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星と月と太陽  作者: 水無月
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文化祭準備1

 ホームルームがはじまった教室を、後方の席に座る星良はぼんやりと眺めていた。


 約ひと月ぶりに顔を見るクラスメイト達は、色んな顔を見せている。


 休みが終わり、憂鬱な顔をしている者。久しぶりに再会した友達と、ひそひそと楽しげに会話している者。夏休み前とはかわった人達もいる。髪の色が明るくなっている者。眼鏡からコンタクトレンズにした者。どこか大人びた者。表情のさえない者。


 きっと皆、休みの間に何かあったのだろう。自分のように。


 自分はどう変わったのだろう。変わって見えるのだろう。


 そんな事を考えているうちに、ホームルームは終わっていた。次に、三週間後に控えた文化祭の話し合いが始まる。


 星良たちのクラスは、演劇をやる事が夏休み前にすでに決定していた。主要キャストは夏休み中も練習していたようだし、大道具や小道具係も頑張っていたようだ。


 星良は、アクションシーンの指導係。月也は主役を勧められていたがきっぱり拒否し、当日の写真係にちゃっかりとおさまっていた。当日までは、手の足りない係を手伝うだけのけっこう美味しい仕事だ。


 話し合いは、主に今後のスケジュール。


 星良はアクション担当の男子たちを順に眺める。初回の練習で、あまりに身体が出来ていなかったため、夏休みの間にストレッチと筋トレを命じていたのだ。


 星良の視線を感じたのか、びくりと背中を震わせる彼ら。きちんと言う事を聞き、前よりマシな身体にはなっているようだ。


 これで、これから三週間、みっちり練習できる。


 そう思っていると、斜め前方から、押し殺した聞きなれた笑い声が聞こえた。


 視線を移すと、月也が口に手をあておかしそうに笑っている。視線がこちらを向いているので、自分の事を笑っているに違いない。


『何よ』


 口パクで文句を言うと、月也も口パクで返してきた。


『星良さんが、アクション担当を邪悪な笑みで見てるから』


「誰が邪悪よ!」


 思わず声をだしたので、クラスメイトが一斉に振り向く。呆れ顔や怯えた顔の皆の中、月也だけが声を出さずに腹を抱えて笑っている。そんな月也を睨みたかったが、何やらアクション担当男子が既に怯えた眼差しなので、これ以上怖がらせないようにそれを我慢し、皆に謝って話し合いの続きを促した。


