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星と月と太陽  作者: 水無月
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日常

 夏の照りつける強い日差しを、街路樹の生い茂る葉が和らげてくれていた。吹き抜ける風は生暖かいが、それでも僅かばかりの涼しさを届けてくれる。少なくとも、先程までいた、熱気に満ちた会場よりはるかにマシだった。


 だが、街路樹の下を歩いている星条(せいじょう)高校の制服を身にまとった少女は、蒸し風呂のような暑さから逃れられた事を喜ぶどころか、気色ばんでいた。


「なんであたしが失格なのよ!」


 ひらひらと舞い落ちてきた木の葉を鋭い正拳突きで吹き飛ばすと、彼女の右隣を歩いている、同じ高校の制服に身を包んだ黒髪の少年が肩をすくめた。


「葉っぱに八つ当たりはよくないよ、クラッシャー神崎(かんざき)


「ちょっと月也(つきや)、何よその呼び方っ」


「会場で囁かれてた、星良(せいら)さんの新しいあだ名」


 短い黒髪を揺らし、鋭い漆黒の瞳で隣の月也をキッと睨みつけた星良は、眼鏡の奥の茶色い瞳が三日月の様に細められているのを見て、さらに眉を吊り上げた。そんなあだ名をつけられて喜ぶ女子高生がいるわけがないのに、面白がっている月也に腹が立つ。


 月也はそんな星良に気づかぬふりをして、指折り数えはじめた。


「鬼神でしょ、破壊神でしょ、あとは……」


「歴代のあだ名を数えなくていい!」


 物騒な呼び名を楽しげに上げていく月也を怒鳴りつけて胸倉をつかみかけると、星良の頭上に大きな手がのせられた。


「はい、そこまで」


 明るく澄んだ声の持ち主が、くしゃくしゃと星良の頭を撫でる。


 子供の頃から慣れ親しんだ頭上の手の心地よさに、星良は怒りが徐々に霧散していくのを感じた。


 手が離れると、星良は月也とは逆隣りにいる背の高い幼馴染を振り返った。


「今のは月也が悪いでしょ、太陽(たいよう)


「からかったのは月也が悪い。でも、失格になったのは星良が悪いよ」


 爽やかな笑顔できっぱりと言われ、星良は拗ねたように唇を尖らせた。


「なんでよ」


「相手に怪我させたらダメだろ」


「あれくらいで怪我するとは思わないじゃない!」


 たしなめるような太陽に不服げに言いかえした星良の横で、月也が首をすくめた。


「一撃で骨折させたとは思えないお言葉」


「あれでも加減したんだけど!」


「でも、2人連続病院送りはまずいよ、クラッシャー神崎」


「カルシウム足りてないのが悪いのよっ」


 憤慨した星良を太陽は苦笑を浮かべて見つめ、月也は笑いをかみ殺して横を向いた。




 先程まで、星良は高校の空手部員として夏の大会に参加していた。


 実家が道場をやっている為、星良は幼いころから様々な武道をたしなんでいた。道場では武道を教えているが、祖父はもともと武術家であり、星良も実戦向きの武術を得意としている。その為、スポーツとしての武道の試合に出ることは、祖父である師匠に必要ないと言われていたのだが、今回、部活の一環だからと押し切って、初めて参加した。


 組手の個人戦。道場にも同じ年頃の女子が通っていないわけではないが、星良が組手をするのは太陽と月也以外は成人男性ばかり。だから、この大会で初めて、女子高生と試合をしたのだ。


 最初にはなった上段蹴りはきれいに一本がとれた。だが、次の中段蹴り。踏み込んできた相手の腕に軽く当たってしまったと思った瞬間、相手は痛みのあまりその場に崩れ落ちた。忠告をされたものの、相手の棄権により二回戦に進出。二回戦は、軽く足払いからの突きを決めたつもりが、足払いをされた相手の足がパンパンに腫れ上がり、そのまま担架で運ばれて行ってしまった。


 技だけ見るならば、二試合ともよくある接触でしかない。だが、審判が議論した結果、星良は反則負けとされた。さすがに二人連続病院送りは危険過ぎると判断されたようだ。


 星良にとっては普通に組手をしただけだ。むしろ実家の道場の組手より加減していた。それなのに悪者とされたようで、様子を見に来ていた幼馴染の太陽と、その友人であり道場の門下生でもある月也と共に会場を後にしても、腹立たしさはなかなか消えなかった。



