表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/34

006:初めての入学式

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 あれから1ヶ月が経過した。

 今日は待ちに待った学院の入学式だ。


 1ヶ月の休みの間、やる事も何も無くて暇だったので、ずっと家の掃除と散歩を繰り返していた。

 服がいつもの黒一式以外に何も持っていなかったので、ずっとそれを着ていた。

 散歩の時の俺が不審者情報として広がっていないかが不安で仕方がない。


 家の掃除は、埃1つない、破損部位も見当たらない家に仕上がった。

 室内の壊れた家具や壁等は全て取り替えたし、外装はともかく内装は新品同様まで綺麗になっている。

 まぁ家具はベッドと机しかないせいでまるで牢獄のようになっているのだが。


 2週間前に届いた学院の制服に袖を通す。

 ブロードシャツに白色のベスト、紺色のスラックスに革製の膝まであるロングブーツ。

 その上から更に紺色のケープローブを羽織っている。

 ケープローブに着いている記章(きしょう)は学年と学科を示しているらしい。


 全体的に白と紺を基調としたデザインだ。

 魔術戦を想定しているのだろう、伸縮性があって動きやすい、制服としてこれ以上にいい物はないだろう。

 あとはこっそりだが靴底を金属製に変えた。格闘技ではよく蹴りを使っていて、威力を上げるために黎黒時代はずっとそうしていた。

 なので急に靴が軽くなると落ち着かなかったから、ついやってしまった。


 制服を着て鏡に映る自分を見る。

 今まで黒しか着た事がないせいで似合っているかどうか分からない。

 そもそもファッションセンスなんて俺にはない、分かるわけがないだろう。


 まぁ、それは置いておいてだ。


 今日は学院の入学式だ。

 もちろん多方面からも人は来る、ハフリーが言うには軍の人間も何人か来るらしい。

 ハフリーには、「できるだけ黎黒とバレないようにね」と釘を刺されている。

 これからはできるだけ目立たない事が要求されているという事だろうか。

 それとも戦闘能力を隠せという事だろうか。


 もう既に実技試験であれだけやっているので、後者はもう手遅れ。だが前者ならば努力すればどうにでもなるだろう。

 人間関係を普通に築き、普通の関係を構成しておけば無闇矢鱈に目立つことは無い。

 

 そもそみ人間関係を築く方法さえ知らないという点を除けば前者は簡単であると言えよう。

 その点が前者の最も重要な部分であり鬼門であるという事はこの際思考から省くことにする。多分誰かに教わらない限り自分にはできない事だ、今から考えても無意味に悩む羽目になるだけだと理解している。

