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星と月と太陽  作者: 水無月
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不器用な二人

 星良は帰りのホームルームの間、担任の連絡事項も耳に入らぬほどそわそわしていた。ちらちらと物言いたげな眼差しを月也に送っていたが、手に持った小さな液晶画面から視線を離さず、気づいてくれる様子はない。星良はバクバクうるさい鼓動を静めるために、ふぅっと息を吐いた。


 太陽に無理やりキスをして想いを告げた木曜日。


 熱で寝込んでいる時に太陽が向き合ってくれると言ってくれた金曜日。


 その後、実は太陽とまともに顔をあわせていない。土日も太陽は道場には来ていたし、母屋に足を運んで母親に星良の体調を尋ねてくれていたのは知っている。だが、心の整理がつかず、家にいる間は部屋から出れずにいた。太陽も、部屋までは訪ねて来なかった。メッセージ送っていないし電話もしていない。


 昨日ひかりと話をし、心の準備は整った。あとは正々堂々、思う存分太陽に向かっていくだけだ。と、頭では考えている。だが、心が緊張を隠しきれない。


 木曜日も金曜日も、まともな精神状態じゃなかった。冷静になった今、あんなことをしてどの面下げて会えばいいのか……。


「星良さーん、帰らないの?」


「ふへ?」


 月也に呆れたように声をかけられ、星良は我に返った。すでにショートホームルームは終了し、教室に残っている生徒はまばらになっている。笑美も千歳も部活に行ったのだろう、もう姿がない。


「あれ?」


「あれ? じゃないよ、星良さん。早くしないと、太陽、ひとりで帰っちゃうよ」


「ちょっ!」


 言うだけ言って立ち去ろうとした月也の腕を、星良は反射的にがしっと掴んで引き止める。月也はゆっくりと振り返ると、いっぱいいっぱいの顔で見つめる星良に苦笑を浮かべた。


「なーに、星良さん?」


「月也、今日道場行かないの⁉︎」


「……それは一緒に帰ってほしいってこと?」


 真顔でコクリと頷く星良に、月也はニッと笑う。


「残念。今日は予定があるので、太陽と二人で帰ってください」


 言って再び立ち去ろうとした月也だったが、腕を掴んだままの星良の腕力がそれを許さなかった。仕方なく、一歩進んだところで立ち止まり、半眼で振り返る。


「星良さーん。痣になりそうなんですけど」


「予定って何? どこ行くの?」


 勢い込んで月也に尋ねる。つい必死になってしまうのは、いきなり太陽と二人きりでは心臓が持たないからと思ったから。月也がいれば、緩和剤になってくれる。三人で話せばこの緊張も和らぎ、いつも通りの自分で太陽と話せる気がするのだ。そうすれば、太陽と二人になっても話しやすい。


 だから今日は一緒に帰ってほしいと願っていたのだが、どうも雲行きが怪しい。


「どこって……かおるさんとデートだよ」


「う……」


 ニコリとそう言われては、ひきとめる術はない。自分の恋路の為に、人の恋路は邪魔できない。いつも一緒にいるので忘れてしまいがちだが、月也には付き合っている彼女がいるのだ。


「……わかった」


 月也を引き止めていた手を放すと、力なく項垂れる星良。月也は星良に向き直ると、その顔を覗き込んだ。


「何をそんなにビビってるかなぁ、星良さん。ただ一緒に帰るだけでしょ」


「……うん」


「太陽は、星良さんが来てくれるのを待ってるよ。自分の答えを伝えた後だから、星良さんの反応があるまえに自分からは行きづらいだろうし。向こうはウェルカムなんだから、安心して行っておいでよ」


「……わかってるけど」


 消え入りそうな声で答えると、月也がクスッと笑った。星良はムッとして顔をあげると、軽く睨む。


「何よ」


「いやぁ、新鮮な星良さんだなーと。怖いもんなんてなさそうだったのに、好きな人には弱いんだねー」


「……悪い?」


 楽しげな月也に唇を尖らせると、月也は眼鏡の奥の瞳を三日月型に細める。


「いや、可愛い」


「んなっ」


 笑顔で言われなれていないことを言われ、かぁっと頬に朱がさす。それを見て、横を向いて笑いを堪える月也。


「ちょっ、からかわないでよ!」


 べしっと肩を叩くと、月也はそこを押さえながらもくくっと笑っている。ツボに入ったらしい。


「失礼なんだけど!」


「ゴメンゴメン。でもまー、そのいつものテンションのまま、勢いで太陽のところ行ったら? うじうじ考えるより、さっさと動いちゃったほうがいいよ。考え過ぎるなって言ったでしょ」


 確かに、月也に怒ったことで妙な硬さはとれていた。


「ほら、いってらっしゃい」


 月也に鞄を渡される。もうからかいの色はなく、茶色の瞳には暖かな優しい光。その眼差しにぽんっと背中を押された気がして、星良は鞄を受け取った。


「じゃ、行ってくる!」


 再び緊張が自分を支配する前に、駆けだす星良。背後から頑張ってーと、月也ののんきな応援の声が聞こえた。




 太陽の教室の前までくると、星良はごくりと唾を飲み込んだ。クラスによってショートホームルームの時間は変わる。星良のクラスはほとんど人が帰った後だが、太陽の教室にはまだ人の気配が多い。


 もし、ひかりと太陽が話をしていたら……。


 真っ向勝負なのだからそれは当然覚悟しているのだが、やはりちりちりと胸が焼けるように痛む。今日、学校ですれ違ったひかりと挨拶したときは何の痛みも疼きも感じなかったが、太陽と一緒となると話は別だ。理性よりも嫉妬心が勝ってしまう。