「だから師匠がやめとけって言ったんだよ」


 苦笑を浮かべ、不貞腐れている星良の頭を再び撫でる太陽。星良の眉間のしわは徐々に薄くなり、短い溜息と共に消えた。


「どこまで勝ち進めるか、試してみたかっただけなのに……」


「試さなくても、星良が強いのは道場でもわかるだろ」


 子供の頃は大人に勝てる日が来ると思わなかったが、今では師範代ですら星良には敵わない。未だに勝てないのは、師匠である祖父だけだ。


 星良は自分とほぼ互角に渡り合える太陽を、上目づかいで見上げた。


「太陽は自分の実力、試してみたくないの?」


「オレは誰かと力比べしたくてやってるわけじゃないからね」


「じゃあ、何でやってるの?」


 星良の問いに、太陽は柔和に微笑んだ。


「鍛練は自分との戦いだよ。今の自分より、心身共に成長するためのね。あとは、いざという時、大切な人を守れるだけの強さがあればいいかな」


「そういう事を、素でさらっと言えちゃう所が太陽だよなぁ」


 両手を頭の後ろで組み、天を仰ぎながら、笑いを含んだ声で言った月也に、太陽はキョトンとした眼差しを向ける。


「月也。今の発言、何か問題あったか?」


「全く問題ないよ」


「……じゃあ、なんで笑ってんだよ」


 三日月に細められた月也の目を、少し拗ねたような鳶色の瞳が横目で見る。


「太陽は可愛いなーと」


「男が男に可愛いとか言われてもな」


 眉根を寄せた太陽を見て、月也は楽しげな笑い声を上げた。


 星良はからかってばかりの月也に呆れつつ、内心こっそりと同意する。


 他の人ならわざとらしかったり、カッコつけているようにしか聞こえない言葉も、太陽の口から発せられると自然に聞こえるから不思議だ。そしてそれが、他人が真面目に口にしたらちょっと恥ずかしいような言葉だという事に気づかない、素直な太陽が可愛いと思う。


 気がつけば、失格にされた事の怒りはどこかへ消えていた。


 太陽の隣にいると、いつもそうだ。どんなに嫌な事があっても、ムカつく事があっても、いつの間にかそれを忘れ、笑顔を取り戻している。


 その名の通り、太陽が心を明るく照らしてくれているようだった。


 自分を挟んで軽口を叩き合っている太陽と月也を笑いながら見ていた星良は、前方から急ぎ足で歩いてくる同じ制服を着た少女に気がついた。向こうもこちらに気づき、髪色と同じ焦茶色の大きな瞳を驚いたように見開いた。


「え? 星良ちゃん?」


「ひかりーー‼︎」


 思わず足を止めた同級生のひかりに向かって、星良は勢いよく走って行った。そして、自分より一回り小柄なひかりに抱きつく。鍛え上げられた自分と違って、女の子らしい柔らかな身体は抱きしめて心地よかった。


「ひどいんだよー、ひかりー」


「え? え⁇」


 憤りは消えたものの、失格にされた事を慰めてほしくて訴えかけると、ひかりは戸惑いながらも宥める様に星良の背中を撫でてくれた。


「そんなに強く抱きついたら久遠(くどお)の腕も折っちゃうよ、クラッシャー神崎」


「んなわけあるかー!」


 背後から投げかけられた声に、ひかりの腕を解いて勢いよく振り返って言い返す。続けざまに文句を言った星良の後ろで、ひかりが肩より少し上のボブヘアをさらりと揺らして小首を傾げた。


「えーと、それはつまり……星良ちゃんは試合相手に怪我をさせちゃって、試合に出られなくなったから、こんな時間に帰ってきてるっていうこと?」


「久遠さんは察しがいいなぁ」


 星良に追いついた太陽が感心したように言うと、ひかりは微苦笑を浮かべた。


「星良ちゃんが負けるはずないって言ったのは、朝宮(あさみや)くんと高城(たかしろ)くんだよ。まだ決勝戦が終わる時間じゃないのに皆がここにいて、高城くんが星良ちゃんを妙な呼び方をするって言う事は、それしかないかなって。あーあ、星良ちゃんの試合、見てみたかったのに間に合わなかったな」


 月也に絞め技をかけつつ、ひかりの言葉を聞いた星良はがっくりと項垂れた。


「ひかりにまで怪我をさせかねないと思われているあたしって一体……」


「違う、違うよ! 高城くんの呼び方でそうかなって思っただけだから!」


 慌てて否定するひかりの横で、太陽が苦笑いを浮かべる。


「星良。月也を絞め落としそうなままで落ち込まれても、説得力ないよ?」


「あ……」


 うっかり忘れていたというように声を洩らし、星良が腕を解くと、月也はげほげほとむせて涙ぐんだ。


「やっぱり、クラッシャー……」


「つーきーやー‼︎」


 唸った星良にぺろっと舌をだした月也は、ふと何かに気付いたようにズボンの後ろポケットに手を入れた。携帯電話を取り出し、電話に出る。


「ん、やっぱり早く終わった。今から行くよ」


 自分と話す時とは違って落ち着いたトーンで話す月也を怪訝そうに見ていた星良に、電話を切った月也は唇の片端をあげて笑った。


「じゃ、僕はここで失礼するから」


「道場よってくんじゃなかったの? どこ行くの?」


 自分と太陽と一緒に神崎道場にいくと当たり前のように思っていた星良が尋ねると、月也は眼鏡の奥の目を細めた。


「彼女とデート」


「…………は?」


 予想外の答えに唖然といる星良を可笑しそうに見てから、月也はその後ろの二人に軽く手を上げた。


「じゃ、また明日」


「おう」


「またね」


 まだ呆然としている星良に一度視線を戻してから、月也は踵を返すと軽い足取りで足早に去って行った。


 その背中が見えなくなってから、ようやく星良が我に返る。


「……彼女と……デート? 月也が⁉︎」


 納得いかないと言わんばかりの言い草の星良を見て、太陽とひかりは目を合わせ、キョトンとしたのだった。


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