 むくれて机につっぷす星良。恥ずかしさを忘れる為に、別の事に頭を切り替えた。


 文化祭。隣のクラスの太陽とひかりは、大正ロマン喫茶をやるらしい。クラスに着物レンタル店の子がいるということで、激安でレンタルできるからだそうだ。


 そっちの方が楽しそうでいいな、とぼんやりと思う。


 自分に袴が似合うとは思わないが、太陽の袴姿は見たい。まぁ、遊びに行けば見られるのだが、同じクラスなら、ずっと見ていられるのだ。


 ひかりも、きっと袴が似合う。ひかりが袴を着て校内で宣伝したら、かなりの宣伝力だろう。男子も怯むアクションを指導する自分とは、女子として雲泥の差だ。


 余計へこんだ星良は、くしゃくしゃと頭を撫でられて、はっと我に返った。間違えるはずのない、大きな手。


 顔をあげると、クラスの中にはいるはずのない太陽が立っていた。


「お疲れ、星良」


「え、あれ、太陽?」


 辺りを見回すと、さっきまで着席していたクラスメイト達の姿はまばらになっていた。


「あれ? じゃないよ。話し合いの最中に寝てて許されるの、星良さんくらいじゃない?」


「え……」


 脳が考えることを拒否したのか、いつのまにか眠ってしまったらしい。我ながら、器用にできている。


「昨日まで頑張り過ぎて、疲れちゃったんだろ」


 太陽は再び、よくできましたというように頭を撫でてくれた。その温かな手は、たとえ真夏だとしても心地いい。ふわりと気持ちが軽くなる。


「太陽が見捨てるからだよ」


 心とは裏腹に、拗ねた顔をして太陽を見上げる。太陽は、優しく目を細めた。


「二年後に見捨てられるより、いいだろ」


「二年後?」


 きょとんとすると、太陽は柔らかく笑む。


「今からちゃんと勉強しないと、同じ大学に行きたくても行けなくなるだろ?」


「…………」


 一瞬硬直した星良は、顔が赤くなるのを隠す様に机に突っ伏した。


 太陽が見ている未来に、当たり前のように自分がいることが嬉しかった。


「だーかーら、嫌がっても勉強は甘やかさないからな」


 再びくしゃくしゃと頭を撫でられ、頬が緩む星良。今まで当たり前だった事が、今はこんなにも嬉しい。


 辛いことも増えるが、幸せな気持ちも増える。


 恋とは、不思議なものだ。


「仕方ないな。太陽が同じ大学に行ってほしいっていうなら、勉強してあげる」


「なんで上から目線なんだよ」


 顔を整えてから顔をあげた星良に、太陽は微苦笑を返した。


 そんな、太陽との当たり前の会話が幸せだ。


「星良ちゃん、おはよ」


 その声に、穏やかだった心に僅かな緊張が走る。


 声のした方向に顔を向けると、ひかりが笑顔で手を振っていた。


「おはよ、ひかり」


 挨拶を返すと、ひかりは小走りに歩み寄ってきた。


「星良ちゃん、もう足は大丈夫?」


「うん。もう全然平気」


 山で捻挫した方の足をかかげて見せると、ひかりはほっとしたように息を吐いた。


「ところで、星良ちゃんはこれから練習?」


「え? あー……」


 寝ていてタイムスケジュールを把握していないので、口ごもる星良。ひかりは、大きな瞳で星良を見つめ答えを待っている。


「星良さんは、この後、空き教室でアクション指導だよ」


 代わりに答えた月也を、星良は振り仰ぐ。


「あ、そうなの?」


「そうなの。今、担当男子が空き教室にマット運んで準備してる最中。それが終わり次第、神崎大先生の指導開始。アシスタントは、僕ね」


「え、何で?」


「星良さんのアクション見本の相手できるの、他にいないから。ちゃんと寸止めするって言っても、みんなびびってやりたくないって言うから」


「へ、へー」


 人が寝ているのをいい事に、いつの間にかそんな話し合いがされていたらしい。顔を少々引きつらせる星良を見て、太陽とひかりが微苦笑を浮かべる。


「で、久遠は星良さんに何用?」


 月也に話しを戻され、ひかりは思い出したように微笑んだ。


「あ、私もこの後文化祭の準備で残るから、帰りの時間同じくらいになりそうだったら、一緒に帰りたいなって」


「もちろんいいけど……」


 まだ続きがありそうなひかりをきょとんと見上げると、ひかりは嬉しそうに笑んだ。


「これから文化祭の準備の追い込みで忙しくなるし、甘いもの食べて帰ろ? 美味しそうな店見つけたから、星良ちゃんと行きたくって」


 無邪気なひかりの微笑みは、温かくて、苦しい。


 忙しい中誘ってくれたのは、文化祭のせいじゃない。星良が課題で頭を悩ませていた事、捻挫で稽古はもちろん運動も出来ていない事。それでストレスをためている事をわかっていて、誘ってくれているのだ。


 その優しさが伝わってくるからこそ、胸が苦しい。


 ひかりを好きだと思う程、自分が情けなくなる。ひかりをねたみそうになる自分が、嫌になる。


 それを隠して、ひかりに笑顔を返した。


「うん。私も行きたい! こっちが先に終わったら、教室で待ってるね」


「わーい。よかった。じゃあ、私も先に終わったら教室にいるね」


 きらきらした笑顔。名前の通り、光をまとっているかのようだ。



 太陽の前で、そんなに可愛く笑わないで。



 今まで思った事もないことを考えてしまう自分が恐い。


「えー、女子だけずるいなぁ」


「俺たちも甘いもの好きだよな」


 月也の拗ねた声に、太陽の柔らかな声が同調する。


 ふっと呪縛がとけるかのように、心が落ち着きを取り戻す。


 強張りかけていた顔に、自然な笑顔が戻る。


「しょうがないな、一緒に行く?」


「わーい。よかったぁ」


「月也が言っても可愛くない!」


 ひかりの真似をした月也に突っ込むと、四人で笑いあう。


 二人の存在に、そっと感謝した。

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