 しかしここまで来てうじうじしていてもしょうがないので、勇気をだしてそっと教室の中を覗く星良。ひかりの姿はすでになく、太陽は窓際でクラスメイトの男子と談笑していた。


 声をかける前に太陽の視線が動き、星良をとらえる。目が合うと、鳶色の瞳が優しく細められ、星良の緊張の糸がふわりとほどけた。


 友人と別れ、太陽はすぐに入り口で待つ星良のもとにやってきてくれた。


「お待たせ。今日はもう稽古に出れそう?」


「うん」


 短く返事をすると、太陽はほっとしたように微笑み、大きな手を星良の頭にのせた。温かな手が、くしゃっと髪を撫でる。


「よかった」


 太陽の安堵の声と表情が、星良の心も落ち着ける。まるで暖かな光が差し込んだかのように、ふわりと胸の中が暖かくなる。太陽の手は、星良にとって今も昔も心を癒す魔法の手だ。会わずにいた間の緊張がバカみたいだったと思うくらい、自然に太陽に微笑を返すことができる。


「休んだ分、おもいっきり身体動かしたいから、覚悟して付き合ってね」


「お手柔らかに」


 そう笑い合って、二人で歩き出す。


 あれこれ考えずとも、滑らかに続いていく会話。ふいに訪れる僅かな沈黙も、全く怖くない。今までと同じ、二人の間に流れる空気に、月也の言うとおり本当に考え過ぎだったのだと思う。


 神崎道場までもう少しというところまできて、星良はすっかり肩の力が抜けていた。それが油断を誘ったのだろう。脇道から飛び出してきた自転車と危うくぶつかりそうになり、太陽に腕をひかれてぎりぎりでそれを避けることができた。


「危ないなぁ」


 謝ることなく走り去っていった自転車の後姿を軽く睨みながら怒ったように呟く太陽。避けるために引き寄せられた星良は、太陽の形の良い唇が間近で動くのを見て、とたんに血が逆流したかのようにかぁっと全身が赤くなった。


「お年寄りだったら大怪我させてるところ……星良?」


 眉根を寄せていた太陽は、自分以上に怒りそうな星良が黙っているのを不思議に思ったのか、視線をおとし、星良の異変に気付いたようだ。真っ赤になって硬直している星良を見て一瞬きょとんとし、それからくすっと笑った。


「新鮮だな、星良のそういう反応」


 月也と同じことを言われ、星良は我に返った。


 動きが止まってしまったのは、太陽への無理やりのキスを思い出したから。太陽がいつも通りすぎて星良もいつも通りに会話していたが、あれはなかったことにはならない。


「ごめん、太陽!」


「星良?」


 一歩下がって突然頭を下げた星良を、太陽は驚いたように見つめてから優しく顔をあげるように促す。星良はそろりと顔をあげて、太陽を見上げた。


「何を謝るの、星良?」


「だって……あたし……無理やり……き、き……」


 『キス』という単語を口にできず、ただ頬に朱をさす星良。太陽は言いたいことが分かったのか、微苦笑を浮かべる。


「謝ることじゃないよ。おかげで星良の真剣な気持ち伝わったし」


「でも……」


「その事について謝るとしたら俺の方だよ。星良にそこまでさせるほど鈍かったわけだし」


「でも……」


 うまく言葉が出ずに見上げる星良の頭を、太陽はくしゃっと優しく撫でた。そして、鳶色の瞳を優しく細め、星良の漆黒の瞳を見つめる。


「金曜日に言ったこと、覚えてる? 俺はこれから先もずっと星良といたいよ。星良とちゃんと向かいあいたい。だから、自分の気持ち伝えることに謝ったり臆病になったりしないでほしい。どんな星良でも、俺は絶対に嫌いにならない。今は星良の思う『好き』とは違うかもしれないし、これから先どう変わるかわからないけど、一生大事なのは変わらないから。もし、俺のせいで言いにくいなら、どうすればいいのか言って。どうも俺、鈍いらしいから。自分でも気を付けるけど、知らない間に星良を傷つけてるのはもう嫌だし」

 

 ごめん、と呟いて、太陽はもう一度くしゃっと髪を撫でた。


 太陽らしい、真っ直ぐな言葉。それが、星良の心を落ち着ける。こんな自分も、太陽はちゃんと受け止めてくれる。そんな安心感が星良を優しく包み込む。


 そして、自分の鈍さに困ったような顔をしている太陽がなんだか可愛くて、星良は思わず笑みがこぼれた。愛しさがこみ上げる。


「大好きだよ、太陽」


「……うん」


 素直に発せられた星良の言葉に、ほんの少し太陽の方が赤らむ。その変化を見逃さなかった星良は、ぱっと顔を輝かせた。


「あれ、太陽。今ちょっと照れた⁉︎」


「ん? いや、どうだろう」


「絶対照れたでしょ!」


 急に強気に転じた星良に太陽は視線を逸らせつつ、楽しげに微笑む。そして、先に歩き出した。


「ほら、急がないと稽古に遅刻するよ、星良」


「あ、逃げる気? 向き合うって言ったのにー」


「稽古終わったらね」


「えー」


 不満の声をあげつつも、太陽の隣に並んで歩き出した星良の足取りは軽かった。自分も太陽もどうも恋に不器用なようだが、今は頑張れるような気がしていた。

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