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星と月と太陽  作者: 水無月
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山道

「今日は晴れてよかったな」


「うん」


 いつもと変わらぬ笑みを浮かべた太陽に、星良は小さな微笑みを返した。




 自分の気持ちに気づいてから約二週間。星良はどうにか、普通に振舞える自分を取り戻していた。


 ふいに触れられると多少挙動不審になるが、太陽は『そういうお年頃になった』と思いこんだままなのか、頭を撫でる時と組手の時以外はむやみに触れなくなっていた。


 それは寂しくもあり、少しほっとしてもいた。

 毎日のように赤面するほどドキドキしていたら、どんな厳しい稽古にも耐えていた心臓が壊れそうだったからだ。



「今日は晴れてても、一昨日けっこう雨が降ったから気をつけてね」


 先頭を歩く月也が振り返り、後ろを歩く三人に注意を促した。


 夏休みも残りわずかとなり、ひかりの部活が休みの日に合わせて四人でバーベキューにやってきたのだ。


 バーベキューの道具は全て現地で借りる事になっていて、今は山の中腹にあるキャンプ場に向かっている途中だった。登山というほどではなく、本格的な装備はいらないハイキングくらいの山道だが、所々、道の横には急斜面がある。一昨日の雨でまだぬかるんでいる所もあるので、あまり気を抜いていては危ないのは確かだった。


「久遠さん、やっぱり荷物持とうか?」


 星良と並んで歩くひかりに、太陽は気遣うように声をかけた。バーベキューの道具はないとはいえ、山道を歩く最低限の備えは用意している。体力が人並み以上の三人はひかりに合わせて歩いているが、やはりひかりは三人よりも疲れの色が見えていた。


「大丈夫だよ。ありがとう、朝宮くん」


 汗を拭いながら爽やかに答えたひかりに、太陽は柔らかな笑みを返した。それを見て、星良の胸はチクンと痛む。そして、そんな自分を嫌だと思った。


 この場でひかりを気遣うのは当然の事。同じ女子でも体力無尽蔵の自分とはわけが違う。ひかりに嫉妬するのは筋違いだとわかっているのに、皆でハイキングやバーベキューを楽しみたいのに、こんな事でモヤモヤしてしまう自分が情けなかった。


「じゃー代わりに僕の荷物持って、太陽」


 前方からのふざけた声が、沈みかけた星良の顔をあげさせた。少し先を行く月也が、悪戯な笑みを浮かべて太陽を見つめている。


「お前はまだまだ体力ありあまってるだろ」


「太陽よりは体力ないよ?」


「男の荷物は持ちません」


「太陽のケチー」


 そんな二人のやりとりを見て、ひかりがくすっと笑った。


「ほんと、仲がいいよね、朝宮くんと高城くん」


「月也が太陽にかまってもらいたがってるだけな気がするけど」


 不貞腐れた振りをしてから前を向いて歩きだした月也の背を、呆れ顔で見つめる星良。その横顔を、ひかりは優しげに見つめた。


「でも高城くん、かまってもらおうとしてる時って、私たちと距離があいた時だけだよ。私に気を使わせずに、待ってくれる為だと思うな」


「あー……」


 言われてみればそうかもしれないと思う星良。


 月也が立ち止って太陽にからむときは、歩きづらい場所でひかりのペースが落ちた時だった。


「ひかりは、月也のことよくわかってるね」


「付き合い長いからね」


 さらっと答えつつも、ひかりが目で何かをうったえている事に気づき、星良は数度ぱちぱちと目を瞬いた。


 そして、思い出す。


 ひかりは昔、月也のことが好きだったのだ。


 それは言わないでね、という合図に違いない。


 ひかりと太陽の事ばかり気になってすっかり忘れていた自分に苦笑を浮かべつつ、ひかりに安心してと目線を送る。ひかりはほっとしたように微笑んだ。


 前方に視線を戻して歩きながら、星良はふと思った。



 星良が月也のことを悪くいうと、いつも月也を擁護するひかり。


 それは、付き合いの長いひかりが月也のいい所をわかっていて、幼馴染としてフォローしているだけだろうか? 


 好きだった想いは、本当に過去のもの? 


 もしかすると、今も月也のことを想っていたりはしないだろうか……。



 そこまで考えて、星良は小さく首を振った。


 そんな都合のいい事を考えてどうする、と、反省する。


 ひかりは嘘のつけない人だ。初恋が月也だと教えてくれたのに、今の気持ちだけ誤魔化すことはないだろう。擁護するのは、昔好きだった人を、今でも仲の良い友人を、誤解されたくないという純粋な気持ちだろう。


 太陽への気持ちに気づいてから、今までにない余計な思考回路ができてしまったようで、星良は他の人に気づかれないようにそっと溜息をついた。


 以前なら、こんな勘ぐりはしなかったのに、自分の気持ちをコントロールできないのは実に不快だった。


「あ、見て、星良ちゃん」


 ひかりの明るい声に、星良ははっと我に返った。


 ひかりの視線は、星良の右側の斜面に向けられている。


「あの花、すごく綺麗じゃない?」


「あ、ホントだ」


 星良たちの歩く道と、数メートル下を流れる川の間は急な斜面となっていたが、その中腹辺りに白い可憐な花が咲き誇っていた。生い茂る緑の草の中に凛と佇む姿は、かなり目をひくものだった。


「なんて花だろ?」


「んー、なんだろうね?」


 道の端により、斜面を覗きこむ星良とひかり。その二人を待つように、一歩下がった所で太陽が立っている。先を歩く月也も二人が立ち止った事に気づき、足を止めて振り返った。


「二人とも、あんまり端っこに立たない方がいいよ。危ないから」


「あ、はーい」


 ひかりが答え、くるりと身体の向きをかえた。星良も、斜面から山のほうに向きなおる。


 その瞬間、ぐらりと足元が揺れた。


「あっ……」


 ひかりが短い声をあげる。星良は息をのんだ。


 さっきまで確かだった足元が、頼りなく崩れ落ちるのを感じていた。


 バランスが崩れ、背を向けた斜面に向かって身体が傾く。


 背中に背負った荷物の重みが、二人を斜面に引きずり落とそうとするかのように背中を引っ張った。


 反射的に、前方の何かを掴もうと、二人の手が前に伸びる。


 だが、掴めるような木も草もない。


 ただ宙をつかもうとした手に、伸ばされた物があった。


 逞しい、一本の腕。


 その手は、迷いなくひかりの手をとった。


 ぐいっとひかりを引き寄せ、抱きとめるのが星良の目に映った。


 ナイフを突き立てられたかのように胸が痛み、その痛みで息が止まりそうになる。


 虚しく宙を掴んだ自分の手の先に、ひかりを抱きとめながら自分を見つめている太陽がいた。


 きっと、足元が崩れてからまだ数秒しかたっていないだろう。


 だが、星良が絶望を感じるには十分な間だった。


 反射的に手をとったのがひかりだったことが、太陽の気持ちを表している。


 自分の身を案じる太陽と目を合わせながら、心に深く傷を負った星良の身体は宙に躍ったのだった。

 

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