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005:受験終了

  

 帰りの道を歩みながら、サイラスは涙を流した。

 初めてだった。人生で初めて、負けたくは無い試合で負けた。

 それがこんなにも悔しい事だとは思っていなかった。


「全く、こんな歳にもなって、涙を流すとか······」


 情けないな。と言おうとした口は、その言葉も吐けずに唇を噛んだ。

 あぁ、今までもずっと、情けなかっただけじゃないか。

 今回負けたのも、その情けなさの延長線上。


 けど、今回の敗北が、彼の心を動かした。

 それが、とても嬉しかった。


———サイラス・アルケイディア。

 彼はこの国の第二王子にして、齢16にして攻撃魔術の実力者だった。


 王家に受け継がれている最強の攻撃魔術を会得(えとく)し、王直轄(ちょっかつ)の騎士達にも引けをとらない程の実力を持つ、王族の中でも歴代最強と謳われた逸材であった。

 けれどそれは、ただの世間からの言葉だった。


 彼は強かった。

 確かに誰にでも勝てた、試合に勝つことはできた。

 けれど本当の勝負に勝つことは今までなかった。


 彼は王子だった。幼少期から王直轄の騎士団に稽古をつけてもらい、着々と実力をつけていた。

 12歳になる頃には騎士団のほとんどの人間に試合で勝てるようになっていた。


 彼は自分の強さが増していく事を喜んだ。

 強くなれば、認められる。

 そう思っていたのに。彼は裏切られた。


 ある日騎士食堂で聞いてしまったのだ。

 今まで勝ってきた相手は、全員本気で挑んでいなかったと。

「王子相手に怪我させたくない」とか、「王子くらいならまだ余裕で倒せる」と言った言葉に、酷く心を傷つけられた。


 今まで自分が本気で挑んできた相手は、どれもただの遊びだったのだ、と。

 他者から認められる強さが欲しかっただけなのに、他者は認める気すらなかったのだ。


 だから本気を出すのをやめた。

 今までの自分が馬鹿らしくなったのだ、自分は本気になればなるほど、ただ虚しくなるだけと知ったから。

 それならば遊び程度の力で、楽して笑えるくらいが一番だった。


 けれど心のどこかでは探していたんだ。

 自分の本気をぶつけられて、僕の本気を受け止めてくれる相手を。


 それを今日気付かされた。

 全身黒い服装で黒髪の、同い歳の少年を。

 彼は圧倒的な力と技術で僕を圧倒して、僕の本気を受け止めてくれた。


 それが堪らなく嬉しかった。

 負けたのに、僕の心は満たされていた。

 やっと見つけたんだ。僕が探していた人物を。


「ヴェルト・クローウェル…か。次は、絶対に勝ってやるから」


 次やるまでに、彼以上に強くなる。

 そして彼に勝つ。

 どれだけ僕が強くなっても、きっと彼は受け止めてくれるから。

 そう決意を胸にして、サイラスは学院を出た。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 実技試験が終わり俺、ヴェルトは客席に戻ってきていた。

 フェリスの姿は見当たらない。

 なので適当に他の競技場を見て回ってみると、どうやら俺が試合に行ってすぐに招集がかかっていたらしい。

 

