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星と月と太陽  作者: 水無月
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逆鱗2

 男たちは警戒するように一定の距離を保ちつつも、じりじりと月也を取り囲むように移動した。背後に立たれても、月也はうろたえることなく冷笑を湛えている。天窓からのぞく重たい雲を見上げる余裕すら見えた。雨はどうやらやんだらしい。


 男たちは互いに目を合わせ、ガレージに転がっている武器になりそうなものをそれぞれ手にする。脅す様にそれを月也に見せつけ、睨みつけた。


「田代純也、18歳。2月18日生まれ。A型」


 突如月也の口から発せられた情報に、名を呼ばれた月也の正面にいた男は僅かに目を見開いた。月也は彼を見つめ、唇の片端をあげる。


「今年の7月10日の夜、どこに誰といたか、この場で報告しても?」


「何言って……」


 男は記憶をたどる様に視線を彷徨わせ、何か思い当たったのかはっと息をのんだ。それを見て、月也は三日月のように目を細め、クスッと笑う。


「ここじゃ、都合悪かったかな?」


「てめぇ……」


 男は低く唸るが、動揺を隠し切れずに目が泳いでいる。


「純也、お前何つかまれてんだよ」


「べ、別に何も……」


「動揺してんじゃねーか。俺らに聞かせられない話があるのかよ」


 押し黙る仲間を睨んでいる男に、月也は視線を移す。そして、再び唇の片端をあげた。


「三橋雄太、19歳。5月12日生まれ。AB型」


 自分の名前を呼ばれ、男は仲間から月也に視線を移した。目があった男に、月也は静かに口を開く。


「去年の夏の花火大会、とても楽しい思い出があるみたいだね」


「なっ……」


 動揺して息をのんだ男を、月也は楽しそうに見つめる。それから、その隣にいる男に視線を移した。


「高畠宏樹、19歳。8月4日生まれ。B型」


 自分が何を言われるのかと、名を呼ばれた男はびくっと肩を揺らした。


「自分の部屋のクローゼットには、随分と素敵な物が置いてあるね」


「てめぇ、何でそれをっ……」


 思わず叫んだ男に笑みを含んだ視線を向けた後、月也は名前を呼ばれていない二人にも視線を順に移した。目が合うと、男たちは動揺した様に瞳を揺らす。


「君たちも、聞きたい? 自分のこと」


「……何なんだ、てめぇ」


 仲間にも話した事のない個人情報を口にした月也を、男たちは気味悪そうに睨みつけた。


 月也はクスクスと笑う。


「誰にでも、人に知られたくない秘密ってあるよねぇ」


 月也の背後に立つ男の凶器を持つ手に、力が入る。月也の視線が自分に向けられていないと確認すると、手にした鉄パイプを振りあげ、月也に向かって踏み出すと勢いよく振り下ろした。


 だが、月也は振り返ることなくそれを避ける。勢い余ってコンクリートの床を叩いた男の足を払い、男はその場に転がった。それを、冷めた瞳で見下ろす。


「僕の口を封じても無駄だよ。逆に僕に何かあったら、顔写真とプロフィール付きで、その情報が世界にさらされるけど、大丈夫?」


「なっ……」


「知られたらまずい相手の耳にもはいっちゃうかもね」


 月也の冷笑を、男たちはしばらく黙って睨んでいた。突然現れた自分たちの秘密を知る男を、どうしたらいいのかわからないらしい。


 そんな男たちを、月也は順に見つめていった。自分の掴んだ情報が、男たちを激しくうろたえさせていることを確認する。


「ちなみに、今後星良さんに間接的にでも何か仕掛けることがあったら、一番知られたら困る相手に、その情報を流すから、覚悟しておいて?」


「…………」


 男たちは、月也の警告に唇を噛んだ。汗ばんだ手で、凶器を握り直す。互いに動揺した視線をちらちらと合わせ、やがて意を決したように凶器を持つ手に力を入れた。


「吹いてんじゃねー。そんなハッタリで、脅してる気になってんじゃねーぞ!」


 男たちは、恐怖で月也を封じ込めるつもりのようだった。全員で、凶器を振りかざして襲いかかる。迫りくる鉄パイプや金属バット、ナイフなどを月也は冷静な眼差しで避けていった。男たちは、あきらめずに次々と攻撃をしかけてくる。特に、秘密を口にされた男たちは必死の形相で月也を狙っている。


 月也は足払いくらいはするが、自分から攻撃はしかけなかった。ひたすら、男たちの攻撃を避け続ける。だんだんと男たちの体力は削られていったが、月也の息は乱れなかった。


「しつこいなぁ」


 思わずぼやきながらナイフによる攻撃をよけ、次にしかけてきた鉄パイプと金属バットの男に視線をむけた時だった。体力の限界か、男の手から落ちたナイフが、月也の足元に滑ってきたことに、気づくのが遅れた。二人の男をよけようと足をついた所にナイフがあり、身体のバランスを崩す。


 しまったと思った時には、月也は床に尻をついていた。そこに、二人の男がチャンスとばかりに二本の凶器を振りあげた。月也は反射的に頭を守ろうと腕をあげる。が、痛みが襲ってくることはなかった。


