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星と月と太陽  作者: 水無月
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痛み

 息が止まる程の悲しみで心がマヒしているのに、長年鍛えられた身体は勝手に動いた。 


 背中から宙に投げ出された身体の首を返し、それと同時に膝をひきつけた勢いで身体を空中でくるりと回転させると、急斜面に生い茂る背の高い草地の中にとんっと降り立った。だが、ぬかるんでいて足が滑り、踏みとどまれない。そのまま跳ねて後方に飛び、身体の向きを斜面の下を流れる川の方向に向け、数度の跳躍で川辺に着地した。


「星良!」


「星良ちゃんっ!」


「さっすが星良さん」


 心配そうな声と、感心した声が重なって上から響く。


 星良はふぅっと息を吐いてから振り向き、斜面の上を見上げた。


 太陽とひかりが身を寄せ合うようにして、星良を心配そうに見おろしている。ズキンと胸が痛み、顔が歪むのを隠せなかった。


「怪我したのか⁉︎」


 思わずうつむいた星良の頭上から、太陽の焦った声が響く。そうじゃないと否定しようとして、星良は右足の痛みに気づいた。最初に着地した時、ひねったらしい。心の痛みに気を取られ、今まで気づかなかったようだ。


「星良、今行く!」


「え……」


 慌てて顔をあげる星良。今、太陽を目の前にしてどんな顔をしていいのかわからない。


 だが、太陽はすでに真剣な顔つきで急斜面を駆け降りようとする寸前だった。


「ちょっ……」


「はーい、太陽ストップ」


 焦って止めようとした星良より早く、太陽の後ろまで山道を降りてきた月也がその背を引っ張って太陽を止めた。


「なんだよ、月也」


 珍しく苛立ったように睨んだ太陽に、月也は肩をすくめる。


「落ち着きなよ、太陽。星良さんでも上手く降りられなかった所を駆け降りて、太陽まで怪我したらどうするわけ? 僕、二人を引きあげるほど力ないからね」


「それは……」


「大切な星良さんが怪我して慌てるのはわかるけどね、ちゃんと考えて動かないと二次災害になるよ。そしたら、星良さんも助けられないよ」


「……うん。ごめん」


 月也にたしなめられ、太陽の瞳がいつもの落ち着きのあるものに戻った。月也はにこっと笑うと、ひかりを後ろに下げ、下にいる星良を見おろした。


「星良さん、怪我は足ひねったくらい?」


「うん。右足を軽くひねっただけ。他は大丈夫」


 太陽やひかりではなく、月也に声をかけられた事にほっとする星良。まだ心がズキズキと痛んで、太陽やひかりと普通に話せる自信がない。


「じゃ、テーピングすれば大丈夫かな」


 月也はそう呟くと、荷物を下ろし、その中からテーピングの道具とロープといくつかの小物を取り出した。


「じゃ、太陽。これをウエストに巻きつけて、そこで踏ん張ってて。僕が降りるから」


 そう言ってロープを太陽に渡すと、それ以外の小物をボディバックにつめる月也。太陽は不満そうに月也を見つめる。


「星良を助けに行くなら、オレが降りる」


「だーかーらー、太陽が一刻も早く星良さんの傍に行きたいのはわかるけど、僕より太陽のほうが力が強いだろ。このロープが届きそうな場所に丁度いい木もないし、上でロープを支えてる人間がしっかりしてないと、登る人が危ない。だから、太陽がこっちに残って、僕が降りる方が安全。OK?」


「…………OK」


 月也に冷静に言い含められ、太陽はしぶしぶ頷くと、自分の腰にロープを巻き付けた。道の山側に、しっかりと立つ。


「まかせた、月也」


「了解」


 月也は目を三日月のように細めると、太陽から伸びたロープを持って斜面を下りはじめた。一昨日の雨を含んで脆くなった場所や、ぬかるんでいる場所が多かったが、ロープを持ち、焦らずに降りていけば大きな問題なく星良のところまで辿りつくことができた。