 彼女が試合をやっているらしい競技場Cに向かう。

 試合は俺が競技場Cについた丁度に終わっていた。

 終わった風景を見ていても、フェリスが勝ったことは彼女の表情からすぐにわかった。


 彼女はこちらの存在に気づき、満面の笑みで手を振っている。

 振り返してやると、更に笑顔で返した。

 どれほどの試合だったかは知らないが、彼女も入学まではどうにかなりそうだ。


「お疲れ様」


 すぐに戻ってきたフェリスに、手を上げて労いの言葉をかける。

 彼女はそれをハイタッチだと勘違いして、俺の手に「イエーイ」と言いながらハイタッチをした。


「お疲れ様、勝ったよ! これで私も大丈夫そう!」


「よかったな。こっちも勝ったぞ」


「うん、会場じゃ君達の話で持ちきりだったよ? 今年の特待生は特に優秀だって」


 そんな話俺の近くでは聞いていないのだが。


「そうか、俺の周りではそんな話聞かなかったんだが」


「きっと自重してくれてるんだって、元気出して?」


「別に気分を害した訳ではないぞ」


「そう? なら良かった」


 競技場から去るように、2人で歩いていく。

 もう試験はどれも終わった。別に解散の合図などは無いので、自主的に解散せよとの事だ。


 受験生の数が毎年数千を超えるのだ、一々挨拶なんて事やってられないだろうしな。

 たわいもない会話が続く、彼女は勝手に話してくれるので俺は「あぁ」とか「うん」とか「成程」程度の相槌しか話していないが、フェリスは楽しそうだ。


 そうして校門まで辿り着く。

 日はすっかり傾き夕暮れ、冬場なので南西の空に日が見える、今は4時くらいか。


「それじゃあ、ここでお別れだね」


「あぁ、今日はお疲れ」


「そっちこそお疲れ様。次会えるには入学式かな? 君は合格発表見に来ないもんね」


「あぁ、特待生らしいからな。絶対に合格だろうし、見に行く理由もない」


「······そうだよね」


 日の沈み暗くなっていく街の影に、彼女の顔は埋もれていく。

 表情は読み取れなかったが、声色が少し低い。


「まぁ、1ヶ月後には入学式だ。その時にまた会おう」


 多分合格発表で落ちた時の事を考えているにだろう。

 一応フォローのつもりで言っておいた。


「私が合格してるって保証はないよ?」


「どうにかなってるだろ。俺が保証する」


「もう、あやふやなんだから」


 彼女は鼻で笑うので、俺も笑い返しておいた。


「じゃ、私そろそろ行くね。暗くなったら不審者が出るらしいし。ほら、昨日も出たらしいよ? 全身黒ずくめの人が本屋の前で屯ってたって」


 多分俺の事だろう。

 不審者とは失礼な、とは思うが如何せんこの格好だ。

 不審者と言われてもおかしくないと思考を改めた。


「大通りを歩けば大丈夫だ。街灯も多いし人目もまだある、犯罪に巻き込まれる可能性は低いだろう」


「···冷静というか、冷徹というか、君ってなんだか変わってるよね」


「よく言われる、身内にだけだが」


「あははは、やっぱり?」


 彼女はずっと笑ったままだった。

 笑ったまま振り返り、歩いていく。彼女は手を振って、声にあげて叫んだ。


「それじゃあ、1ヶ月後、会えたら会おうね!!」


「あぁ、同じクラスになるといいな」


 俺も手を振って、彼女を見送った。


「·········さて、俺はどうしようか」


 よくよく考えると、俺に帰る家はない。

 ホテル代も思ったより高かったのを覚えている。昨日はホテルに泊まったが、これから4年間もホテルに泊まり続けれる程の金は持っていない。

 早速路頭に迷ってしまった。

 すると——


「やぁ少年。乗っていくかい?」


 蒸気自動車に乗ったソフトハットの趣味の悪い服装の男、ハフリーがにっこりとしながら自動車の扉を開けた。


「そろそろ終わると思っていたよぉ? 僕ちん案外勘が優れてるからね!!」


「嘘つけ、この時間に終わるようになってるんだろ。特待生の試合時間は決まっていたからな」


「なんで知ってるの、後で驚かそうと思ってたのにさぁ?」


「同じ受験生から俺が特待生だと聞いた。二つ名は謎大き魔術師なんだとさ」


「何そのクソダサい二つ名、笑っちゃうね」


 車の助手席に乗り込み、足を組む。

 俺が乗り込んだのを確認したハフリーはアクセルを踏んで、車を走らせた。


 足が組めるくらいには車内は広い、天井には火の灯ったカンテラがぶら下がり車内を明るく照らす。

 車は相当高級な物だ、そもそも車自体貴族が乗るような物なのだが。

 こんな物を買う程の金をギャンブルにハマっているハフリーが持っている訳が無い。


「こんな車、どうやって買ったんだ。高かっただろ?」


「君の口座からお金を引き出したんだよ」


「は?」


「嘘だよ嘘!! ギャンブルで成功したから奮発したんだよだからその銃しまって!!」


 おっと、ついポケットから銃を引き抜いてしまった。

 ハフリーがふざけているとたまにやってしまう。


「まったく君ィ! せっかくの新車に傷が入ったらどうしてくれるんだい!?」


「安心しろ。この車くらいなら弁償できるだけの金は口座に入ってる」


「僕が1年まともに働いても買えないような車弁償できるなんて、君もしかして僕より給料高い···? マジ? 僕未成年に給料負けてるの······?」


 運転しながら片手で顔を抑えるハフリー、余程ショックだったんだろうか。

 だが自業自得なので普通に攻めておく。


「いや、お前の金遣いが荒いだけだろ」


「いやいや、ギャンブルは娯楽税さ。僕は使ってない。勝手に給料から引かれてるんだよ。困っちゃうよね」


「ギャンブルをやっていると自覚していない時点でお前の貯金は一生増えないだろうな」


 自覚すらしていないのだから救いようもない。

 思えば出会った場所も賭博場だった。あの頃からやってたのかと思うと他人の事だが頭が痛い。