 今度ハフリーに会ったら聞いてみよう。


 そう思考を巡らしつつ、朝の準備を終えた事を確認し、鞄を持って外に出た。

 冬から春へ、移り変わる季節は日の登り方を見ても明確だ。

 前はまだ少し暗かった朝7時だが今は日が少し登り、日光が眩しく街を照らす。


 四季がはっきりしているのもこの国の特徴だ。

 街の様相は月日が巡る事に徐々に変化してゆき、その小さな変化でさえ人間の心を動かす。

 冬場にはなかった、レンガで組まれた街道の、レンガの隙間から伸びてきている花も、愛着があり趣深い。


 文明にまみれているからこそ、自然には多少の憧れを抱くものなんだろうか。

 やはりそういう事は分からない、美的センスに欠けているせいでサッパリだ。


 季節の移り変わりを楽しむのもそこそこに、学院への道を歩み進めた。

 街の広場に着いた時には、周りには沢山の学院生が居た。

 投稿時間が被った。早めに出たつもりだったが、俺と同じくらいに登校する人も多いらしい。


「出来れば1人で登校しようと思っていたんだがな·····」


 1人で居るのに理由はないが、今までがそうだった為、独りには慣れている。

 慣れている状況に身を置きたいというのは、人間誰にでもある欲望だろう。


 広場を歩いていると、後ろから肩を叩かれた。

 すぐさまポケットに手を突っ込み、いつでも銃型魔術器を取り出せるようにする。

 暗殺者だった頃からの癖でそうしてしまった。


「おっはよー、私受かってたよ!」


 そこに居たのは赤髪の、天真爛漫に喜ぶフェリスだった。

 男性用制服とは違い、ワイシャツは半袖で、ズボンではなくプリーツスカートを履いている。

 ケープローブは肩からかけているだけで、全体的に緩さが目立つ。

 だが、彼女の可愛らしい顔立ちと合わせるとよく似合っていた。


「おはよう、フェリス。合格おめでとう」


「えへへ、もっと祝ってくれてもいいんだよ?」


「そうだな、今度菓子折りを持っていこう。住所を教えてくれたら次の日には持っていく」


「そこまで仰々しくお祝いしなくてもいいんだよ···!?」


 軽く引いているフェリスに、一般常識があまり伝わらない俺は何故引いているのかわからないでいる。

 人とのまともな会話なんてハフリーと他の軍の人間としかしたことがない。

 そのせいでコミュニケーションには自信があまりない。


「うーん、やっぱりヴェルト君って変わってるから面白いや!」


「···面白いのならば良かった」


 俺は顎に手を当てて熟考する。

 フェリスはそんな俺の事をなんでも面白いと言ってくれた。イエスマン、いやイエスウーマンだ。

 彼女は人懐っこいし、見ている限り俺以外にも多く友人を持っているだろう。コミュニケーション能力も高い。


 彼女を真似すれば、俺も普通の会話ができるだろうか。


「うーむ······」


「大丈夫···? 辛そうな顔してるよ?」


 そんな事を考えているとは露知らず、フェリスは俺の顔を覗き込み、心配そうにしている。


「いや、大丈夫だ」


「なら良かった、早く行こ? まだ時間はあるけど、学院の事とか色々気になるし!」


「そうだな」


 フェリスに手を捕まれ、引っ張られるようにして俺達は早足で学院へと向かった。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 学院に着いた者から学院の敷地内の中心にあるホールへと通される。