「大丈夫? 星良さん」


「うん」


 降りている時から太陽やひかりを見ず、自分をぼぅっと見ていた星良に、月也は小さく微笑んだ。


「じゃ、とりあえず治療するから、そこ座って。あ、太陽と久遠は休憩しててー」


 星良を川に向かって座らせた後、心配そうに見おろしている太陽とひかりに手をふる月也。太陽とひかりは動こうとしなかったが、気にせずに星良の前に腰をおろした。


「はい、足出してねー」


「うん……」


 星良が靴や靴下を脱いでいる間に、月也はハンドタオルを川の水でぬらして戻ってきた。


 冷たくなったタオルで、星良の熱を持った足を冷やす。


「太陽は、星良さんのことが本当に大切なんだね」

 星良の目を見ず、ボディバックからテーピングの道具を取り出しながら、月也は穏やかな声でそう言った。星良は唇をかむ。


「今の、どこをどう見たら、そう、なるのよ」


 苦しくて、言葉が途切れ途切れになる。


 目の前で他の人の手をとられた。本当に大切だったら、そんなことをするだろうか。


「何? 久遠の手だけをとったことを言ってるの?」


 目を上げた月也の瞳は笑みを含んでいて、星良はむっとして睨み付けた。


「他に何があるのよ」


「あのねぇ、星良さん」


 なだめるような声を出し、月也はぬるくなったタオルを手に取った。


「落ち着いて考えてみてよ。もし、あの場面で相手が僕だったらどう? 久遠と星良さんの両方の手を取ろうとしたり、星良さんの手だけをとったら、どう思う?」


「え……」


 問いかけを残し、再び川にタオルをひたしに行った月也の背を見つめながら、星良は言われたことを考えてみた。


 もし、相手が月也だったら。


 落ちそうになった自分とひかり。伸ばされた手が、二人の手をとったら……。もしくは、自分の手だけをとったら…………。


「で、どう?」


 戻ってきた月也が再び患部に冷たくなったタオルを置いて尋ねた。


「……あたしの手をとったら、余計なことをって思う、たぶん」

 冷静に考えたら、手を出されない方がよかったのだ。反射的に自分でバランスをとろうと動こうとした時に、誰かにひっぱられたらよけいバランスを崩す。手を取ろうとした人もろとも転がり落ちるだろう。


 そして、ひかりを見捨てるなどもっての他だ。


 自分は一人でも何とかなる。いや、むしろ一人の方が何とかなる。でも、ひかりが一人で落ちたら怪我をするのは間違いない。


 あの場合、ひかりの手だけをとるのが皆にとってもっとも安全なのだ。


「でしょ? 星良さんの身の安全を考えたって、久遠の手だけをとったほうがいい。星良さんくらい身体能力が高かったら、余計な手出しをしない方がいいからね。それくらい、つきあいの長い太陽はわかりきってるよ。誰よりも、星良さんのことをわかってるんだから」


「……うん」


 それでも、まだ胸は痛い。わかっていても、一度深くえぐられた傷は、そう簡単に癒えない。


 うつむいて黙り込んだ星良の足を、月也は優しい手つきでテーピングし始めた。


「星良さん。太陽は何も変わってないよ。星良さんのこと、大切でしょうがないんだ。今も、ここに来たくてしょうがないって顔で見てるよ」


 クスッと笑いながら、頭上の太陽を見上げる月也。


 星良もつられて見上げると、心底心配している太陽と目が合った。


 めったに怪我も病気もしないので、こんな眼差しを向けられるのは久しぶりだった。


 隣のひかりに気をとられることなく、一心に自分を見つめている太陽。ほんの少し痛みが消えて、心に暖かさが戻ってくる。


「まぁ、うっかり最初の着地を失敗して怪我するくらい、動揺するのは仕方がないとは思うよ。変わったのは星良さんだからね。今までと同じように感じられない。冷静に考えられない。ちょっとしたことで不安になったり、幸せになったりする。それが恋する乙女心だけど、まだ慣れてないんでしょ」


 ふふっと笑いながらテーピングを続ける月也に、星良は視線を移した。


 月也は、星良を見ていない。ただ、丁寧にテーピングをしてくれている。


「月也……あたしを落ち着かせに降りてきたの?」


 痛みが落ち着いてきたら、思考回路が正常に働きはじめたようだった。


 上にいるときから、太陽が自分を大切にしていると大声で話していた月也。


 太陽を説得して自分が降りてきたのも、太陽たちが見えないように座らせて手当てしているのも、悪い方向にしか考えられなくなっていた自分の気持ちを落ち着かせるためだとしか思えなかった。


「相談にのるって言ったでしょ?」


 恩着せがましさのない、当たり前だというような口調。


 いつもからかって楽しんでばかりいた月也とは違った。


 それがなんだか気恥ずかしくて、星良はぷいっと横を向いた。


「それだけ女の子の気持ちがわかるなら、彼女以外の女と遊びに行くのはどうかと思うけどね」


「今それを言うかね、星良さん」


 苦笑を浮かべる月也を横目でちらりと見る。


 自分の恋心に調子を狂わせているのに、月也まで態度が違うとさらに調子が狂う。


 だけど、悪い気はしなかった。それに、ひかりが言っていたこともちょっとわかった。


 普段ふざけていたとしても、月也は優しい。人の心を、ちゃんとわかってくれる。


 そんな月也だから、太陽は一緒にいるのが好きなのだ。


 「……ありがと」


 聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でつぶやく星良。


 月也の耳に届いたのか、月也は小さく微笑んだのだった。

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