「······なあ、聞きたいことがある。一体いつ俺が居ない場所で俺の入学が決まっていた? いつ特待生になったんだ?」


「君が前の依頼をやってる間に、僕が勝手に話を通しておいたんだよ。学院長とは仲が良くてね。二つ返事でOKしてくれたよ」


 これがその証拠と、彼はコートの内ポケットから手紙を取り出す。

 学院の封蝋がしてある手紙だ。宛名はハフリー宛て、内容は俺を学院に特待生として入学する事を許可するといった物だ。


「······何故俺を学院に入学式させた、理由は?」


「理由なんてないよ。ただ暇だろうからいい暇つぶしを用意してあげただけさ」


「暇つぶしって···そんなつまらない理由か?」


「うん、つまらない理由で悪かったね」


 それからずっと、俺達は無言だった。

 本来そんなに話すこともない間柄だったのだが、ハフリーが会話をせずにいるのは少し珍しい事だった。

 彼ならばいつも通りふざける様子もなく、ただ黙って運転していた。


 そういえば、彼が運転免許をとったのはつい2週間前だった。

 もしかして今日が初めて免許をとってからの運転だったのかもしれない。

 運転しながら話す余裕も無いのでないだろうか。


 ならば悪いことをした。

 元から話すこともなかったが、話しかけずに静かにしておこう。

 こうして煩いエンジン音だけが車内に聞こえる、騒音だけの空間になってしまった。



 しばらくすると、ハフリーがいつも仲介人として待っているバーに着く。

 彼は狭い路地に車を停め、俺に降りるように言った。


「今日からここが君の家だ。基本的な生活スペースは2階にあるから、そこで暮らすといいよ」


「いいのか? ここはバーだろう、経営者に迷惑がかかったりしないのか?」


「ここは本来ただの空き家さ。僕が君との仕事の為に買ったボロ屋をバーに改築しただけのね。だからバーでも何でもない、君が来た時だけバーにしている誰も住んでない家さ」


「そうだったのか、初めて知った。でもたまに客が来ているが?」


「あれは全員軍関係者、しかも黎黒の存在を知っている身内だけだよ」


「······てっきり別の経営者が居るのかと思っていた」


「まぁ君は王都に居ることの方が少なかったもんねぇ」


 ハフリーは車のエンジンをかけ直す。

 すぐにエンジンが再動し、騒音と共に排煙口から煙が吹き出た。


「それじゃ、僕は家に帰るけど、1人で大丈夫? 僕が一緒に居てあげようか?」


「構わない、1人には慣れている」


「そうかい、じゃ、次来た時に家がぶっ壊れてたとか、そんなハプニングが無いようにしてね?」


「普通に扱っていたらそんな事にはならないだろ」


「ハハハ、そりゃあそうだ」


 彼は車を走らせ、来た道を引き返して行った。

 エンジンの騒音はやがて無くなり、車のライトももう見えない。

 気づけば1人、バーの前に取り残される形で立っていた。


「······さて、そろそろ戻るか」


 俺も見送りが終わった事を確認して、バーの入口から中に入る。

 今日からここが俺の家らしいから、最低限住めるくらいには掃除をしておこう。

 ハフリーが掃除しているとは思えないからな。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 暗い夜の街を、車を走らせながらハフリーは静かに溜息を吐いた。

 心の底には、まるで彼を騙しているような感覚で、深く重く溜まる物があったから、少しでもマシになって欲しくて吐いた溜息だ。

 実際は何の意味も無いのだが、気休めにはなる。


 彼——ヴェルトを騙している感覚、実際は騙していない、ほとんど真実を話した。

 けど、1つだけ嘘をついている。

 それは、彼を入学させた理由が、暇つぶしを与えるためという事だけだ。


———ハフリーは昔を思い出した。

 ちょうど10年前だっただろうか、10年前のヴェルトはまだ6歳で、とても小さい少年だった。


 彼は、暗殺者として軍に育てられていた。

 僕と出会う前には、軍の調教のせいでもう既に人間性といった物は何もない、ただ|虚無《》きょむを擬人化(ぎじんか)したような、何も無い少年だった。


 ただ国と軍に忠実(ちゅうじつ)で、何も疑わない素直さと正義の為と言って殺す力を欲していた。

 だから、僕は彼の為と思って軍と戦えるだけの魔術と生きていく上で困らないくらいのまともな感性、自由を教えたんだ。それなのに———


「君は、ずっと軍の言いなりだ。刃向かう力を与えたのにさ。君はずっと、誰かの言いなりになろうとしている——」


 それが、言葉に言い表せない程には僕の心臓を握り潰すような感覚に襲わせる。

 君は自由であるべきだったんだ、誰かが少しでも優しければ、少しでも誰かが血の通った人間だったならば———

 彼は今頃、普通に友達をつくって、普通に人生を送っていた筈なんだ。


 子供を暗殺者に育て上げるという計画自体が、間違いだったんだ。


「 ———君は自由でいるべきだったんだ。だからそれが、辛いんだ。僕は君のその、刃向かわない所が辛いんだよ」


 今回の黎黒をクビにしている期間は、チャンスだと思った。

 君を、普通に戻す為の時間として、そして黎黒という人間を完全に消して、ヴェルト・クローウェルとして独り立ちするための期間として、4年は十分な期間だ。


「僕が、君を普通に戻すんだ。君にとって、それが最善なんだからさ」


 学院はそれの1歩だ。

 君は友達を作って、世間の普通を学んで、普通に暮らすんだ。

 そのためのお膳立てもする。

 僕が応援する。君を、政府の呪縛から引き剥がしてみせる。


「だから、今は受け入れて、楽しく過ごしてくれ。ヴェルト」


 ハフリーはポケットに常に入っている写真を取って、涙を流しながら独り言のように呟いた。

 写真には、ヴェルトと同じ黒髪の少年と、同じく黒髪の若い女性、若い時のハフリーが映っていた。


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