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星と月と太陽  作者: 水無月
15/99

新学期

 久しぶりに座る教室の机の上に、星良は朝からぐったりと倒れ込んでいた。


 溜めこんでいた夏休みの課題を、昨夜遅くまでかけてようやくやり終えたのだ。


 宣言通り、太陽も月也も、ひかりでさえも本当に手伝ってくれなかった。わからない問題があればヒントをくれたが、それも星良が努力しても無理だった時のみで、楽をさせてくれることはなかった。


 おかげで、普段あまり使っていない脳を一週間フル稼働したため、どんなきつい稽古よりも疲れていた。一緒に遊んでいたはずの彼らはとっくに課題をやり終えていたのだから、無計画だった星良の自業自得だという自覚はある。


「おはよー、神崎。遊び疲れ?」


「おはよ。違う。勉強疲れ」


「神崎が? そんなわけないでしょ」


 約ひと月ぶりに会うクラスメイトたちは、机に伏したまま答えた星良をみて笑う。星良は顔を横に向け、隣の席の彼女に告げる。


「本当だって。課題を終わらせるのに必死だったの」


「またまたー。どうせ、優秀な家庭教師が優しく助けてくれたんでしょ?」


 神崎はいいよねー、と、彼女と一緒に登校してきた数人が彼女の意見に同調する。


 星良は彼女たちに気づかれないように、小さく溜息をついた。


 彼女たちの言葉には小さな棘がある。悪気はないのかもしれないが、心の中にある嫉妬を隠し切れていない。昔からそんな子はたくさんいたので慣れっこだが、気づかない振りもなかなか疲れる。


