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星と月と太陽  作者: 水無月
19/99

文化祭前日

 文化祭前日。


 校内は熱気に満ちたざわめきに包まれていた。授業は行われず、全校生徒は明日の準備に追われている。直前ではないとできない準備も数多く、生徒たちは満足のいく出来に仕上げるために必死で動いていた。



 星良たちのクラスは、舞台での通し稽古を行っていた。舞台での稽古は放課後に何度か行っていたが、衣装を着ての稽古はこれが最初で最後。あと舞台が使えるのは本番のみだ。


 自然と、皆気合いが入る。


 星良たちのクラスの演目は『白雪姫』。

だが、文芸部員がアクション風にアレンジしているため、普通の白雪姫とは違う。


 白雪姫を狩人が逃がしてあげるのではなく、女王のいいつけ通り白雪姫を殺そうとした狩人から、七人のこびとが白雪姫を助けるところからアクションシーンがはじまる。その後も、女王が白雪姫を直接狙うのではなく、女王から命じられた狩人が何度か白雪姫の命を狙い、そのたび七人のこびとと戦うのだ。


 つまり、アクション担当はこびと役の七人と狩人。メインキャストは白雪姫と女王、王子だが、狩人が主役かと思えるほど目立っており、最初は月也にこの役をという声があったのだ。


 それにしても、メインキャストの演技力は気合いでどうにかなるものではなかった。


 愛らしい衣装を身につけた白雪姫役の唯花は、特にひどかった。幼稚園のお遊戯会レベルと言ったら、幼稚園生に失礼にあたるだろう。棒読みもいいところで、あまりのひどさに台詞の内容が頭に入ってこない。


 しかし、代役をたてる時間もないので、監督役を含めたクラスメイトのほとんどが諦めの溜息をついた。


 星良は別の理由で溜息をついていた。


 舞台に上がりたくなくて指導役になっていたはずだったが、メインキャストの演技力をカバーするには星良がアクションシーンに参加するのが手っ取り早いというクラスメイトの決断に、逆らうすべがなかったのである。おかげで、今は急遽用意された衣装を身につけていた。台詞は勘弁して欲しいという願いは聞き入れてくれ、もともとある配役ではなく、新たに台詞のない役を追加してもらった。狩人の手下である。


 戦うたびに結局負ける役だが、やられる側がうまければ、攻撃側が強く見える。それに、星良が相手ならば、遠慮せずに攻撃をしかけても怪我をさせる心配がないからと、こびと役の男子たちの動きもよくなっていた。


 唯花の演技を半眼で眺めつつ、星良は自分の出番を舞台袖で待つ。女王のいいつけで狩人が白雪姫を森に連れ出したところで、最初の星良の出番だ。意味も無くバク宙やバク転を交えたやたら目立つ登場をし、空中回し蹴りなど派手に見える技で白雪姫に襲いかかる。


 星良は練習通り、軽やかに舞台に飛び出した。くるくると何度も回転しながら唯花に近づくと、唯花に向かって鋭い蹴りをはなつ。もちろん寸止めするし、間にこびと役の男子が割り込んで止める事になっている。


 それはわかっているはずなのだが、このときばかりは唯花の怯えた様子は演技がうまく見える。何度やっても、実際に怯えているだけなのだが。


 そこで監督が一度演技を止めると、ぱちぱちと拍手が鳴り響いた。


 音のした方向を皆が見ると、そこには太陽が立っていた。


「けっこう本格的だね。本番が楽しみだな」


「あー、いや、ありがとう」


 爽やかな太陽の笑みに、監督は苦笑いをかえす。


 おそらく、太陽はアクションシーンが始まったところから見たのだろう。唯花のひどい演技をみたリアクションでは無い。


 誰もがそう思って微妙な笑みを浮かべていたのだが、唯花だけは違った。


 喜々とした様子で太陽にかけより、上目遣いで太陽を見上げる。


「ありがとう、朝宮くん。私の演技、どうだった?」


「今の怯えた表情とか、すごく上手だと思うよ」


 太陽の言葉に喜ぶ唯花の後ろで、クラスメイト全員が「そこだけな」と心の中で突っ込む。


 しかし、太陽も唯花も気づいた様子は無い。


 唯花は媚びるような眼差しで太陽を見つめ、無言で自分の衣装をアピールする。それに、太陽は気づいたようだった。


「その衣装もすごく似合ってるよ、水多さん」


「ほんとぉ? 朝宮くんにそう言ってもらえると、すごく嬉しー」


 甘ったるい話し方。明らかに、女子と話す時と違う。


「明日、絶対見に来てね、朝宮くん」


「うん。もう見に来られるようにシフト組んでもらったよ」


 言って、太陽は舞台上に立っている星良にちらりと視線を送った。それが、自分を見に来るためだと言っていると感じ、星良の口元は少し緩んだ。


 足下に荷物を置いている太陽は、自分のクラスの準備の途中で通りがかったついでに少しのぞいてみたようだった。だが、唯花とその友人たちにそのままつかまってしまい、少し困った様子でその相手をしている。


