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星と月と太陽  作者: 水無月
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文化祭

 文化祭当日の校内は、朝から慌ただしい雰囲気で満ちていた。皆、最後の準備に追われ、客を迎え入れる時間まで大わらわだ。


 部活は既に籍を抜いており、クラスの出し物の準備は本番一時間前くらいからな星良は、月也と連れだって太陽のクラスを覗きに行った。


 畳を敷き詰めた教室にレトロな木のテーブルが並べられ、壁際には障子を描いたものがディスプレイされている。調理班は通常の制服だが、接客班はすでに衣装を身に着けていた。女子は長着に袴の女学生風、男子は立て襟の洋シャツに袷と袴という書生風スタイルだ。


 太陽はすぐに見つかった。背が高いのもあるが、何よりも華がある。クラスメイトと何やら相談しながらテーブルのセッティングを直している書生姿の太陽は、いつもの太陽と違って見えて、星良は何だかドキドキした。


 そんな星良に先に気づいたのは、太陽ではなく、ひかりだった。紅白の矢絣の長着に赤紫色の袴を身に付けたひかりは、準備の手を休めて星良のほうにぱたぱたと走ってきた。


「星良ちゃん、高城くん、おはよ!」


 にこやかなひかりに、ふたりとも挨拶を返した。


 星良は同性ながら、ひかりに見惚れた。浴衣姿の時も思ったが、ひかりは和装が似合う。もともと清楚で凛とした雰囲気のひかりだが、和装はそんなひかりの魅力をさらに引き出していた。


「ひかり、すごく似合ってるよ。すっごく可愛い」


「そう? ありがとう」


 星良の素直な賛辞に、はにかむひかり。それがまた可愛い。自分が男だったら、これだけで恋に落ちてしまいそうな気がする。


 月也も和装姿のひかりにほれぼれしてるかとちらりと隣を見上げたが、特にいつもと変わった様子はなかった。


「いい感じに仕上がってるね。星良さんに頑張ってもらわないと、うちの一位は怪しいかなー」


「星良ちゃんの演技も楽しみだけど、うちは料理も美味しいから、負けないよ!」


 快活に笑って宣戦布告をしてから、ひかりは、太陽を呼びに行ってくれた。太陽に会いに来たと言ったわけではないのだが、ひかりの中では星良と太陽はセットなのだろう。


「どう、似合う?」


 少しおどけたように尋ねた太陽に、星良は顔が赤らみそうになるのを必死にこらえた。


 見慣れない和装姿の太陽の笑顔は、今の星良にとっては刺激が強かったようだ。心臓がバクバクいっている。


「うん。似合ってる」


 それだけ言うのが精いっぱいだった。


 太陽は嬉しそうに微笑むと、月也に視線を移した。


「演劇、午前中だったよな」


「そ、うちは11時から。3-Bのあと」


 太陽は星良に視線を戻すとともに、星良の頭の上にぽんっと大きな手を置いた。


「ちゃんとシフトあけてもらったから、見に行くな」


 そう言ってくしゃくしゃと髪を撫でる手が心地よくて、星良の表情は自然と緩んだ。


 一緒のクラスだったらよかったのにとは今も思うが、どうにもならない事で拗ねていても仕方がない。自分の為に都合をつけてくれることを素直に嬉しく思う方が幸せだ。


「うん。セリフはないけど、カッコよく決めるからちゃんと見てね」


「楽しみにしてる」


 笑顔を残して、太陽は準備があるからとクラスメイトの元に戻っていった。


 星良と月也は、そのままぶらぶらと校内を回る。皆、どこも賑やかだ。


 しばらくして外部のお客様が入り始めたと構内アナウンスがあったが、二人はそのまま校内を歩きまわっていた。文化祭実行委員から、星良の腕を見込んで警備を頼まれているのである。


「月也、別にあたしにつきあわなくてもいいんだよ。彼女とまわらなくていいの?」


「別にいいよ。それより、星良さんひとりで警備させたら、加害者が被害者になりそうだから、そっちを見張ってないとね」


 まだ誰が彼女か知らない星良は好奇心もあってそう言ったのだが、月也はにこやかに失礼なことを述べた。


 星良はむっと唇を尖らす。


「ちゃんと手加減するわよ、学校が訴えられても困るし」


「なんだ、ちゃんとわかってるんだ」


「わかってるわよ。人を何だと思ってんの!」


「野獣?」


「何それっ!」


 思わず声を荒らげたが、既に校内に入り始めたお客がびくっと身をすくめたので、慌てて「何でもないです、すみません」と謝った。それを見て、月也は声を殺して笑っている。


「もう、月也のせいだからね」


「はいはい。すみませんね」


「心がこもってない!」


 声を抑えながらぽんぽん言い合いつつ、ぐるりと校内をまわった。特に何事もなかったので、靴に履き替え外にも繰り出す。外から見ている人が多いのか、外の方が賑やかだ。何気なく歩きつつ、アンテナは多方向に張っている星良は、ふと、何かがひっかかった。


 視線を右後方に向け、立ち止まる。


「どうかした?」


「んー、何か嫌な感じがしたんだけど……」


 おそらく、良いイメージのない人間がいたのだが、人ごみに紛れたのか、今は視界に入らない。いたと思われる方向に向かったが、怪しげな人物は見当たらなかった。


「気のせいかな?」


「星良さんの野生の勘ははずれなさそうだけどね」


「野生って……あんたねぇ」


 睨みあげた星良だったが、月也は目を三日月形に細めるだけだ。


「ま、以前星良さんに痛い目にあわされた奴がいたとしても、それに懲りてもう悪さはしないんじゃない? それより、そろそろ戻って準備手伝わないと、皆に怒られるよ」


 見れば、時計は10時を回っていた。舞台のセットを教室から移動させたり、衣装に着替えたりと準備の時間を考えたら、そろそろ戻らないとまずい。アクションの最終リハーサルも少しはやっておきたい。