 否定しても素直に信じてくれそうにないので、星良は曖昧にその話題を終わらせた。


 近くの席の彼女たちは、すぐに夏休みをどう過ごしたかの話題に移る。海に行った、旅行に行った、ナンパされた、バイト先にかっこいい人が入ってきた、彼氏ができた。


 恋愛の話しになるとやたら盛り上がる彼女たちを、星良は机に突っ伏しながら横目で眺める。


 夏休み前までは、完全に他人事だった恋愛話。はじめて恋を自覚した今は気になる話題ではあるが、彼女たちの中に入ろうとは思わなかった。


「ねー、神崎はどこ遊びに行ったの?」


「んー、花火見に行ったり、バーベキューしたり」


「写真無いの-?」


 ねだるような声。暗に太陽の写真が見たいと言っている。


 だが、星良は写真を撮る習慣が無い。


「んー、無い」


「えー、嘘~。ケチケチしないで見せてよー」


「いや、本当にないし」


「そんなに朝宮くんを独り占めしたいわけー?」


 面倒くさい。


 星良は心の中で毒づく。


 彼女たちは別に星良に興味があるわけではない。彼女たちと星良ではあまり共通点がないからだ。クラスメイトでなければ、話すこともないかもしれない。


 自分を可愛く作り上げることに命をかけ、いかにいい男と親しくなるかを常に考えている彼女たち。


 悪いとは言わない。何が大切かは人それぞれだ。


 彼女たちから見れば、恋もせず、オシャレもせず、ただ武道の稽古ばかりしている星良の方が女子高生としておかしいだろう。


 ただ、星良を利用して、太陽に近づこうとするのが面倒だった。


「そんなんじゃなくて、ただあたしが写真撮らないだけ」


「ほんとにー? 神崎、朝宮くんの事になると冷たいからなー。夏休みも誘っても遊んでくれなかったしー」


唯花(ゆいか)に取られるのが怖かったりして」


 彼女の友人が、小さな声で言って隣に座る子とくすくすと笑っている。


 聞こえてないとでも思っているのだろうか。自分たちの方がルックスが上だからと、明らかに上から目線の態度だ。


 確かに、彼女たちは星良より可愛い。特に、彼女たちのリーダー格である水多(みずた)唯花は、ひかりと違ったタイプの美人だ。


 ひかりは清楚で可憐。唯花は派手で華やか。


 まぁ、それはいい。自分でも、そんなに可愛くないのは自覚している。


 ただ、ルックスだけで太陽が奪われると心配していると思われているのが腹が立つ。


 だが、暴力をふるったわけでも無い相手に、ましてや女子に、ケンカは売れない。


 だから女子は苦手だ。


 そう心の中で溜息をついたとき、すっと彼女たちの背後に人影が現れた。


「星良さんは、機械類が苦手なだけだよねー」


「高城くんっ?」


 唯花の声が、ワントーン高くなる。女子や、どうでもいい男子の前では出さない声だ。


「おはよー。元気だった? 夏休み中も会いたかったなー」


「おはよ」


 月也は挨拶だけを唯花にかえし、机に伏している星良の傍に立った。


「星良さんも、おはよ。勉強お疲れ様。よく一人で頑張ったよね」


「ほんとにお疲れなんだけど」


 唇を尖らせながらも、どこかほっとする。


 月也にもさんざん腹をたてさせられるが、彼女たちとは質が違う。胃がキリキリしそうないらだちは、月也にはない。


「へー、ほんとに勉強疲れなんだぁ」


「太陽、厳しいところは厳しいからね」


 さりげなく、星良と彼女たちの間に立つ月也。まるで、唯花たちから庇われているようだ。


「あと、写真は僕担当だから、星良さんは全然撮らないよ」


 あぁ、そうか。と、星良は納得する。


 自分に写真を撮る習慣は無い。月也が一緒に遊びに行くようになってから、月也がみんなの写真をとってくれていたからだ。


「そうなんだぁ。高城くんの撮った写真、見たいなぁ」


 星良に向けられていた物とは違う甘い喋りかたの唯花は、上目遣いで月也にねだる。


 どうやったらそんなにすぐにキャラを変えられるのか、星良には不思議だ。


「あるよ、写真」


 にっこりと笑む月也。ポケットからスマホでは無く、プリントアウトした写真を取り出す。


 だが、彼女たちに見せたのは、写真の裏側だ。


「わー、見せてー!」


 可愛くねだる唯花たちに、月也は眼鏡の奥の瞳を三日月型の細める。


「太陽の水着セクシーショット。一枚百円になります」


「え……」


 思わず素の声をだし、固まる彼女たち。


「庭で花火したときの浴衣写真もあるよ。これも、一枚百円だけど。あと、道場で稽古中の男らしい太陽とか」


「……見るだけでもいいんだけど」


「それは残念」


 全く残念でなさそうな月也は、あっさりと写真をしまおうとする。


 それを見て、慌てたように手を伸ばす唯花。


「ちょっと待って! ――全部だと、いくら?」


「全部で千二百円」


 月也の提示に、彼女たちはひそひそと相談をはじめた。みんなで割り勘にするつもりかもしれない。四人なら一人三百円。短い相談で、それは許容範囲という事になったようだ。


 彼女たちは月也から写真を買うと、教室の隅に行ってキャーキャー言いながら写真を見始めた。


「……月也。太陽に許可とってんの?」


 むくりと起き上がって尋ねると、月也はにっと笑った。


「大丈夫。太陽は優しいから許してくれるよ」


「あーのーねー」


 軽く睨んだ星良だが、月也がポケットから取り出した物を見て文句を飲み込む。


 色んな表情をした太陽の写真がそこにはあった。まるで、アイドルの写真のようだと思いつつ、魅力的な表情の太陽に、思わず見とれる。


「星良さんは、もちろん無料でいいよー」


「いや、現像代くらい払うけど」


 言いつつ、彼女たちに渡した物より大量の写真を受け取った。太陽のブロマイドのような物から、みんなで楽しそうに写っている物まで、夏の想い出がつめこまれていた。


 自然と、笑みが浮かぶ。


「やっと笑った」


「え?」


「星良さん、朝から疲れ切った顔しすぎ」


 やっぱり彼女たちの気をそらせてくれたのかな、と思う星良。近頃、月也は星良に少し甘い。


「そう思うなら、課題手伝ってくれればよかったのに」


 軽くすねて見せた星良に、月也は目を細める。


「それは、太陽が甘やかすなって言うからしかたなく。じゃ、お詫びにとっておきの一枚をあげよう」


 月也がポケットから取り出したのは、一枚の写真。


 太陽が笑顔で、恥ずかしがる星良をおぶっている。


「ちょっ、これっ」


 写真で見ても、背負われている自分は恥ずかしい。


「いい写真でしょ?」


 だがしかし、月也の言葉には頷かずにはいられなかった。


 背負われているときには見えなかった太陽の表情。


 その優しい笑みが自分に向けられていたかと思うと、くすぐったくも、心が温かくなる。


「ありがと。ありがたく受け取っておく」


 照れ隠しにぶっきらぼうに礼を言った星良を月也が笑ったとき、始業のチャイムが鳴った。

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