 監督は唯花の演技を諦めているので、そんな彼女たちを放置して、リハーサルの続きをはじめた。


 アクションの練習をしていない王子が、最終的に狩人とその手下を倒すことになっているので、星良と王子の戦いのシーンに練習の熱が入る。あまり強そうに見えない動きの王子が、手練れ過ぎる手下をどうやったら不自然さ無く倒せるかが、難しいところだった。


 星良は稽古をしながらも、時々太陽を見る。太陽も、唯花たちにつかまりつつも、ちらちらと星良の演舞を見ている。


 太陽がここに立ち寄った目的は自分の様子を見に来ただけだし、そろそろ自分のクラスに帰らなければならないだろうと判断した星良は、唯花たちを練習に引き戻そうと舞台を降りた。


 その時、よく通る明るい声が響いた。


「朝宮くん、やっぱりここにいたんだ」


「あ、久遠さん」


 迎えに現れたらしいひかりを見て、太陽はほっとしたように微笑んだ。ひかりは微苦笑を浮かべながら、太陽に歩み寄る。


「なかなか帰ってこないと思ったら、やっぱり星良ちゃんのところだったんだね」


 ひかりの言葉に、唯花がむっとしたのが星良の距離からでもわかった。自分たちが太陽の傍にいるにもかかわらず、星良のために来たと言われたのが不服だったようだ。


「私も星良ちゃんの演技見たいの我慢してるのに、ずるいなー」


「ごめんごめん。つい長居しちゃって」


「もぅ、みんな待ってるよ」


「はい。すぐ戻ります」


 足下の荷物を持ち上げ、傍まで来たひかりにぺこりと頭を下げる太陽。ひかりがクスッと笑うと、太陽も顔をあげて微笑んだ。


「それじゃ、お邪魔しました」


「明日、本番楽しみにしてます!」


 太陽の後のひかりの言葉に、星良のクラスの男子の顔が緩む。


 ひかりは星良を見つけて手を振ったあと、星良のクラスメイトにぺこりと頭を下げて踵を返した。


「……男に媚びてんじゃねーよ」


 太陽と並んだその背中に、唯花の棘のある声が刺さる。


 ひかりは足を止め、振り返った。


「今、私に何か言った?」


 ぱちぱちと目を瞬くひかりから、唯花は視線をそらす。


「別に、何も」


 その態度だけで、ひかりへ不満があることは明らかだった。


「何か言いたいことがあるなら、はっきり言ってくれる?」


「なんでぇ?」


 刺々しい唯花の声にめげること無く、ひかりは唯花の横顔をまっすぐ見つめながら答えた。


「何か気に障ることをしたなら、謝りたいし、自分で気づかない悪いところがあるなら、直せるなら直したいから。知らないまま、陰で言われても何もできないけど、はっきり言ってくれたら対処できるでしょ」


 責める口調でも、むっとしてる様子でもない。純粋にそう思っているのが周囲にも伝わってくる。


 それが、唯花は嫌だったようだ。


「久遠さんって、そうやって誰にでもいい顔したがるよねぇ」


 太陽がいるからか、甘えた口調に戻しながらも嫌みをいう唯花。だが、ひかりの凛とした瞳は揺らがない。


「そうかな? 誰からも好かれるのなんて無理だってわかってるし、自分の気持ち曲げてまで好かれようとは思ってないよ。自分でも悪いと思うことなら直したいだけ。自分では気づけないこともあるだろうから、気づいたなら教えてほしいの」


 唯花を見据えたまま、ひかりは続ける。


「ただ、自分で直す必要がないと思うことなら、そこは曲げるつもりはないから、そうだったらゴメンね。価値観が違うんだと思って」


 そう言って笑んだひかりに、いつのまにか星良の隣に立っていた月也がひゅぅっと口笛を吹いた。


「久遠って結構言うよね」


「ある意味、あたしより強いと思う」


 星良が感心していると、唯花は返す言葉が見つからなかったのか、ふいっと踵を返してひかりから離れていった。


 ひかりは困ったようにその背を見送ったが、星良が自分を見つめていることに気づき、微苦笑を浮かべた。星良がひかりに気にするなと言うように手を振ると、ひかりは少しほっとしたように微笑み、太陽とともに自分のクラスに帰って行ったのだった。

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