 ガランガランという凶器が床に落ちる音の後に、男たちの身体がぐらりと揺れる。ゆっくりと倒れ込む男たちが頭を打たないよう背中を支えたのは、見慣れた姿だった。


「月也、ちょっと脅しすぎ」


 軽く睨んだ親友に、月也は微苦笑を返す。天井を見上げると、いつの間にか天窓が開いていた。ぽたぽたと屋根にたまっていた雨水が落ちてくる。どうやら、そこから音もなく飛び降りたらしい。


 太陽は一撃で意識を失わせた男たちを床に横たえると、突然の乱入者に動揺している男たちに視線を移した。


「まだ、やる?」


 月也に手をかして立ちあがらせ、男たちの反応を待つ。しばらく太陽の顔を見ていた男たちの一人がその顔を思い出したのか、ニヤリと笑った。


「なんだ、いつも神崎を止めに入る、神崎の腰巾着か」


「あぁ、あの紳士ぶってる腰ぬけか」


 男たちの反応に、太陽はぽりぽりと頬をかいた。どうやら彼らの中では、太陽は怒れる星良のなだめ役らしい。


「何か勘違いしてるみたいだけど、いつも先に星良が怒るから、怒るタイミングを逃してるだけなんだけどな」


 言いつつ、落ちていた鉄パイプを拾い、ぽんぽんと手でその硬さを確かめる。何をするつもりなのかと太陽を注視している男たちの前で、太陽はその鉄パイプを立て、それに回し蹴りを放った。


 硬い鉄パイプはまるで水あめのようにぐにゃりとくの字に曲がり、甲高い音をあげてくるくると回りながらコンクリートの床を滑っていく。男たちはあんぐりと口を開け、壁に当たってようやく止まった鉄パイプを見つめた。


「星良を泣かせた人間を許す程、俺は優しくないんだけどな」


 鉄パイプから太陽に視線を戻した男たちはその瞳を見て、知らずのうちに持っていた武器を落としていた。穏やかに見えた瞳の奥に、全てを燃やしつくしそうな恐ろしい炎が見えたのだ。その恐怖に、その場でがくりと膝をつく。


「今後も星良を傷つける気が少しでもあるなら……」


「ない。もうないっ! だから、帰ってくれ!」


 観念した男の叫びに、月也は肩をすくめた。


「なんか、偉そうな言い方だねぇ」


「反省が足りないのかな?」


 二人のやりとりに、意識の残っている三人は並んで膝をついた。そして、床に頭をつける。


「もう神崎には手を出しません。許してください」


「二度目はないよ?」


「はい!」


 月也の警告に、床に額をすりつけたまま答える男たち。心底怯えている様子を見て、二人は踵を返すとガレージを出た。立てかけておいた傘を持ち、ゆっくりと歩き出す。


 二人きりになると、月也は隣に並ぶ太陽を横目でちらりと見る。


「いつからいたの?」


「学校を出たあとからずっとつけてた」


 くすっと笑った太陽に、月也は深々と溜息をつく。


「こっそりカタつけようと思ってたのになぁ」


「一応気を使って、月也が危険になるまで見守ってたんだけどな。本当は、最初に相談してほしかったんだけど」


 軽く睨む太陽に、月也は肩をすくめた。


「だって、こういうのは僕の方が向いてると思ってるから」


「向いてるって?」


 小首を傾げた太陽に、月也は唇の片端をあげる。


「闇に映えるのは、太陽じゃやなくて月でしょ?」


 正攻法とは言えない、相手の弱みを握って脅しをかける方法を、月也は言っているらしかった。太陽は少し考え、それからニッと笑う。


「そういうなら、月は触れても何も燃やしはしないけど、太陽は近づきすぎたら全てを燃やしつくす激しさがあるんだけどな」


「そうきたか」


 太陽の返答に、月也はくくっと笑った。確かに、先程太陽に睨まれた男たちは、太陽の激しい怒りに心を燃やしつくされたようだった。


「太陽は、星良さんの為なら仏から鬼にかわるもんなぁ」


「星良を泣かされて平気でいられるわけないだろ」


 憤慨したように呟いた太陽の横顔を、月也はじっと見つめた。めったに怒らない太陽の、怒りを秘めた瞳。星良のためにしか、こんな表情はしないだろう。


「あ、月也。わかってると思うけど……」


「もちろん、あいつらのことは星良さんには伝えないよ。自分のせいだって知ったら、星良さん余計に傷つくから」


 月也の答えに、太陽はほっとしたように微笑んだ。その笑顔に、思わず月也は問いかける。


「太陽は、星良さんを泣かせたりしないよね?」


 突然の質問に、太陽はきょとんと月也を見返した。


「当たり前だろ。突然、なんだよ」


「いや、なんとなく確認しただけ」


 笑って誤魔化す月也。雲間から顔を出した三日月を見上げ、その形と同じように目を細める。


 その当たり前が守られるように、雲に隠された星々に願う。


「それにしても、あんな情報どこから仕入れるんだよ」


 半ば呆れた声で尋ねた太陽に、月也は微笑を浮かべながら唇に人差し指をあてた。


「ナイショ」


「なんだよ、それ」


「守秘義務があるんだよ」


 訝しむ太陽に意味ありげな笑みを返しつつ、二人は星良の様子を見に神崎家によってから家路についたのだった。

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