘うのは、きっと勇気がいるだろう。ただ遊びに行きたいという単純な想い以上のものをひかりから感じ、太陽は考える前に口が動く。


「うん。いいよ」


 そう答えた自分に驚くより前に、目の前で大輪の花が開くかのようにひかりが笑んだ。


「ありがとう」


 安堵と喜びが混じった声でそう言うと、ひかりは手をふって部活へ向かっていった。


 太陽はその後ろ姿をぼぅっと見つめる。


 そして、ひかりともちゃんと向き合わねばならないと決意した。

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