 ホールには大量の椅子が並べられており、決められた場所に座るように指示されたので、俺は指示通り真ん中あたりの席の左端に座った。


 ホールは広く、天井も高い。天井からぶら下がるように設置されたシャンデリアの装飾も細かい。

 小さな壁付けのガス灯とシャンデリア、上の窓から来る光によってホールは常に明るく保たれており、その光は更に壇上を照らす。


 ダンスホールとしても使っているのだろう。

 オーケストラ用の台も用意されており、広さやホールの構造を見ても、ダンスや合奏等の貴族の嗜みの為に使用できる事もわかる。



 20分後、全ての席がうまった。

 総勢400名の新入生が所狭しと並んでいる。


 魔術によって空気を循環させているのだろう、会場には常に新しい空気と風が来るので不快感は一切ない。

 むしろこんなに人が居るにも関わらず快適だ。


 どうやら来賓もやっと揃ったらしい、最後に入ってきた男が席に座ったのを確認して、式が始まった。


 最初はどんな式かと期待していたが、話を長々とされるだけの式だ。

 俺の周囲にも数名眠っている人がいたくらいだ、確かにつまらない話なのだろう。

 俺も軽く聞き流しつつ、壇上に出てくる人をただ見ていただけだった。


 学院からの挨拶が終わり、次は生徒代表挨拶が行われた。

 壇上に上がったのは、俺が実技試験で試合をしたサイラスだった。

 王族というのは大変だなと、他人事に思いつつ、これも聞き流した。


 正直、大体の話は聞き流したせいで式はただ座っているだけで終わった気分だ。



 式が終わると、全員クラス別に教室が分けられる。


 クラスの基準は、学科別に4クラスずつ、1クラス33人だ。

 つまり1学年に全学科合わせて12クラスも存在する。


 そしてクラス分けは、クラスでの実力差が大きく出ないように分けられる。

 なので特待生はだいたい他のクラスに分けられ、クラス同士での実力差が大きく開かないようになっているらしい。学院のパンフレットにそう書いてあった。


 俺は教室の扉に貼ってある貼り紙を順に見ていく。

 貼り紙にはそのクラスに所属する人の名前と出席番号が記載されていた。


 俺はその通りに、自分の名前が書いてあったAクラスの扉を開けて中に入った。


 するとそこには、何故か居るはずのない特待生のサイラスが居た。


「やぁ」


 にっこりと微笑みかけてくる、爽やかなイケメンがこちらに手を振ってくる。

 思わず自分のクラスかどうかを再確認するために扉に貼ってある貼り紙を再び見た。


「どうしたんだい? 早くこっちに来なよ」


 そんな俺を見兼(みか)ねて、サイラスがこちらに来る。

 俺はジト目で聞いた。


「······特待生は同じクラスにならない筈では?」


「あぁ、父さんに言ってみたらどうにかしてくれたよ。君と同じクラスにしてくれって」


我儘(わがまま)にしては頼む相手が相手だから壮大だな······」


 頭が痛い、目の前の男の言動もそうだが、王子に目をつけられているというのがもっと面倒な事だ。

 これではあからさまに目立ってしまう。


 そもそも特待生だから普通に目立っているというのに、王子が近くに居るとなるとさらに目立つのだ。

 王子の腰巾着(こしぎんちゃく)ぐらいで済むわけが無い。


「ちょっと、後ろ詰まってるよ」


 後ろからフェリスがこちらを覗き込んでくる。

 彼女もAクラスだったらしい。


「あぁすまない。色々と訳が分からない事が多くてな」


「なになにどうしたの? って氷結王子じゃん! なんでここに居るの?」


 フェリスも俺と同じように驚いた。

 そりゃあそうだ、特待生は同じクラスにならないんだから、驚いて当たり前なのだ。


「えーっと、ヴェルト。この赤髪の子は?」


「あぁ、フェリスだ。受験会場で出会った知り合いだ」


「へぇ、そうなのかい。僕はサイラス。よろしくフェリス」


 彼はフェリスに手を伸ばし、握手を求める。

 彼女もそれに応え、2人は握手した。


「よろしくね、サイラス君」


「あ、あとさっきみたいに氷結王子って呼ぶのはやめて欲しいんだ。恥ずかしいからね」


「わかったよ、氷結王子って控えめに言ってもダサい名前だもんね!」


「そうなんだよ、氷結王子って名前付けた人を見つけたら決闘を申し込みたいくらいにダサいんだ、ハハハ」


 笑っている表情だが、サイラスの声に生気はない。

 笑みも完全に乾ききっていて、謎の恨みが篭っていた。

 完全に出会ったら()る覚悟で言ってる発言だ。


「ねぇヴェルト君、あれ完全に私念だよ······よほど根に持ってるよアレ······」


 それはフェリスも感じ取ったらしい。耳打ちで俺にそう言ってきた。

 ここは何かフォローせねば。


「···大丈夫だサイラス、確かに氷結王子もダサい。だが俺の謎多き魔術師の方がダサい。氷結王子の方がまだマシだと思え」


「······私は氷結王子の方がダサいと思うけど」


「フェリス、それを言ったらフォローにならないだろう。こういうのは合わせてくれると助かる」


 フィリスに耳打ちしてやると、「あっ···ごめん! つい本音が」と言って口元を抑えた。

 そんな様子を見てサイラスは頭を抑えため息を吐いた。


「君達わかってるならいいけど、フォローって言うものはもっと優しさに包んで話すべきものだよ?」


 サイラスが呆れて、「怒ってたのも馬鹿みたいじゃないか」と言って失笑した。

 それを見て俺達も軽く笑ってやった。


 流石にずっと扉の前でだべっているのは他者への迷惑だ、なので俺達は席の方へ行き適当な席に陣取る。

 この学校は出席番号はあれど席順は決まっていない。

 だからどこに座ってもいいのだ。それだったら知人同士で座った方がいい。

 俺達は教室の端に3人で並んで座った。



読者の皆様へ


・面白かった

・続きが気になる

・更新頑張ってほしい


などなど思っていただけましたらブックマークや評価お願いします。執筆の励みになります


評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタップ、クリックすればできますので、よろしくお願いいたします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