「そうだね、戻ろっか」


 ひっかかりが気になりつつ、星良は月也とともに自分のクラスに戻った。




 衣装を着てから簡単なリハーサルを終え、前のクラスが終わったと同時にセットを舞台上にセッティングし終えたのは、本番の10分前だった。大道具係がかなり張り切って、主にベニヤ板で作られた背景のセットは大きく、出来もいい。森のシーンの背景に至っては、まるで本物の木のように枝を張り巡らせた大木のセットまであった。


 会場もだいぶ人が入り、本番への緊張感が高まっていた。その時だった。


「大下が怪我した⁉︎」


 監督の焦った声が舞台裏で響く。クラスメイトが何事かと声のした方向に集まると、足に包帯を巻いた大下が友人に肩を貸して貰いながら、申し訳なさそうに立っていた。


「ごめん。自信なかった所を最後にもう一回練習したら着地失敗して、足をぐきっと……」


 どうやら右足首を捻挫したらしい。歩くのも痛むようで、とても舞台に立つのは無理だ。


「どうすんだよ。大下がこびとのリーダーなのに……」


 みんな呆然と立ちすくむ。もはや、この劇はアクションが見どころだ。大下はセンスがよかったので、星良に次いでアクションが多い。白雪姫を守る側では一番強い設定なので、大下が抜けるとこびとのアクションのインパクトが弱すぎる。いくら星良が見事に吹き飛ばされる演技をしたところで、仕掛ける側もそれなりに派手な動きを出来なければ迫力がたりない。


「ほんとごめん! マジごめん‼︎」


 大下も自分が抜けることで与えるダメージをわかっているらしい。本人もあれだけ練習したのだから、出られないのは悔しいだろう。困惑が先だって大下の怪我を気遣う余裕がないクラスメイトを冷たいと責める気持ちは微塵も見えない。


「今更、ストーリー変えられないし、代役って言ったって……」


「大丈夫、適任がいるから。大下もせっかく練習したのに残念だけど、安心して休んでて。怪我を甘く見ると、あとあと響いたりするから、立ってないで座ってな」


 一人落ち着いて椅子を持ってきて大下の後ろに置いた星良に、クラスメイトの視線が一斉に向けられる。


「神崎、適任の代役って……」


 星良は黙って、舞台裏の片隅で一眼レフを手に立っている月也に視線を送った。


 監督一同、ハッとした表情になる。何故すぐに思いつかなかったのかと言うように、ホッとした微苦笑を浮かべた。


「そっか。そうだよな。月也ならできるよな」


「そう。アクションの練習にずっとつきあってたし、どうせ、セリフも全部入ってるんでしょ?」


 関係ない振りをしていても、記憶力のいい月也はおそらく全員分のセリフくらい入っている。いつどこのポジションから写真をとればいいものが残せるか、舞台の全てを頭にいれて、事前に考えているはずだ。


「えー、僕? だって、カメラ係は……」


「そんなん、他の奴に頼めばいいだろ! それより、こびと足りない方がおかしいだろうが!」


「えー、でも、この一眼レフ、ちゃんととるのは結構難しいんだけどなぁ」


 本格的なカメラを名残惜しそうに見つめる月也。


 だが、劇がグダグダになるくらいなら、普通のデジカメやスマホで撮った方がマシだ。


「グダグダ言わない! ほら、大下衣装脱いで、月也はそれを着る‼︎」


 本番まではあと5分程だ。最初はこびとの出番はないが、ちゃんと代役の準備をしないと役者が落ち着いて演技ができないだろう。ただでさえ危うい唯花の演技が、さらに恐ろしい事になりそうだ。


 えー、っとまだ渋る月也。その背後に、ぴょこんと人が現れた。


「なんなら、ぼくが撮るっすよ、月也先輩」


(いつき)……」


 現れたのは、くりっとしたチョコレート色の瞳で月也を見上げる小柄な少年。クラスメイトが怪訝な顔で少年を見ていると、すぐにその後ろから太陽とひかりが現れた。


「ごめん、何か裏が騒がしかったから何かあったのかと思って……」


「様子を見に行こうかって話しをしたら、(たちばな)くんも一緒に行くって……」


 苦笑を浮かべている二人の前で、きらきらした瞳で月也を見上げている橘少年。月也を敬愛してやまない、月也の近所に住む中学生だ。機械関係はやたら強い。


「樹なら撮れるかー」


 逃げ道をふさがれて、苦笑を浮かべながら樹にカメラを渡す月也。樹は嬉しそうに受け取り、使命感に満ちた瞳で月也を見つめた。


「ばっちり撮るっす! 月也先輩のかっこいい所! めっちゃ楽しみっす‼︎」


「いや、橘。月也だけじゃなくて、出演者全員撮るんだぞ」


 太陽がやんわり注意するが、樹に聞えているかどうか怪しい。


 事情がわかってひとまず安心した太陽たちは、樹を引きずる様にして客席に戻っていった。カメラを渡してしまった月也には、もう代役を逃れる道は残されていなかった。


 大下に差し出された衣装をしぶしぶ受け取り、身につける。そして、一つ溜息をこぼした。


「ほら、いい加減あきらめて、やる気だしなさいよ!」


 星良がバンっと背中を叩くと、月也はふっと微笑みを浮かべた。


「痛いなぁ、星良さん。相変わらずバカ力なんだから」


「なによ、それ!」


 文句を言った星良だが、その声は開演のブザーにかき消された。

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